第2章11話 龍族と地球の真実



アーシャの言葉が、洞窟の中に静かに溶けていった。
あるのは、今というこの一瞬だけ——。
玲はその言葉を、まだ頭の中で反芻していた。
優弥が、ゆっくりと立ち上がった。
「……あれ」
自分の手を見た。
腕の痣が、ほとんど消えていた。
脇腹を押さえてみた。
痛みはもうなかった。

「治ってる……本当に治ってる」
優弥は信じられないという顔で、玲を見た。
「すごい……」
玲も目を輝かせた。
「良かった……!本当に良かった」
アーシャが穏やかに言った。
「傷は完全に回復したようですね。あとは少し休めば、体も万全だと思います」
優弥は深く頭を下げた。
「……ありがとう」
アーシャは静かに微笑んだ。
しばらくして、ユラが口を開いた。
「ねぇ、玲、せっかくだから時間がある今、あなたに話しておきたいことがあるんだけど」
「話しておきたいこと?」
「えぇ、以前、りんごの木の下で言ったこと覚えてる?ヴェルトラクシスには地球と同じものがある理由を、いつか話すと言ったこと」
玲は頷いた。
「えぇ、覚えてます。ずっと気になってたんです」
「じゃあ、今からそれを話すわ。これは今、何故、私たちがソロンに協力しているかの重要な中身だから、玲は知っておかないといけない話しだからね」
ユラが静かに言った。
玲と優弥は、二人揃って身を乗り出した。
「今から随分と昔のことよ」
ユラは穏やかに、しかし確かな重さを持って語り始めた。
「ある時、私たちの星から、あなたたちがいる地球へ向けて多くの龍たちが渡ったの。ポータルを使って」

「龍たちが……地球へ?」
「えぇ。その後、龍たちは地球をとても気に入って、そこに住み始めたの。最初はまだ、あなたたち人間はいなかった。いるのは他の動物たちだけだった」
玲と優弥は黙って聞いていた。
「龍たちは地球を気に入り、さらに仲間に声をかけて、ヴェルトラクシスから多くの龍たちが地球へ渡っていった。最初の頃の地球は楽園のようなところだった」

「楽園……」
「えぇ。龍たちがいた頃の地球は波動が高く、豊かで、平和だった。龍には悪い気を持つ者はいない。皆が崇高で、全てのものに対して優しさを持っている。だから、龍たちがいる場所には自然と平和が宿るの」
ユラは一呼吸置いた。
「でも、ある時に異変が起きた」
ユラの声が、わずかに低くなった。
「様々な星から鉱物を採取し、侵略し続けている種族が、地球にサロンが多くあると目をつけてきたの」

「サロン?」
玲が首をかしげた。
「あなたたちに分かりやすく言うと、金、という物質よ」
「金……!」
「その種族、ネクシウムたちは、地球の金を採掘するための労働力として、地球にいた猿という動物に遺伝子操作を行い、あなたたち人間というものを作った」

沈黙が落ちた。
玲と優弥は、互いに顔を見合わせた。
玲がようやく口を開いた。
「わ、わたしたちがその人たちによって、遺伝子操作で作られた、ですか……?」
「えぇ、そうよ」
「そんな…、そんなことが…」
「ネクシウムたちは高度な遺伝子操作によって、様々な生物たちを作り出すことを得意としていたの。それは地球にいるあなた達、人間だけの話しではなくて、他の惑星でも同じようにね」

「信じられない。これまで、わたしたちは学校で進化論というものを習ってきました。そこでは生物は最初は水の中にいて、そこから陸に上がって、哺乳類に進化して、更にその進化の過程で人間になったと。それは……、今のユラの話しから言うと違うということに…」
「えぇ、それは事実ではないわ」
ユラははっきりと言った。
玲と優弥は顔を見合わせたが、お互いの顔を見ても何も言えなかった。
「その後、ネクシウムたちは人間たちを奴隷として使って金を採掘し、地球を実質的に支配していくようになっていった」

優弥が低い声で言った。
「……なんかその話、前に読んだことのある小説で書かれていたものと似てる。そこには邪悪な宇宙人から金を採掘させられている人間たちの描写があったんだ」
その話を聞いた玲は、優弥にこう言った。
「それは…?今、ユラが言っていたネクシウムのことだったんですか?」
「いや、わからない。もう随分と前に読んだ本だからうる覚えだけどね。でも、その本には今、ユラが言ってたようなことまでは詳しくは書かれてなかったと思う」
ユラはこう答えた。
「多分だけど、それは別の惑星から地球に戻った人の誰かが、地球人に向けて真実をぼかして描いた創作物なのかもしれないわね」
「別の惑星から戻った人の誰かが描いた創作物?」
「えぇ、そうよ。あなた達にはわからないように、普段あなた達が見たり聞いたり、使ってるものの多くは、そういう人たちの力があって存在しているの」
「それは? ユラ、それはどういうことなんですか?」
「それは今回のソロンも同じこと。ソロンがマデラスにポータルを使って渡ったのは今から地球時間で50年も前のこと。そこでソロンはマデラスの高度なテクノロジーを学び、それを地球に持ち帰ってから様々なものにフィードバックしていった。いきなりマデラスレベルのテクノロジーを再現しても、それに対しては地球人は対応ができないのが分かっていたから、時間をかけて徐々に情報開示をしていき、地球の文明を発展させていった」
「そんな…、じゃあ、ドクター•ソロンという人物は、マデラスのテクノロジーを知っていたからこそ、あのMOTHERを作ることができたということなんですか?」
「えぇ、そうよ」
「凄い、そんな真実があった、だなんて…」
「でもね、そういう話は別にソロンだけのことじゃなくて、あなた達が使っている多くの製品、ほら、インターネット?または映画と呼ばれているものも同じことよ。 ああいうのもそのほとんどは同じように、地球以外の世界を見てきた人たち、話を聞いた人たちがなんらかのカタチで関わって創作したものだと思うわ」

「インターネットや、映画なども?」
「えぇ、その映画というものには地球以外の惑星の話し、宇宙戦争や、そこに登場する船(宇宙船)の描写などがあるでしょう? その人たちは以前に地球外でそういうものを見たり、宇宙戦争の話を知ってる人たちだからこそ、そういうのが描けるのよ」

「凄い、これまでそんなこと考えたこともなかったです…」
「まぁ、そこの詳しい話は今度、さっき言ったこの星に住む元地球人に聞けばいろいろと教えてくれるから、話を先に進めるわね」
玲と優弥はユラの言葉に頷いた。
「そうやって人間というものを誕生させたネクシウムたちは、その後カタチを変えて長い間ずっと地球を、そして人類を支配し続けていった。但し、途中からはやり方を変えて、その支配の仕方はあなた達人間を使うという、とても巧妙なやり方でね」
「わたし達人間を使って支配をする?それってどういうことですか?」
玲が尋ねた。
「ネクシウムたちは表には出てこない。その代わりにネクシウムたちに忠誠を誓う、世界中の権力者たちに富と名声を与えるというやり方よ」
「ネクシウムに忠誠を違う人間たちに、富と名声を……」
「えぇ。その者たちは富と名声を得る代わりに、ネクシウムの忠実なしもべとなる。そうやって、ネクシウムが直接手を下さなくても、地球を支配する力がちゃんと働くような構造を作り上げたの」

玲と優弥は静かに聞いていた。
「そして、その権力者たちに与えられた命令がある」
ユラが言った。
「地球にいる人類を決して本当の意味では豊かにさせてはならない。常に幸せを感じるような世界にはさせるな、というもの」
「それは?、それはどうして……?」
「それは、ネクシウムが望むのは重い波動の世界だから」
ユラが静かに言った。
「彼らは別名、Heavy Veil Dwellers——重いヴェールの住人たちとも呼ばれているの。彼らは恐れ、争い、不安、支配、そういった重い感情が渦巻く世界を好む。皆が豊かになり、愛や喜びに満たされた波動の高い世界をネクシウムは本能的に嫌うのよ」
玲はその言葉を聞きながら、これまでのことを思い返していた。
信用スコア。
ベーシックインカムの制限。
ここ最近の、急激な世の中の変化。
皆が働く意味を失い、空虚な自由の中で人々が崩れていく様子。
それは、偶然ではなかった。
全てが、最初から設計されていたことだったと。
ユラはこう続けた。
「今、初めて聞いたこの話を信じるか信じないかはあたな達2人の判断でいいわ。ただね、これもここで伝えておかなければならないことなんだけどね。そうやって太古の昔から龍たちが住んでいたところに、途中からやってきて荒らし始めたネクシウムのことを龍たちはよくは思ってはいなかった。波動的にも龍たちとネクシウムたちは全く合わなかったのよね」
ユラのその話に、玲が思わずこう言った。
「今、ピンときました。それって、龍たちは優しい存在たち、波動の高い存在たちだからじゃないですか?」
「そう、その通り。龍たちはヴェルトラクシスから来た崇高な存在たち。龍たちには悪い邪気がなく、皆が高い波動と平和を持っている。龍がいる場所には自然と豊かさと調和が生まれる。それがネクシウムにとっては都合が悪かった。そして、そのような存在たちが邪魔だったネクシウムたちは、ある時から龍たちに攻撃を仕掛けるようになっていった」

「でもね、ネクシウムたちがいくら高度なテクノロジーの兵器を使っても、龍たちの中の最強部隊、銀龍たちの反撃の前には手も足も出なかった。銀龍は龍たちの中でも特別な存在で、体を覆っている鱗がオリハルコンという物質を含んでいて、どんな武器も受け付けない。全ての攻撃を弾き返してしまう、無敵の存在なのよね」

「ネクシウムたちは考えた。通常兵器では銀龍には絶対に勝てない。しかし、地球はなんとしても手放したくない。だからね、そこで、やってはいけないことをやったの」
「やってはいけないこと…?」
「あなたたちに分かりやすく言えば、核爆弾のようなもの。銀龍と他の龍たちを全滅させる為に巨大な爆発を起こし、地球を一度大きく破壊したのよ」

玲の手が、わずかに震えた。
「流石の龍たちも、それによって多くが死に、生き残った者たちはポータルでヴェルトラクシスに戻ってきた」
しばらく、誰も喋らなかった。
洞窟から聞こえてくる、岩石の音だけが静かに響いていた。
「でもね——」
ユラの声が、少しだけ柔らかくなった。
「そんな中でも唯一、生き残った龍たちの中には、それでも地球に残った者たちがいたのよ」
「…そんな中でも残った、龍たち…?」
「えぇ。それはね、あなたたちが龍というものを見たことも会ったこともないのに、なぜ知っているのか、って考えたら何かを感じるかしら?」
玲はゆっくりと頷いた。
「それは、地球には今でもヴェルトラクシスの龍たちが残っているから…」
ユラは静かに、こう続けた。
「そう。その時から何千年と今までずっと、龍たちは地球を、自分たちのできる範囲で守り続けているの」

「そしてね、この話にはもう一つ、付け加えておくことがある」
サラが、静かに口を開いた。
「あなたたちの住む地球(テラ)は、テラ自身が、もういい加減に変わりたいと願っていたの」
「ち、地球が……願っていた?」
玲が、そう聞き返した。
「えぇ。テラは生きているの。龍たちがいた頃の地球はとても平和で豊かで、波動も高かった。
でも、ネクシウムたちがやってきてからは波動が下がり続けた。そのことによってテラ自身も、長い間ずっと苦しんできたのよ」

玲はその言葉を聞きながら、胸の奥に何かが広がっていくのを感じた。
「過度な環境破壊。汚染物質の蔓延。核兵器の危険性。テラはそれを全て肌で感じながら悲しんでいた」
ユラが続けた。
「でもね、テラの悲しみに心を打たれた多くの者たちが、その流れに終止符を打つ為に今回は動いたの。マデラスをはじめとした、これまでテラを遠くから見守ってきた宇宙の同盟者たちがね。勿論、それはヴェルトラクシスも同じ、私たちもその一員よ」
「テラを救う、宇宙の同盟軍…」
「えぇ、それでね、私たちは同盟を組んで、ネクシウムに直接の交渉を持ちかけたの」
「交渉……」
「もういい加減、地球を出ていってくれ、と」
ユラはゆっくりと言葉を続けた。
「それはテラ自身が望んでいること。そして人類は今、次のステージへと上がる時に来ている。もうネクシウムたちの好きなようにはさせない。もしもこの交渉を拒むなら、同盟軍が総力を上げてネクシウムを地球上から排除する、そう伝えたの」

「ネクシウムは……それを受け入れたんですか?」
「流石に、その条件は飲まざるを得なかったわ」
ユラが言った。
「その結果、今から数年前にネクシウムたちは地球を離れ、別の銀河へと旅立っていった」

玲は、息をのんだ。
「じゃあ……もう、地球にはネクシウムはいないんですね?」
「えぇ、いないわ」
サラが静かに続けた。
「しかし、問題はそこからなのよ」
「それは?、それはどういうことですか?」
「長い間、ネクシウムの元で動いてきた、実質的に地球を動かしてきた世界中の権力者たちが、ネクシウムが去った今でもまだ、自分たちの利権を手放そうとしないのよ」
玲の胸に冷たいものが走った。
「長年築いてきた富と名声を失うわけにはいかない。だから最後まで抵抗し、その果てに、これまで以上に強制的な管理をした世界、世界統一政府なるものを作ろうとしているのよ」

「だからの信用スコアや、それに連動したベーシックインカムを…」
優弥が低く呟いた。
「えぇ、あなたの言う通りよ」
ユラが頷いた。
「ネクシウムはもういない。でも、その爪痕だけが地球に残っている。そしてその爪痕が、今も人々を縛り続けている」
「でもね、ネクシウムが去った今、残った地球人の支配層たちから自由を取り戻すことは自分がやるって。 MOTHERのプログラムを書き換えて、全てをMOTHERの完全な管理で動かせば、そこには誰も何もできなくなる。ソロンはね、そういう計画の元で、今、全てを変えようとしているの」

ユラは続けてこう言った。
「ソロンはこう言ってたわ。地球人のやってる間違いを正すのは、自分たち地球人がやるべきこと。しかし、相手は世界を股にかけた巨大な勢力たち。だから見守っていて欲しい、と」
玲の目から涙がこぼれ落ちた。
「自分が作ったMOTHERだから…、ソロンは一人でそこまでのことを…」
ユラは玲を見た。
「でもね、玲、あなた凄いじゃない! ASIマザーの新たなプログラムを開発するには、玲の力が必要だって、あのソロンがそこまで言うんだからね」
ユラは更に言葉を続けた。
「ヴェルトラクシスにいる龍たちの中にも、再び地球へ向かいたいと思っている者たちがたくさんいるの。ネクシウムたちが去った今、地球が以前のような平和を取り戻すことができれば、龍たちも、また地球へ帰れる」

玲は涙が止まらなかった。
「だからね、この計画は、ソロンは地球のことは地球人でって言うけど、それは龍たちにとっても、ヴェルトラクシスにとっても、テラにとっても、全てが繋がっていることなのよ」
しばらくの間、誰も何も喋らなかった。
優弥がしみじみと、低くこう言った。
「……凄い話し、壮大な話だね…」
「うん」
玲は頷いた。
そして、こう付け加えた。
「でも、全部、繋がってたんですね…」
優弥との出会い。
谷から。
ASI MOTHER。
信用スコア。
ベーシックインカム。
立花。
ソロン。
サラとユラ。
赤龍と青龍。
優弥の救出。
そして——今、この場所。
縦の糸と横の糸が折り重なって、全てが存在している。
「玲」
ユラが玲を見た。

「この後、優弥をポータルで送り届けた後は、マデラスに行くわよ!心の準備はいい?」
玲はユラとサラの方を向いた。
そして、静かにこう言った。
「うん。いつでも大丈夫。わたし、行きます」
ヴェルトラクシスの空に、龍の声が響いた。
まるで、
その時の玲の背中を押すかのように。
第2章11話 完。

本作品はフィクションです。
登場する人物・団体・企業・製品名等は架空のものであり、実在する人物・団体・企業・製品とは一切関係ありません。
また、作中に登場するAI・ロボット技術および社会情勢の描写は、著者の想像に基づくものであり、実際の技術動向や将来予測を示すものではありません。



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