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ローカルまち歩き|宗吾参道駅から

こんにちは。

先日、宗吾参道(そうごさんどう)駅から歩いてみました。

「宗吾参道駅ってどこ?」という人がほとんどだと思いますが、千葉県印旛(いんば)郡にあります。

チーバくんの目元辺りでしょうか。

ここは成田に近いので、成田市なのかなと思ったのですが、印旛郡でした。

ちなみに印旛郡は飛び地のように2か所に分かれていることを知りました。

東京駅からは電車で1時間ちょっとくらいです。


YOUは何しに宗吾参道へ?

なぜ宗吾参道駅を訪れたかというと、麻賀多(まかた)神社に行ってみたかったからです。

麻賀多神社は、非常に歴史のある神社で、少なくとも1300年の歴史があるそうです。

延喜式内社*(えんぎしきないしゃ)の由緒ある神社であり、奥宮もあります。

*延喜式内社:平安時代に作られた延喜式神名帳(神社リストのようなもの)に掲載されている神社。つまり、とても由緒がある神社と思っていただけたら。

そして東日本一といわれる大杉も見たかったのです。

麻賀多神社への行き方を調べていたら、宗吾参道駅から歩いて行けそうだったので今回のまち歩きを決行しました。

宗吾参道駅 ⇨宗吾霊堂 ⇨麻賀多(まかた)神社 ⇨麻賀多神社奥宮 ⇨公津の杜(こうづのもり)駅と歩きました。


宗吾参道駅

「宗吾参道」とは変わった名前だなと思い調べてみると、とある義民(ぎみん)の名前が由来だったのです。

義民とは↓↓↓

一身の利害を顧みずに、世のためだと思うことに尽くす農民。

新明解 国語辞典

江戸時代、この土地では領民たちが凶作と過酷な重税に苦しんでいたそうです。

そこで名主たちが藩主に対して訴えるも聞き入れられず、ついに将軍(四代、徳川家綱)に直訴することを決めました。

将軍に直訴するということは、死罪を覚悟の上でやらなければなりません。その役割を引き受けたのが、佐倉宗吾(さくらそうご)という人物(本名は木内惣五郎、きうちそうごろう)だったのです

直訴により、領民の窮状は救われたものの、佐倉宗吾とその子ども4人が処刑されたといいます。1653年のことです。


それからというもの、佐倉宗吾は民を救った農民の神さまと崇められてきたのだそうです。


佐倉宗吾の御魂(みたま)が祀られている『宗吾霊堂』への参道が続いているため、宗吾参道なのですね。


宗吾霊堂

宗吾霊堂を訪れる前は、「地方にある、一般的には有名ではない場所なので、こじんまりしたところだろうな」と思っていました。

が・・・

非常に立派なお堂でした。

元々の起源は8世紀。

坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が房総半島を平定した際に戦没者供養のために建立し、東勝寺と名付けられました。

同じ成田市(宗吾霊堂は成田市になります)の成田山新勝寺よりも古い歴史を誇ります。

成田山新勝寺は、東勝寺よりも新しいお寺ということで「新勝寺」としたそうです。

敷地も広々としており、お庭もきれいに整備されていました。

春は桜、6月はあじさいがきれいだそうですよ。


佐倉宗吾は現代ではあまり知られなくなってしまいましたが、江戸時代には芝居や講談の題材となり、広く世間に知られていたそうです。

それを裏付けるように、全国各地に佐倉宗吾を祀った神社や霊堂が存在します。

ちなみに、宗吾霊堂の敷地内にあった「宗吾殿」は、元々台東区にあったお堂だったものを移築した(そして新しくした?)ものだそうです。

宗吾殿


歴史のありそうなお土産屋さんが二件、営業していました。

今もなお人々から愛される人物が祀られ、地域の方々によって大切にされていることが伝わってきました。

昔の人の生き様が、現代の人々にも影響を与えている。

歴史は現代と地続きですね。


麻賀多神社

次は麻賀多神社に向かいました。

どんな道なのか、ちょっとドキドキしながら。

宗吾霊堂から徒歩30分ほど。

途中歩道のない道もありましたが、気をつけて歩けば大丈夫でした。

この土地の歴史は古く、日本武尊(やまとたけるのみこと)にもご縁があるようでした。

日本武尊が東征の際(1世紀頃と考えられる)、この地方の作物の実りが悪いことを知り、伊勢神宮に祈願したところ、その後は豊作が続いたそうです。

3世紀頃に、稚産霊神(わかむすびのかみ)を祀ったのが始まりで、7世紀にお宮ができたそうです。

稚産霊神は、古事記では和久産巣日神(わくむすびのかみ)と書かれている神さまのようです。

起源から数えると1700年。神社としては1300年ほどの歴史があるとのこと。


この長い歴史に、いつも感動してしまいます。

私は歴史の浅い土地(北海道)出身であり、子どもが徒歩で行けるような場所に神社がない環境で育ちました。

そのためなのか、このような昔から人々が住み、神社を大切にし、長い間ずっと神社を存続させてきたことにやたらと感動してしまいます。

信仰など意味がない、という風潮もまだまだ感じる現代ではありますが、なにか意味があるからこうして残り続けているのですよね。

理論では説明できない、何か感じるものがきっとあるのでしょう。



麻賀多神社は、産業・開運・長寿・厄除けの御利益があるそうです。

拝殿

また、東日本一の大杉(御神木)にもあってきました。

樹齢1300年ほどとのこと
悠久の時を感じます

とても素敵な神社さんでした。

古民家カフェ

お昼は麻賀多神社の裏手にある古民家カフェ「きのこクラブ」へ行きました。

きのこクラブ

下調べもせず入りましたが、とっても素敵なところでした。

レトロな感じがたまらない。

一人なのにすてきなソファー席に案内されました(いいのかな、と思いつつ独り占め)

お食事は魚の定食にしました。せいろ蒸しの野菜がほっかほかで心まで温まりました。

体に優しいごはん

とても居心地よく過ごせました。

宗吾旧宅

次は宗吾旧宅を目指します。

佐倉宗吾の子孫の方が管理されており、なんでも17代目の方からお話も聞けるのだそう。

ちょっと楽しみ・・・

と思ったらその日はお休みでした(ガビン←古い?)。

残念・・・

お庭が素敵でした。


麻賀多神社 奥宮

気を取り直し、麻賀多神社の奥宮に向かいました。

麻賀多神社からは徒歩20分ほどです。

ところどころに案内表示があり、安心

田園風景や小径を楽しみながら、歩きました。

鳥が羽ばたいた瞬間
奥宮への道
麻賀多神社 奥宮

緑のもみじももちろん美しいですが、ここは秋、紅葉が美しいでしょうね~

奥宮の創建は応神天皇の時代(4世紀初め頃。諸説あり)だそうです。

稚日霊神(わくひるめのかみ)がお祀りされています。

奥宮にも大杉がありました。この土地をずっと見守っているのですね。


麻賀多神社を創建したとされる伊都許利命(いつこりのみこと)を祀る神社もありました。

後方の古墳自体が信仰対象だそうです

裏手から古墳に登れたそうですが、私は基本的に古墳には登らないようにしているのでやめておきました。

自然の中にある心地よい神社でした。

麻賀多神社に来たら、是非奥宮も訪れることをおススメします。

公津の杜駅へ

義民ロード的には甚兵衛公園まで行き、さらに印旛沼も行きたいところだったのですが、夕方用事があったため断念。

公津の杜(こうづのもり)駅に向かい、終了することにしました。

途中は田園風景と台地の高低差を眺めながら歩きました。

天然の藤棚(?)

五所神社

途中で見つけた五所神社さん
短いけど急な階段
頂上には小さなお社がありました。また、素敵な木々に癒されました。

五所神社とあるので、昔どこかにあった5つのお社をまとめて五所神社としたのではないか?と思います(あくまで推測)。


途中で猫ちゃんに遭遇。

にゃんこを探せ

道祖神社

途中で見つけた道祖(どうそ)神社さん。

「道祖神社」なので、天照大御神(あまてらすおおみかみ)がお祀りされているはずです。

Googlemapを見て歩くのですが、選んだ道がほとんど森というか林の中(ただし歩ける道はちゃんとある)だったので、本当に駅にたどり着くのか?と思いながら進みました。郊外さんぽあるあるですね。

推し道。
絶妙なS字カーブ。昔を感じる曲がりくねった道が好き

しばらくすると道路を走る車の音が聞こえて、人家も見えてきたため、もうすぐ駅に到着しそうだとわかりました。

奥宮から公津の杜駅まで1時間弱でした。

公津の杜駅は関東の駅百選に選ばれているそうです。

美術館のような佇まい

こどもの日が近かったため、こいのぼりが見られました。

奥にはチーバくんのこいのぼりが

おわりに

かなりニッチなまちあるきの投稿を見ていただき、ありがとうございました。

皆さんに何か新しい発見があったなら幸いです。

今後も色々歩いてご紹介したいと思います。

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