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問ノ森が生まれた景色①その人生、ほんまにあなたが望む人生?―その景色の奥まで含めて、それでも欲しいのだろうか―


1. 成功している人を見ていると、自分もそうした方がいい気がしてくる


インスタやビジネス界隈を見ていると

思い切って飛び込むこと。
人に会いに行くこと。
横のつながりを作ること。
行動範囲を広げること。

そういうものが
成功するためには大事なんやなって
思えてくる。

実際
それで人生が大きく変わった人もいる。

だから

「私ももっと動いた方がいいんかな」
「人とつながりに行かなあかんのかな」
「思い切りが足りないんかな」

そんなふうに
思ったことが何度もある。

そして
思い切って何時間もかけて
会いに行ったり

違和感を持ちながら
とにかくやる、
という時間も経験した。


私自身
かなり見えている成功者の景色に
引っ張られてきた。

でも最近

そこに
ひとつ大きな違和感が
生まれるようになった。

2. それ、あなたやからできたんちゃう?


成功した人の話を聞いていると

時々

「〇〇さんだから
できたんでしょって思う人も
いるかもしれません」

という言葉が出てくる。

そして

「でも私も最初は普通でした」
「何もありませんでした」
「行動しただけです」

と続く。

以前の私は

そうなんや。
だったら私にもできるかもしれない。


受け取っていた。

でも今は
一周回って

いやいやいや。
あなただからなんです。

って
思うようになった。笑


その方法で
うまくいったのは

間違いなく
その人だったから。


人と会いに行くことが
苦にならない。

失敗しても
すぐ次へ行ける。

人前に出ることが
そこまでしんどくない。

誰かに声をかけることへの
抵抗が少ない。

決断が早い。

そんな

本人にとっては
あまりに自然すぎるものまで含めて

その人の
やり方なんやと思う。


もちろん

そのやり方が
ぴったり合う人もいる。

似た気質。

似た感覚。

似た環境。

そんな人が出会えば

「あ、この方法
めっちゃやりやすい」

になる。


でも

10人いたら

10人とも
同じようにうまくいくわけではない。


それは

できない人が
努力不足だからではなく

そもそも

その人に合う方法では
なかっただけかもしれない。


3. 同じ「HSP」でも、同じではない


たとえば

「私もHSPです」

という人がいる。

でも

HSPは病名でも
診断名でもない。

同じ言葉で
自分を表していても

刺激への反応も

人との距離感も

行動の速さも

新しいことへの好奇心も

それぞれ違う。

HSS傾向が強い人もいる。

人前に出るのは平気だけど
人間関係の濃さに疲れる人もいる。

ひとりでいるのが好きでも
新しい刺激も好きな人もいる。

だから

同じ「HSP」という言葉だけで

同じ方法が
合うとは限らない。


結局

人が10人いたら

10通りの
受け取り方や
動き方がある。


何かの名前と傾向を知ることは
自分を知る入口にはなる。

でも

名前がその人そのものに
なるわけではない。


4. できないなら「マインドを整えましょう」?


そして

ビジネス界隈で
よく出てくる言葉がある。

できないなら
マインドを整えましょう。

怖いなら
ブロックを外しましょう。

行動できないなら
思い込みを変えましょう。


私も長い間

それを
当たり前のように
受け取っていた。


でも最近

その
「マインドを整える」

って

いったい
何を整えるんやろう。

と思う。


育ってきた環境も違う。

気質も違う。

人の言葉を
受け取りやすい人もいれば

一度疑ってからじゃないと
飲み込めない人もいる。

誰かの強い言葉に
安心する人もいれば

私は逆に

権限のある人から
強く言い切られるほど

「それ、ほんまにそうなん?」


引っかかりやすい。


私ごとになるが
わたしは
わりと捻くれ者だ。笑

決めつけられると

ほんまに?

他の見方はない?

誰にでも当てはまるん?



勝手に問いが生まれる。


それを

「素直に聞けない」
という欠点として
見ることもできる。


でも

だからこそ

前提をそのまま
採用せずに

問い直すことができる。


それが今

問ノ森で
問いを置くことにも
つながっている。


だから

素直に聞けない自分を
直すことが正解とは限らない。

リフレーミングすると
そのまま受け取らず
まず自分で考えるひと
と言い直すこともできる。

そうすると
ただ

素直に真似をすることが
私には合っていないだけなのかもしれない。


5. 言い切ってなんぼの世界で、私は言い切れない


ビジネスの発信では

「これが大事です」
「成功する人はこうです」
「まずこれをやってください」

そんなふうに
言い切った方が

伝わりやすいらしい。


でも私は

どうしても
そのあとに

「でも、それが合わない人もいるよな」

が見えてしまう。


正解は
ひとつじゃない。

今の自分には
これが合っている。

でも

来年には
違うかもしれない。


昔の私は

もっと
自分の中の正解が
はっきりしていた。

だから

強く言い切ることも
できたんやと思う。


でも今は

絶対の正解は
ないと思っている。


あるとしたら

今この瞬間の

自分の中での
絶対正義。

しかも

今現在限定。


だから私は

言い切れる人に
ならなくてもいい。


問いを残したまま
景色を置く人でいい。
 

6. そもそも「成功」の物差しまで借りてない?


ここまで考えていて

もうひとつ
大きなことに気づいた。


私は

やり方だけじゃなく

「成功とは何か」

という物差しまで

誰かから
借りていたのかもしれない。


ビジネスの世界では

売上。

月収。

年商。

フォロワー数。

お客さんの数。

そういう

見える数字が
成功の証拠になりやすい。


だから

数字の大きい人の言葉は
強く見える。

逆に

その数字を
持っていない私が

何か言ったところで

響かないんじゃないか。

そんなことを
思う時もある。


だって

人は

見えるものに
かなり引っ張られやすい。


でも

そこで
ふと思った。


その数字

私は
ほんまに欲しいんやろうか。


7. 私が欲しかったのは、いくら丼だった


私は最近

よく
「いくら丼」の話をする。


もっとお金がほしい。

もっと収入がほしい。

そう思っていた。


でも

じゃあ

何のために?

と掘ってみたら

私は別に

札束を
眺めたいわけじゃなかった。


食べたい時に

ちょっと美味しい
いくら丼を食べたい。


家族と
好きなものを食べたい。


必要な時に

自分の好きなものを
選べる余白がほしい。


そういうことだった。


たとえば

実家の整理で出てきた
雑貨や小物を売りに行って

1000円になったとする。


1000円あれば

いくらを50gくらい買える。


そして
いくら丼にして食べる。


もう

願い叶ってるやん。

って思ったꉂ🤣𐤔


1000円しか
稼げなかった。

ではなく


1000円分

欲しかった景色に
変えられた。


そう見たら

全然違う。


8. お金にならない価値も、ちゃんと巡っている


以前

困っている友だちの話を
ただ聞いていたことがある。


私にできることを

ただ
自然にやっただけだった。


しばらくして

「この間はありがとう」



菓子折りを
もらった。


その日の夜

わざわざ
デザートを買わなくても

家族で
美味しいお菓子を
食べることができた。


これも

価値が巡った
ひとつの形なんやと思う。


現金ではない。


でも

私が差し出せたものが

別の価値になって
返ってきて

それが

自分の欲しかった景色に
変わった。


お金って

価値そのものではなく

価値を別のものに変える
手段のひとつなんやと思う。


もちろん

家賃や税金や
生活費みたいに

現金が必要な場面はある。


でも

人生の中で
欲しいもの全部が

現金でしか
手に入らないわけじゃない。


9. 「お金持ちだったら、母をもっと楽にできたのに」




母が病気になった時

考えていたことがある。


もっと
お金持ちだったら。


親に
お金の心配をさせずに

もっと
楽にしてあげられる。


不自由なく
養生させてあげられる。


そんなふうに
思っていた。


実際

ある人が

ビジネスで成功して

「あの時
がむしゃらに頑張ったから

家族が病気になった時に
支えることができた」

という話をしていた。


それを聞いた時

昔の自分のことを
思い出した。


確かに

お金で
家族を支えられることはある。


それも

大きな力やと思う。


でも

私の人生は

違う形になった。


10. 私には、お金では買えないものがあった


結局私は

ビジネスで
今現在、大金持ちには
なっていないかもしれない。


でも

蓋を開けてみたら

両親と

誰もが羨むような
看取りの時間を
過ごすことができた。


私には

現金ではなく

自分の身体があった。


そばにいる時間があった。


看護できる力があった。


家族や親戚の
理解や助けもあった。


もし

同じことを

全部
誰かにお願いしたら

ものすごく
大きなお金が
必要だったかもしれない。


でも私は

自分の身体で

それを差し出すことができた。


家族も

それぞれの形で
力を差し出してくれた。


それも

大きな財産やったんやと思う。


11. 治すことと、生きることは同じじゃなかった


両親との時間を通して

私は

医療についても
考え直すことになった。


緊急の時。

外科的な治療が
必要な時。

検査や処置が
必要な時。


そんな時に

すぐ頼れる場所として

病院や西洋医学は
ものすごく大切やと思う。


でも

すべての時間を

「治すこと」

だけに
預けなくてもいいのかもしれない。


治療を続けることを
望む人もいる。


病院で
最期まで過ごすことを
望む人もいる。


それも

その人の人生。


でも私は

人間らしく

自然体で

好きな人に見守られながら

最期の時まで

自分の使える力を
最大限使って

生き抜くこと。


そんな時間を

両親と一緒に
経験することができた。



そして

それは

お金では
そのまま買えないものだった。


12. 私は、すでにかなりのお金持ちだった


そう考えたら

私って

かなり
お金持ちなんちゃう?

って思った。


銀行残高が
ものすごく多い

という意味ではない。


でも

必要な時に

自分が持っているものを
差し出せる。


自分の身体。

時間。

経験。

言葉。

人とのつながり。

家族。

誰かの力。


そして

そこから

自分が欲しかった景色を
生み出すことができる。


いくら丼だって
叶ってる。



友だちに差し出した時間が

家族で食べる
お菓子に変わることもある。


大切な人が
人生の最期を迎える時には

自分の身体そのものを
差し出すこともできた。


そう考えたら

私は

ほしいものを
生み出せる魔法使いでも
あるんやと思う。


13. 成功者の方法より、自分の自然を見てみる


だから今は

一般的に
成功している人の話を
聞く時も

少し見方が変わった。


「この人の方法を
どう真似しよう」

ではなく


「この人は

自分の何を使って

この人生を
作ってきたんやろう」


そう見る。


そして

自分にも
問いを返す。


私は

何をしている時なら
自然に続く?


誰にも言われなくても

ついやってしまうことは
なんやろう。


どんな方法なら

頑張って自分を
作り替えなくても

少しずつ
進んでいけるやろう。


向いている生き方って

どこかから
探してくるものではなく


もう

自分が自然に
やってしまっていることの中に
あるのかもしれない。


14. 「人生を変える方法」を聞きに行く前に


以前

ローランド氏が
講演会で

人生を変える方法について
話していたことがある。


人生を変えたくて
講演会を聞きに来ている人たちに

人の成功談を聞いたからといって
それだけで
人生が変わるわけではない。

そんな趣旨の話をしていた。


その中で

メモを取りながら
誰かの言葉を
そのまま正解として
持ち帰ることへの危うさを

少し皮肉を交えながら
話していた。


「メモをとるやつほど成功しない」

そんな強い言葉を置いていた。

そして
あえて今日は
それだけ書いて帰ってください。
と伝えると

それをまた
そのまま鵜呑みにして
メモしているひとがいるから
危険なんだと伝えていた。

自分で考えることが
大事なんだと。



その話を聞いた時

おもしろいなと思った。


だって

「人の言葉を
そのまま正解にしない」

という話を聞きながら

その言葉すら

新しい正解として
持ち帰ってしまうことが
あるんやもん。笑


でも

その言葉を

自分ごととして
受け取ることができたなら

その講演会へ行った意味は

ちゃんと
あるんやと思う。


誰かの答えを
持って帰るんじゃなく


「私はまた

誰かの答えを
取りに来ていないやろうか」


という問いを
持って帰る。


それなら

学びは

自分を誰かに
近づけるためのものではなく


自分へ戻るための
材料にもなる。



15. その人生、ほんまに私も欲しいんやろうか


成功している人を
見ていると

その人のいる場所が

ゴールみたいに
見えることがある。


でも

その人の成功と

私が欲しい人生は

同じなんやろうか。


たくさん稼ぎたい?


たくさんの人と
つながりたい?


広い世界へ
どんどん出ていきたい?


それとも


好きな時に
いくら丼を食べたい?


家族と
美味しいものを囲みたい?


大切な人が困った時

自分にできるものを
差し出したい?


自分の好きなことを

自分の呼吸が苦しくならない
ペースで

続けていたい?



だったら

成功の形だって

ひとつじゃない。


誰かの成功を
否定しなくてもいい。


その人には
その人の成功がある。


そして

私には

私の成功がある。



## 16. わたしは、どんな景色を増やしたい?

私はもう

「何をできるようになれば
成功できるんやろう」

だけを

問いにしなくてもいい。


それより


私は

何をしている時が
楽しい?


どんな時に

自然に身体が
動いている?


どんな人といる時

楽に呼吸できる?


何を
自分の人生に
増やしたい?


その景色に
必要なものは

ほんまに

大きな収入なんやろうか。


人脈なんやろうか。


誰かと同じ
強いマインドなんやろうか。


それとも


もうすでに持っている

自分の身体や

得意なことや

人との関係や

好きで続けていることや

自然に差し出しているものの中に


欲しかった景色を
生み出す力は

あるんやろうか。


「それ、あなたやから
できたんちゃう?」


そう思った時


今度は

自分にも
同じ問いを返してみたい。


じゃあ


「私だから
自然にできること」って

なんやろう。


私は

誰かになるためじゃなく


私のままで

どんな景色を
生み出していけるやろう。


今日も問いが光った✨


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