【拘束時間の制限を設けるべき理由】
人間の集中力には限界がある。これは気合や根性の問題ではなく、構造の問題だ。
授業時間の異常さ
あんなに小さい子供を50分椅子に黙って座らせるなど不可能である。小中学校では50分授業が1日に5、6回ある。
なにをしてんねんと、突っ込みたくなる。最近まで鼻くそほじって泥団子作ってたガキにそれを求めるのは無謀だ。
ましてや、大学になると授業時間が90分に大幅アップするという意味が分からない習慣だ。30分は集中出来ても残りの1時間はただ早く授業が終わるのを待つ無意味な時間になる。
ポモドーロ・テクニック
25分集中して5分休憩するサイクルが最も効率的な集中の持続可能な方法だと支持されているのにもかかわらず、実際の教育現場、職場環境はどうだろうか。
せっかくの効率的な方法を、昔からの習慣で無いものとして扱われている現実に大呆れを感じている。
大学の90分授業というのは排泄を制限している実態がある。それは生徒にも教授にも弊害が出ているはずだ。こんなクソみたいな環境を一掃したいと思って私は取り敢えず教職課程を履修する事にした。
おわり
重要なのは長くやることではなく、どれだけ集中できるかだ。拘束時間の長さを評価する時代は、もう終わっていい。これからは質を評価すべきではないだろうか。
