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第2章15話 決戦前夜

マデラスの朝は、静かだった。

柔らかな光が、部屋の中にじわりと広がっていた。

玲が目を覚ますと、サラとユラはすでに起きていた。

二人は並んで何かを飲んでいた。

玲が目覚めたことに気づいた二人。

玲に寄ってくると、さっき飲んでいたお茶のようなものを渡してきた。

「ありがとう。コレは?」

「ヴェルトラクシスにある、ルピカという花から取れた蜜を溶かした飲み物。甘くて美味しいわよ」

玲はひとくち飲んで、その味がとても気に入った。

「何コレ、めちゃくちゃ美味しいです。この甘さ、この風味、こんなの初めて…」

「よく眠れた?」

「えぇ、とっても」

玲はカップを手にしたまま、そう答えた。

「無重力みたいな寝心地、気持ち良すぎて熟睡してました」

サラが、くすりと笑いながら言った。

「玲、寝顔、とってもかわいかったわよ」

玲の顔が、一瞬で赤くなった。

昨夜のことが、頭をよぎった。

ユラに抱き寄せられ、サラに後ろから手を回されて、気づいたら朝になっていた。

「そう、ユラの優しさとサラの温かさが気持ち良すぎて、あのあとの記憶がないんです…」

苦笑いする玲に、サラがさらりとこう言った。

「玲が寝た後、二人でいろんなことしたのよ」

「えっ——!?」

玲は思わず声を上げた。

「な、何を…?、サ、サラ、ユラ、わたしに何をしたんですか!?」

サラがユラに視線を向けた。

「ねぇ、楽しかったわね」

「えぇ、楽しかったわ」

ユラが真顔で頷いた。

「ほ、ホントに!?」

玲の顔が真っ赤になった。

しかし次の瞬間、二人は顔を見合わせて同時に笑い出した。

「嘘よ」

「何もしてないわ」

「ただ、玲のかわいい顔を眺めてただけ」

「……もう!」 

玲は顔を赤くしたまま、思わず笑い出した。

「あらっ、なんか、ちょっと残念そうね?」

ユラの問いに、玲は真っ赤な顔のまま、こう答えた。

「だって、エネルギーで交わる愛なんて、初めて知ったから…。そこに性別は関係ないなんて、いうことも…」


笑いが収まった頃、サラが改まった顔でこう言った。

「ところで玲。話は変わるけど、昨日、能力が開花したでしょう。今日はその力を、どれほどのものか試してみたくない?」

「それって、どういうことですか?」

「その力は、わたしもユラも持っているものよ」

サラは続けた。

「あの船の中で、立花を吹き飛ばしたユラの姿を見たでしょう。あれも、その能力のひとつ。昨日、玲が石を上空高くまで飛ばしたのも同じ」

「その力を高めていけば、本来は敵なしの状態にもなれる」

「敵なし……?」

サラが穏やかに言った。

「物理的なものを動かすこともできるし、逆に止めることもできる。もしも銃で撃たれたとしても、弾を空中で弾き返すこともできる」

「そんなことまで……!」

「えぇ。わたしとユラはヴェルトラクシスの戦士として、その力を極めているからこそ、どんな星でも任務をこなせる。さらに、龍たちと力を合わせた時は、ひとつの軍隊を壊滅させるほどのことさえできる」

玲は、しばらく黙っていた。

そして、静かにこう言った。

「わたし、出来るならその能力、もっと高めたいです」

「戦士になりたいわけじゃないけど、大切な人を、愛する人を守りたい。自分にその力があるなら、もっと高めたい」

サラとユラは、顔を見合わせてニコッと笑った。

「分かったわ。じゃあ、練習しに行きましょう」


サラがいつも腰につけている道具から光を照射すると、空中に不思議な空間が生まれた。

光のエネルギーが漂う、薄い膜のような空間。

サラはそこから、黒の戦闘服を取り出した。

「玲、これ着てみて」

「うわーっ、それは、サラとユラがいつも着てるのと同じもの?」

「えぇ。サイズは自由に伸び縮みするから、着ればぴったりフィットするわよ」

玲は戦闘服に袖を通した。

「……なにこれ、めちゃくちゃ軽い。着てないみたい」

しかも、体のラインにすっと沿うように、自然とフィットした。

「ホントにサラとユラと一緒のものを着てるんだ…。なんか、不思議な気持ち」

玲はそう言いながら、自分の腕を見下ろした。

黒い戦闘服が、窓の外の淡い光を受けて、かすかに輝いていた。


ラングータンが降りてきた。

アニャが座ったまま、サラの方を見た。

サラが何かを伝えた。

言葉ではなく、エネルギーで。

しかし、玲にはその内容が分かった。

「ねぇ、アニャ、サマロバに連れていってほしいの。玲に訓練をさせたいから」

アニャが答えた。

「わかったよ。玲、サマロバに行ったら驚くかもね」

玲は目を丸くした。

「……今、サラとアニャの会話が分かった」

「えぇ」

サラが微笑みながらこう言った。

「スプリウムの後から、そうなってきてるのよ」


サマロバは、巨木の生い茂る森の中にあった。

ラングータンを降りた三人を、静かな森の空気が包んだ。

「ここには、わたしたちにも懐いていない、本能だけで生きる大型の野生動物がいる」

サラが静かに言った。

「龍に似ているけど、ヴェルトラクシスの龍とは全くの別物。気性はとても荒くて、誰にも媚を売らない。そのドラゴンに認められたら、立派な戦士の仲間入りよ」

「ドラゴン……龍とは違う?」

玲がそう言った瞬間だった。

上空から、バサバサと風を切る音が響いた。

木々が大きく揺れた。

そして、それが降りてきた。

巨体だった。

思わず玲は後退りした。

サラが、玲の隣で静かに言った。

「玲、自分の力を信じて。ヴェルトラクシスで初めて空を飛んだ時の、あの感覚を思い出して」

「飛んで当たり前。逆に飛べないことの方がおかしい、あの時と同じよ。今のあなたに、このドラゴンは何も危害を加えることができない。そう、強く思って」

玲は深く息を吸った。

頷いた。


ドラゴンが大きく息を吸った。

次の瞬間、その息を強烈な風速として玲に向けて吹きかけた。

体が吹き飛ばされそうになるほどの強風。

しかし、玲の足は地面を離れなかった。

今度はドラゴン自ら、玲に顔を近づけてきた。

鋭い瞳が、玲をまっすぐ見ていた。

次に何が来るか、玲には分かった。

ドラゴンは顔を上げると間合いを取り、腕を振り上げた。

その爪は、当たれば玲を跡形もなく消してしまうだろうというものだった。

しかし、玲は動じなかった。

簡単に止められる。

そう思えた。

腕が振り下ろされた。

玲との距離、1メートル。

その瞬間、見えない壁が空中に現れた。

ドラゴンの腕はその壁に阻まれ、ぴたりと止まった。

ドラゴンは唸り声を上げ、今度は突進してきた。

巨大な口を開けたまま。

玲は冷静だった。

また止めればいい。

それだけだった。

ドラゴンが目と鼻の先まで迫った瞬間、再び見えない壁が現れ、その突進を完全に止めた。

ドラゴンは大きく後退し、喉元に閃光を灯し始めた。

炎が来る。

玲には、それが分かった。

怖くなかった。

どう対処すればいいかも、既に分かっていた。

ドラゴンが、蓄えたエネルギーを一気に解放した。

巨大な炎が玲へと向かった。

しかし、その炎もまた、玲の手前で見えない壁に完全に遮られた。

炎を出し尽くしたドラゴンは、静かに玲を見た。

しばらく、じっと見ていた。

そして、羽を大きく広げ、上空へと舞い上がっていった。

「やったわね」

ユラが言った。

「ドラゴンが、認めてくれたわ」

サラも微笑んだ。

「怖くなかったでしょう?」

玲は、静かに息を吐いた。

「……最初、舞い降りてきた時はびっくりしたけど、怖さはなかったんです。サラとユラがいるから大丈夫だろう、というのとも違って。次に何が来るか、全部分かってしまって」

玲は自分の手を見た。

「自分で自分のことが、驚いちゃいます。このちから、とんでもないんだなって」


その時だった。

ユラの表情が、わずかに変わった。

「玲、ソロンが呼んでいる。急に予定が早まったって」

サラも珍しく、険しい顔をした。

すぐにラングータンを呼んだ。


研究施設に着くと、ソロンが待っていた。

「すまない、急に予定が早まった」

開口一番、そう言った。

「今、地球ではMOTHERを守る鉄壁の守備が敷かれている。情報が漏れた」

玲は、胸の奥に冷たいものが走るのを感じた。

「君の恋人、渋谷優弥が捕まって、情報を話させられた」

「優弥さんが……!」

「大丈夫」

ソロンは静かに、しかし確かな声で言った。

「奴らには既に忠告してある。直ちに人質を解放せよ。猶予は三日間。その間に全ての武装解除を行い、平和的な会議の場を設けるようにも伝えている」

「でも、優弥さんの身の安全は?」

「大丈夫だ。奴らはそこまで馬鹿じゃない。人質に危害を加えることは、奴らにとっても得策ではない。渋谷優弥も、梶原という男性も、必ず守られる」

「梶原さんまで……」

玲は思わず目を伏せた。

自分のせいで、また、大切な人が巻き込まれてしまった。

しかしソロンは続けた。

「玲、聞いてくれ」

玲は顔を上げた。

「MOTHERを再起動するためのプログラムは、ほぼ完成している」

ソロンは静かに説明した。

「私が開発してきたのは、MOTHERの暴走を止め、新たな形で世界を動かすためのプログラムだ。人間とASI、機械と知性が対立するのではなく、互いに補い合いながら共に生きていく世界を実現するための、全く新しい設計図」

「そのプログラムには、数式やデータだけでは埋められないものがある」

ソロンは玲をまっすぐ見た。

「人間というものの、本当の姿だ」

「弱くても、不完全でも、それでも助け合い、言葉を届け合い、諦めずに生き続ける。そういう人間の姿を、マザーの深部に刻み込む必要がある」

「以前にも言ったが、そのデータを持っているのは玲、君しかいない。
『谷から』の編集長として、五百二十万人の声に寄り添い続けてきた君の中には、どんなデータベースにも記録できない、人間の本質が宿っている。
あとは、君の脳からそのデータを抽出するだけだ」


研究施設の一室に、地球にあるCTスキャンに似たような装置があった。

玲はその中に横になった。

装置が静かに起動した。

じわりとした温かさが、頭を包んだ。

目を閉じると、これまでの全てが走馬灯のように流れていった。

初めてコメントをもらった日。

五百万人を超えた日。

谷にいる人たちの言葉。

苦しいのに、それでも誰かのために言葉を届けようとしていた、あの人たちの顔。

やがて、装置が静かに止まった。

ソロンがデータを確認しながら、プログラムへと組み込んでいく。

「いよいよね」

サラが静かに言った。

ユラが頷いた。

「今回は最強装備でいくつもり。青龍と赤龍はお留守番。代わりに銀龍を連れていく」

玲が尋ねた。

「確か銀龍って、ネクシウムたちでさえ、手も足も出なかったほどの強さなんですよね」

「えぇ。今回はマデラスの母船と護衛船も行くから、本来なら銀龍までは連れていく必要はないかもしれない」

ユラは続けた。

「でも、これはソロンと玲たち地球人だけの戦いじゃない。ヴェルトラクシスの龍たちにとっても、大切な戦いなの。

龍たちの多くが、地球を恋しがっている。だから、わたしたちはわたしたちで、何かあった時には、場合によっては敵を壊滅させるつもりでさえいる」

玲は、その言葉を静かに受け取った。

窓の外に、マデラスの黄金の空が広がっていた。

そこには大型の船影が見えた。

マデラスの母船 エターナス。

それに伴う小型迎撃船たち。

時は来た。

ネクシウムたちから続いてきた、数千年に渡る地球支配の歴史が、今まさに変わろうとしていた。

玲は静かに拳を握った。

優弥さん。

必ず、助けてみせる。

そして、皆んなで力を合わせて必ず平和な地球を取り戻す。

第2章15話 完。

本作品はフィクションです。
登場する人物・団体・企業・製品名等は架空のものであり、実在する人物・団体・企業・製品とは一切関係ありません。
また、作中に登場するAI・ロボット技術および社会情勢の描写は、著者の想像に基づくものであり、実際の技術動向や将来予測を示すものではありません。

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