見出し画像

こんにちは!皆さん。

今日は「白か、黒か」というテーマで書きたいと思います。

世の中では、日々いろいろな場面でこんな言葉を耳にします。

「白黒をはっきりさせたほうがいい」

「結局、どちらなのですか」

「賛成なのか、反対なのかを決めてください」

たしかに、ビジネスの現場や日常の細かな選択をする時には、白か黒かをはっきりさせたほうが話は早く進みます。

レストランでランチメニューを選ぶ時に、ハンバーグにするか、パスタにするかを一時間も悩んでいたら、大切なランチタイムが終わってしまいます。

厨房のスタッフも困惑します。

後ろで順番を待っているお客様がいれば、もっと困ってしまいます。

判断は、早いに越したことはありません。

ただ、現場の最前線で長く仕事をする中で、時々ふと思うのです。

その判断は、本当に今すぐ必要なのでしょうか。

そもそも、世の中の出来事は、白と黒の二つだけで簡単に決められるものなのでしょうか。

オセロというゲームであれば、盤面の上は白か黒かですっきり分かれます。

しかし、私たちが生きている人間の社会や職場は、オセロのボードほど単純ではありません。

残念ながら、たった一度ひっくり返せば全部同じ色になるほど、世の中の仕組みはシンプルにできていないのです。

僕は、何でもかんでも白黒をはっきりさせたがる人を見ると、少しだけ距離を置きたくなってしまいます。

もちろん、世の中において白黒をはっきりさせること自体がすべて悪いわけではありません。

会社の厳格なルールや法律、命に関わる安全基準などは、曖昧にしないほうがよい場面がたくさんあります。

たとえば、現場で安全管理をする際に、「まあ、今回はグレーということで見逃しましょう」と済ませるわけにはいきません。

そこは絶対に、白黒をつけなければいけない境界線です。

一方で、働くスタッフの考え方や日々の仕事の評価、複雑な人間関係まで、すべてを白か黒かで無理やり分けようとすると、どうしても歪みや無理が出てきます。

人間という生き物は、それほど単純なシステムでは動いていないからです。

心理学の世界では、物事を「良いか悪いか」「成功か失敗か」「味方か敵か」という二つの極端な視点だけに分けて考えることを、二分法思考と呼ぶことがあります。

これをものすごくざっくりいうと、世の中の複雑なグラデーションを無視して、二色だけですべてを塗りつぶそうとする考え方のことです。

不思議なもので、白黒をつけてしまうと、私たちの頭の中は驚くほどすっきりと整理されます。

それはなぜかというと、深く考える必要がなくなるからです。

「あの人は素晴らしい人だ」

「あの人はダメな人だ」

「この会社は最高の環境だ」

「この仕事には何の価値もない」

このように最初から決めてしまえば、それ以上頭を悩ませて深く考える必要がなくなります。

だからこそ、少し心が楽になります。

スーパーマーケットで買い物をする時も、目の前に選択肢が二つしかなければ迷わずにすぐに選ぶことができます。

ところが、似たような商品が二十種類もずらりと並んでいると、途端に選べなくなってしまいます。

結局、いつもと同じ見慣れたものを手に取ってしまうのです。

人間の脳は、処理しきれないほどの選択肢を与えられると、疲れてしまうのだと思います。

だからこそ、私たちはつい白か黒かに分けたくなってしまいます。

その心理的な背景は、とてもよく分かります。

ただ、頭の中がきれいに整理されたことと、下した判断が本質的に正しいということは、まったく同じではありません。

たとえば、散らかった部屋の書類を、とりあえず全部見えない引き出しへ力任せに押し込めば、部屋の見た目は一瞬できれいになります。

しかし、それで部屋の片づけが終わったわけではないのと同じです。

白黒を急いでつけることも、それと少し似ている気がします。

#二分法思考 #白黒思考 #認知の歪み #決断疲れ #心理学の応用 #不安の解消

人間の世界には、いくつものレイヤーがある


人々の行動や目の前の出来事には、必ずいくつかのレイヤーが存在しています。

レイヤーという言葉をものすごくざっくりいうと、一つの出来事の裏側には、何枚もの事情や背景が重なっているという意味です。

たとえば、職場に少し遅刻して慌てて入ってきたスタッフがいたとします。

遅刻したという一つの事実だけを見れば、その人には問題があります。

時間厳守で真面目に働いている他のメンバーからすれば、「だらしがない人だ」と感じてしまうかもしれません。

その怒る気持ちも非常によく分かります。

しかし、そのスタッフは通勤の途中で体調を崩して倒れている人を助けていたかもしれません。

あるいは、実家の家族の具合が急に悪くなり、病院へ連れていっていたかもしれません。

もちろん、単純に朝の目覚まし時計をかけ忘れて寝坊しただけという可能性もあります。

同じ「遅刻」という結果であっても、そこに到る背景はまったく違います。

もちろん、どんな事情があったとしても何をしても許されるという無責任な話ではありません。

遅刻によって誰かに迷惑をかけたのであれば、社会人としてきちんと謝る必要があります。

あらかじめ連絡できる状況だったのであれば、早めに連絡を入れたほうがよかったのは間違いありません。

ただし、「遅刻した」というたった一つの行動だけで、その人の人間性や人格すべてを真っ黒に塗りつぶしてしまうのは、少し早すぎるのではないかと思います。

そこには、事実のレイヤーがあります。

それぞれの事情のレイヤーがあります。

抱えていた感情のレイヤーがあります。

そして、それまでその人が積み重ねてきた毎日の行動のレイヤーもあります。

たった一枚の表面的な側面だけを見て、全体を評価するのはとても難しいことです。

それはまるで、たっぷりの粉砂糖がかかったミルフィーユの一番上の層だけを食べて、「このケーキは粉砂糖の味しかしない甘い食べ物だ」と評価するようなものです。

どうか、もう少しだけ下の方まで味わってみてください。

その先には、コクのある大切なクリームが待っているはずです。

#多角的視点 #事象の背景 #思い込みを捨てる #対人関係の悩み #コミュニケーションギャップ #ヒューマンエラー対策

人は、一部分だけを切り取れません


マネジメントや現場の仕事を長く続けていると、スタッフの能力について相談を受けることがよくあります。

「あの人は仕事ができる優秀な人ですか」

「あの人はどうしても使えない人ですか」

このような二者択一の質問をされることがあります。

しかし、私はいつもこういう質問をされると、答えにすごく迷ってしまいます。

仕事ができる、できないという言葉は、あまりにも範囲が広すぎて一言で言い表せないからです。

たとえば、作業を仕上げるスピードは圧倒的に速いけれど、細かい部分が少し雑になってしまう人がいます。

あるいは、お客様と楽しく会話をすることは抜群に上手だけれど、バックヤードでの細かな事務作業がどうしても苦手という人もいます。

新人への教え方はとても丁寧で優しいけれど、全体が忙しくなると途端に視野が狭くなってしまう人もいます。

圧倒的な売上を作る営業力はあるけれど、自分のペースで動くあまり周囲への言葉が強くなってしまう人もいます。

これらをすべてまとめて、「あの人は仕事ができる」「あの人はできない」と二つに分けることはできません。

接客のスキルは白でも、事務作業の能力は黒かもしれません。

スピードは白でも、正確さはグレーかもしれません。

今は黒に見えている部分が多くても、適切な経験を重ねればいつか白に近づくかもしれません。

そもそも、今その人に任せている役割や仕事が、本人の得意分野に合っていないだけの可能性も十分にあります。

たとえば、野球のバッティングが得意な人に、いきなりクラシックのピアノを弾いてもらって、「この人は音楽の能力が低い」と判断しても何の意味もありません。

その人に能力がないのではなく、才能を発揮する場所や使い所が違っているだけかもしれないのです。

人を評価する時には、どの特定の側面について判断しているのかを、もっと細かく分解したほうがよいと思います。

人間全体を大ざっぱに判断しようとすると、どうしても雑になってしまいます。

対人スキルについて判断する。

時間管理の正確さについて判断する。

周囲への言葉の選び方について判断する。

今の自分の役割との相性について判断する。

このように細かく分けて考えていくと、白黒だけでは絶対に見えなかったものが少しずつ見えてきます。

評価の粒度を細かくしていくのです。

これは、相手のスタッフのためだけではありません。

評価を下す自分自身が大きな間違いを犯さないためでもあります。

#人事評価基準 #適材適所のマネジメント #人材育成のヒント #ラベリング効果 #長所を伸ばす #多面的な評価

敵か味方かで分ける考えには、共感できない


僕は、「敵か味方か」という極端な二者択一の考え方にも、あまり共感することができません。

「自分にいつも賛成してくれる人は味方」

「自分の意見に反対意見を言う人は敵」

このような分け方は、複雑な人間関係を考える上でとても分かりやすい図式です。

分かりやすいのですが、同時にとても危険な罠でもあります。

自分にいつも文句も言わずに賛成してくれる人が、本当に心からの味方とは限りません。

ただ単にあなたに嫌われたくないから、心にもないのに合わせているだけかもしれません。

逆に、耳の痛い反対意見をわざわざ言ってくれる人が、敵とも限りません。

あなたに失敗してほしくないという純粋な気持ちから、あえて厳しい現実を伝えている場合だってあります。

職場で新しい企画やイベントを考えた時にも、全く同じ現象が起こります。

「この新しいイベントは絶対にやったほうがいいです!」

そう力強く賛成してくれる人は、リーダーとしてとても頼もしく見えます。

一方で、「準備にかかる期間が短すぎるので、今回は見送ったほうが危なくないと思います」と言う人は、消極的な反対派に見えるかもしれません。

しかし、よく話を聞いてみると、後者の人は企画のコンセプト自体に反対しているのではなく、実施までのスケジュールや現場の負担を本気で心配しているだけかもしれません。

企画の方向性や内容には完全に賛成しています。

ただし、具体的な実行日程や準備期間には反対しています。

ここには、賛成と反対が同時に同じ場所で存在しています。

人間の意見というのは、ペラペラの紙幣一枚のように単純ではありません。

「賛成」と書かれた札か、「反対」と書かれた札のどちらかをパッと上げればすべてが終わるわけではないのです。

企画の内容には賛成です。

具体的な進め方の方法には反対です。

大まかな目的には深く共感します。

しかし、今のリソースでの進め方には大きな不安があります。

こういう複雑な感情は、現実の仕事の中ではいくらでも起きてきます。

むしろ、それがごく自然な状態ではないでしょうか。

相手の意見のほんの一部に反対されただけで、「この人は自分のことを嫌っているんだ」と短絡的に考えてしまうと、毎日の人間関係はどんどん苦しくなっていきます。

仕事上の提案内容を否定されたことと、自分自身の人間としての存在を否定されたことは、まったく別の話です。

この二つを一緒にしてごちゃ混ぜにしてしまうと、平和な会議が急に戦場のようなピリついた空気になってしまいます。

会議室のテーブルの上に、白い旗も黒い旗も本来は必要ありません。

私たちが求めているのは、勝ち負けではなく、よりよいアイデアや解決策だからです。

#建設的な議論 #心理的安全性 #職場の人間関係改善 #意見の対立 #チームビルディング #ファシリテーション

判断が早いことと、判断を急ぐことは違う


ビジネスの現場では、よく「判断の早さが大切だ」と言われます。

僕も基本的には、その考え方に大賛成です。

現場の業務中に、目の前のお客様への対応方針を一時間も会議室で話し合っているような余裕はありません。

サービスをすぐにやり直すのか。

別のご提案をするのか。

現場では、その場で瞬時に決めなければいけない場面がたくさんあります。

ただ、ここで一つだけ意識しておきたいのは、判断が早いことと、ただ単に判断を急ぐことはまったく違うということです。

判断が早い人は、その場面で必要な情報をしっかりと集めたうえで、決めるべきタイミングでスパッと決めます。

一方で、判断を急ぐ人は、肝心な情報が圧倒的に足りていないにもかかわらず、自分の不安を消すために早く結論を出そうと焦ってしまいます。

外から見た時のスピード感は似ているかもしれません。

しかし、その中身の質は全く異なります。

たとえば、提供したサービスについて厳しいクレームを受けたとします。

スタッフから慌てて報告を聞いた責任者が、その場の勢いで「あのお客様はただのクレーマーだ」とすぐに判断してしまったらどうでしょうか。

たしかに、相手の声のトーンは強かったのかもしれません。

何度も同じ説明をスタッフに求めていたのかもしれません。

しかし、事前の説明と実際の内容が違っていたという事実があった可能性もあります。

重要な情報が正確に伝わっていなかった可能性もあります。

そもそも、最初のスタッフの言葉遣いや態度に失礼な点があったかもしれません。

もちろん、どれだけ丁寧にしても、要求が現実的ではないケースもゼロではありません。

だからこそ、感情の勢いですぐに白黒を決めないほうがよいのです。

まず、現場で何が起きていたのかを冷静に確認します。

誰が、どのように説明を行ったのかを事実ベースで聞きます。

相手が一番何に困り、怒っていらっしゃるのかを真摯に聞きます。

そのすべての材料がそろったうえで、初めて判断を下します。

これは、判断のスピードが遅いのではありません。

正しい判断をするためのプロセスの順番をしっかりと守っているだけです。

急いで全力で走ることと、靴ひもをしっかりと結ばずに慌てて走り出すことは違います。

靴ひもを結ぶためのほんの数十秒を惜しんで途中で派手に転んでしまったら、結果的に余計に時間がかかってしまいます。

#意思決定のスピード #クレーム対応の基本 #ファクトチェック #アンコンシャスバイアス #リーダーシップ論 #マネジメントスキル

その判断は、今、本当に必要なのでしょうか


現場やプライベートで何か問題が起きると、私たちの心はすぐに答えを出したくてソワソワしてしまいます。

なぜなら、答えが出ていない宙ぶらりんな状態は、どこか落ち着かないからです。

「この仕事をこのまま続けるなのか」

「この人とはそろそろ距離を置くべきでしょうか」

「今考えているこの企画は本当に正しいのか」

「この環境は自分にとって良い場所と言えるのか」

こうした大きな問いに対して、今すぐ今日の夜のうちに絶対の答えを出さなければいけないとは限りません。

明日の予定を入れるかどうかは、たしかに今日中に決める必要があります。

しかし、新しく出会った人を一生信用するかどうかまで、今日の段階で決める必要はありません。

自分の人生を左右するような仕事を辞めるかどうかを考えることはもちろん大切です。

ただし、「今日たまたま仕事で嫌なことがあった」という一時的な感情を理由にして、その日の夜に人生のすべてを決定づけなくてもよいはずです。

判断には、それぞれに適切な賞味期限があります。

今日中に決めなければ現場が回らないものがあります。

一週間じっくり考えても誰にも迷惑がかからないものもあります。

あるいは、半年ほどの長いスパンでじっくり観察してから判断すればよいものもあります。

すべての判断を同じような猛スピードで処理しようとするから、心がすり減って苦しくなってしまうのです。

ここで大切にしたいのは、「正しい答えは白か黒かどちらなのだろう」と焦って考える前に、「そもそもいつまでにこの答えを出す必要があるのだろう」と立ち止まって期限を考えることです。

答えの内容そのものよりも、答えを出すべき期限を先に設定します。

これは、実践してみると意外なほど役に立つ考え方です。

「今はまだ判断材料が足りないので、一週間後にもう一度考えてみます。」

「次の三回の結果を見てから決めます。」

「本人と直接じっくりと話をしてから判断します。」

このように、自分なりの期限をちゃんと決めた上で一時的に保留にすることは、決して優柔不断な態度ではありません。

問題から目を背けて放置しているのとも違います。

保留とは、何も考えていない無責任な状態ではなく、必要な情報が十分にそろうまで結論の扉を閉めずに開けておく状態のことです。

冷蔵庫の扉は開けっぱなしにしてはいけませんが、結論の扉は少し開けたままで風を通しておいてもよいのです。

それでお金や電気代が無駄にかかるわけでもありません。

#判断の保留 #タイムマネジメント術 #決断力 #タスクの優先順位 #余裕を持つ方法 #ストレスフリーな働き方

グレーには、いくつもの濃さがある


白と黒の二つの色の間には、無限に広がるグレーが存在しています。

ただし、グレーという色も決して一色ではありません。

限りなく白に近い明るいグレーがあります。

底知れない黒に近いダークなグレーもあります。

少し青みがかったクールなグレーもあれば、どこか温かみのある優しいグレーもあります。

人間の複雑な考え方や感情も、それとまったく同じです。

「基本的にはその方向性に賛成だけれど、一部だけがどうしても心配です。」

「今の段階の条件では反対せざるを得ないけれど、将来的に条件が変われば喜んで賛成できます。」

「その人の考え方の筋道には深く共感するけれど、自分がそのプロジェクトに参加するかどうかは別の話です。」

「人として嫌いではないけれど、長時間一緒に仕事をするとお互いに疲れてしまいます。」

このような微妙で複雑な気持ちは、人間として決しておかしなものではありません。

ところが、世の中や周囲から白黒の決断を強く求められると、自分の中にあるこういった細かい感情を無理やりどちらかの色に押し込めなくてはならなくなります。

本当は自分の心の中では六十パーセントくらいしか賛成していないのに、場の空気を読んで「すべて賛成です」と言い切ってしまいます。

すると、残りの四十パーセントの違和感が心の中にモヤモヤとして残り続けます。

後になってから、ジワジワと大きな違和感が表面化してきます。

「あの時、自分はたしかに賛成したはずなのに、なぜかまったく納得できていないのだろう。」

その本当の理由は、自分の中にあった四十パーセントの反対意見や懸念を、自分の手で無理やり無視して蓋をしてしまったからかもしれません。

人間の気持ちや意見というのは、選挙の投票用紙のマークではありません。

丸か、バツかだけで割り切って記入する必要はどこにもありません。

時には三角であってもいいし、四角でもいいのです。

回答用紙の余白に、小さなメモを自分で書き加えてもよいのです。

「この部分のコンセプトには大賛成です。ただし、こちらの実行部分に関してはもう少し慎重に考えたい」

大人の付き合いでは、そのくらいのグラデーションがあっても十分すぎるほど素敵だと思います。

#自己一致 #同調圧力への対処 #本音と建前 #感情の整理 #グレーゾーンの許容 #割り切れない思い

人ではなく、行動を判断する


白黒を急いでつけないために、日々の現場で意識している大切なコツがあります。

それは、人間そのものではなく、目の前の「行動」を切り取って判断するということです。

「あの人は人間的に悪い人だ」とざっくり決めてしまうのではなく、「今回の発言や今回のやり方には少し問題があった」と考えます。

「あの人は仕事ができないダメな人だ」と決めつけるのではなく、「今回の準備段階では少しリソースが不足していた」と考えます。

「あのお客様は面倒な厄介な人だ」とラベルを貼るのではなく、「今回いただいたご要望には今の体制では対応が難しい」と考えます。

人間全体の存在にまるごと色を塗るのではなく、その時々に起きた具体的な出来事や行動を一つずつ分けて見つめます。

そうすることで、必要以上に相手の人間性を嫌いにならずに済みます。

同時に、仕事上で改善すべき問題のある行動を、なあなあと曖昧にせずに、きちんと向き合うことができます。

グレーを認めるということは、世の中のすべての不正や失敗を「人間だから仕方がない」と言って何でもかんでも甘く許すことではありません。

ここにはとても大切な線引きがあります。

「人間にはそれぞれの事情があるから大変だよね」と言って、すべてを受け入れる必要はありません。

それぞれの背景にある事情はしっかりと理解します。

しかし、それによって周りに多大な迷惑をかけた具体的な行動については、しっかりと改善を求めます。

相手の人格否定は絶対にしません。

ただし、職場のルール違反やマナー違反には厳しく対応します。

相手の意見や立場はしっかりと尊重します。

それでも、自分自身の守るべき境界線はしっかりとキープします。

物事を深く理解することと、相手の意見にすべて同意することは違います。

誰かを優しく許すことと、何も言わずに我慢して見過ごすこともまったく違います。

複雑なグレーを大人のバランスで扱うには、この違いを丁寧に分けて考えることが必要不可欠です。

少し面倒くさい作業かもしれません。

何も考えずに白黒をバシッとつけるほうが、ずっと楽で簡単です。

しかし、人と人との繋がりや人間関係の中で本当に大切で価値のあることは、だいたいが少しだけ面倒くさいプロセスの中にあるのだと実感しています。

#アンガーマネジメント実践 #アサーティブコミュニケーション #課題の分離 #バウンダリー #他者への寛容さ #行動に焦点を当てる

一部だけ賛成してもよい


私たちは、誰かの意見を聞いた時に、その人の意見を丸ごとすべて受け入れるか、あるいは丸ごとすべて全否定するかの二択にしてしまいがちです。

しかし、ほとんどの意見や提案は、細かく分解することができます。

たとえば、職場で上司が「これからの売上をさらに上げるために、来月は受注目標を大幅に増やそう」と提案したとします。

売上をしっかり上げていきたいという目的そのものには、心から賛成できます。

しかし、一気に目標を増やすという具体的な方法には、少し強い不安を感じるかもしれません。

なぜなら、現在のスタッフの人数やキャパシティが圧倒的に足りていないからです。

このままでは、一番大切にしたい品質そのものが大きく落ちてしまう可能性が高いからです。

この状況で、「賛成です」「反対です」の二つだけの選択肢しかなければ、議論の着地点が見えなくなってしまいます。

そんな時は、こう言葉を補えばよいのです。

「売上を上げていくという大きな目的自体には全面的に賛成です。ただ、目標数を増やす具体的なステップに移る前に、まずは業務時間を短縮する効率的な方法をチームで考えたいです。」

こうやって自分の考えを丁寧に伝えれば、お互いの意思疎通がスムーズになります。

何かに反対するということは、その相手の人格や存在を全否定することでは決してありません。

同じ目標に向かって、より安全で確実な別の道を提案しているだけなのです。

目的地は同じ富士山の頂上であっても、選ぶ登山道が全く違うことはよくあります。

険しい直登ルートで行く人もいれば、なだらかな迂回ルートで行く人もいます。

途中で山小屋に立ち寄ってしっかり体力を回復したい人もいます。

最終的な目的地が同じであれば、意見の違いがあっても決して敵同士ではありません。

むしろ、自分とは違う別の道を知っている人がチームの中にいてくれるおかげで、予期せぬトラブルや渋滞を賢く避けられるようになるかもしれません。

#合意形成プロセス #アウフヘーベン #折衷案の作り方 #会議の進め方 #多様な意見の尊重 #最適解の探求

正しさは、立つ場所によって変わる


まったく同じ一つの出来事であっても、自分が今立っている場所や立場によって、見え方や感じ方はガラリと変わります。

あるサービスを利用しているお客様が、長時間その場に滞在している場面を想像してみてください。

数字のデータだけを見れば、回転が悪くなっており、明らかに効率が落ちているように見えます。

次にお待ちの方を早くご案内したいと考えているスタッフの立場からすれば、少しでも早めに譲ってほしいと感じるのが本音かもしれません。

一方で、その長く滞在されているお客様にとっては、何ヶ月ぶりかに遠方から会う大切な友人と過ごす、かけがえのない貴重な時間である可能性があります。

ここで、「長居するお客様はマナーが悪くて困る」と一刀両断に決めてしまえば、思考としてはとても簡単です。

逆に、「お客様はお金を払っているのだから、何時間いても文句を言われる筋合いはない」と極端に決めるのもある意味では簡単です。

しかし、現場のリアルな空気の中では、その短い時間の間にたくさんの複雑な事情が絡み合っています。

他に待っているお客様の予約が入っているのかどうか。

まだ当日ご案内できる空きが十分に余っているのかどうか。

利用時間の目安についてお伝えしていたのかどうか。

こうしたさまざまな情報の組み合わせによって、現場でのベストな対応や正解は刻々と変わっていきます。

この世の中において、絶対的な正しさは決して一枚岩ではありません。

利用する側には、利用する側の正しさがあります。

毎日汗水流して現場を走り回っているスタッフには、スタッフなりの正しさがあります。

全体の経営や数字のバランスを預かる側には、経営側なりの確かな正しさがあります。

それぞれの立場における正しさが複雑に重なり合い、時には現場でぶつかり合います。

ここで一番大切なのは、どちらか一方だけを悪者にして切り捨てることではありません。

お互いに何を守ろうとしてその言動をしているのかの背景を見つめることです。

その日の効率や数字を守りたいのか。

提供する品質を守りたいのか。

お客様との長期的で温かい関係性を守りたいのか。

現場で働くスタッフの過度な負担やストレスを減らしたいのか。

それぞれの立場が必死に守ろうとしているものが分かれば、白黒の争いではなく、まったく別のクリエイティブな解決策が自然と見えてくることがあります。

正しさ同士の衝突は、決して正義と悪の戦いなどではありません。

そのほとんどの場合、お互いに「守りたい大切なものが少し違っているだけ」なのです。

#メタ認知能力 #ステークホルダーマネジメント #視座を高める #顧客満足と従業員満足 #トレードオフの解消 #多視点思考

判断しないことも、一つの判断です


すべての出来事や人間関係に対して、今すぐその場で結論を出さなくてもまったく問題ないと思っています。

これは決して、思考を放棄して何も考えないという意味ではありません。

「今の段階ではまだ判断しない」という選択をあえて自分で決めることも、立派で高度な一つの判断です。

今日初めて会ったばかりの人について、その人が良い人か悪い人かを今すぐ決めつけない。

仕事で一度大きなミスをしてしまったスタッフについて、この仕事に向いている向いていないを慌てて決めつけない。

もう少しだけ時間をかけて様子を見る。

もう少しだけ言葉を交わして話してみる。

もう一度だけ同じ状況で試してみる。

そのための大切な「余白」を、自分の心の中にいつも残しておくようにします。

現代のSNSを見ていると、たった一つの短い発言や切り取り動画だけで、その人の人生のすべてが審判されるような場面に出くわします。

ほんの一瞬の文章や映像だけを見て、「この人はこういう最低な人間だ」と周囲が一斉に決めつけてしまいます。

しかし、その炎上している発言の前後には、何時間もの長い文脈や背景があったかもしれません。

本人はただ言葉選びをほんの少し間違えてしまっただけなのかもしれません。

あるいは、本当に直したほうがいい問題のある考え方なのかもしれません。

そのどれに当てはまるのかは、表面のほんの一部を見ただけでは到底判断できません。

もちろん、明らかに誰かを深く傷つけるような悪質な言動や暴力まで、無理やり好意的にねじ曲げて受け取る必要はまったくありません。

ただ、自分自身の中に、「よく分からないものを、分かったつもりにならない」という誠実な姿勢だけはいつでも持っていたいなと思います。

「今の私には、まだちょっと分かりません。」

この言葉は、一見すると少し頼りなく、自信がないように聞こえてしまうかもしれません。

しかし、本当は自分の無知を認めるとても誠実で勇気のある言葉です。

何も知らないくせにすべてを知っているような顔をするよりも、はるかに信頼できる態度だと僕は思います。

#ネガティヴケイパビリティ #SNSリテラシー #情報化社会の歩き方 #無知の知 #保留する勇気 #デジタルデトックス

グレーは、逃げではない


白黒をはっきりつけない生き方をしていると、周囲から「優柔不断で頼りない人だ」と思われることが時にはあるかもしれません。

「白なのか黒なのか、一体どっちなのかはっきりしてください。」

そう鋭く言われると、自分の考えている方向性がまるで弱々しいもののように感じてしまうこともあるでしょう。

ただ、白と黒の間のグレーな状態を自分の心の中でしっかりと認めることは、決して責任から逃げているわけではありません。

世の中の複雑なものを、複雑なまま丁寧に扱おうとする大人の成熟した姿勢そのものです。

実際の人間関係やビジネスには、数え切れないほどの矛盾が満ち溢れています。

相手の尊敬できる部分もあれば、どうしても理解に苦しむ苦手な部分もあります。

人間としては心から尊敬しているけれど、いざ一緒にプロジェクトで働くとお互いに疲れてしまう人もいます。

考え方の方向性はまるで合わないけれど、プロとしての仕事の腕前だけは心から信頼できる人もいます。

昔は毎日つるむほど仲がよかったけれど、お互いの人生のステージが変わった今は少し適度な距離が必要な人もいます。

どれをとっても、人間として決して不自然なことではありません。

それなのに、無理やりすべてを白黒ではっきりさせようとすると、こうした複雑で繊細な気持ちを自分の中で強引に整理しなくてはならなくなります。

「あの人のことが好きなのだから、その人の嫌なところもすべて無条件で受け入れなければいけない。」

「あの人のここは苦手なのだから、もう二度と一切関わってはいけない。」

しかし、現実の人間関係はそんな極端なルール通りには動きません。

大好きだけれど、お互いのために今は適度に距離を置く関係があってもいいのです。

人間としては少し苦手な部分があるけれど、社会人としての礼儀と敬意を持って爽やかに接することは十分にできます。

意見のベースや思想は違うけれど、目の前のビジネスの目的を達成するために期間限定で一緒に力を合わせて仕事をすることはできます。

人間は、たった一つの単純な感情だけで誰かと関わっているわけではありません。

白と黒の間にぽっかりと空いたグレーの余白こそが、ギスギスした人間関係を長く、そして心地よく続けるための最高のクッションになってくれるのです。

精密機械をダンボール箱に入れて遠くに発送する時も、箱の中には必ず緩衝材やクッションがしっかりと詰められています。

大人の人間関係という不安定な旅路にも、少しくらいの緩衝材となる「余白」があったほうが、お互いに傷つかなくて済むのです。

#心の余白 #メンタルヘルスマネジメント #大人の人間関係 #矛盾を生きる #ストレス対処法 #緩衝材の役割

白黒をつける前に、問いを変えてみる


何か大きな問題に直面して白か黒かの決断を迫られた時、自分の頭の中で「問いの立て方」をちょっとだけ別の角度に変えてみることにしています。

「これは正しいのだろうか、それとも間違っているのだろうか」と二者択一で考えるのではなく、「この提案の中で、自分はどの部分なら納得して進めることができるだろうか」と考え直します。

「あの人は自分の敵なのだろうか、それとも味方なのだろうか」と怯えるのではなく、「僕たちはどの共通の目的ならば一緒に同じ方向へ進んでいけるだろうか」と考えます。

「この仕事をこのまま続けるべきか、それとも今すぐ完全に辞めるべきか」と極端に悩むのではなく、「毎日の仕事のやり方の何部分を変えれば、もう少し気持ちよく続けられるだろうか」と考えます。

「自分にはできるのだろうか、それともできないのだろうか」と能力の有無で悩むのではなく、「具体的にどんな条件やサポートがあればこれを実現できるのだろうか」と考えます。

このように、自分が自分に投げかける問いをほんの少し横にずらしてみるだけで、目の前の景色や答えも驚くほどガラリと変わります。

白か黒かの二つの選択肢しか見えなくなっていた暗い部屋に、三つ目や四つ目の新しい道がフッと現れてきます。

これこそが、物事を多角的に捉える水平思考の一番実践的な使い方だと確信しています。

水平思考とは、ものすごくざっくりいうと、目の前にある硬直した選択肢だけに囚われず、視野を横にスライドさせてまったく別の可能性を探し出す思考の技術です。

目の前にあるドアがいくら押しても開かない時に、自分の全力を込めて力いっぱいドアを押し続けるのではなく、「もしかすると、これは引くタイプのドアなのではないか」と一度立ち止まって考えてみます。

それでもどうしても開かなければ、横にスライドして開ける引き戸の構造かもしれません。

あるいは、実は最新の自動ドアであって、自分が少し離れた位置に立っていたからセンサーが反応していなかっただけかもしれません。

人生において私たちが直面する大きなドアのほとんどには、親切な取扱説明書なんて一枚も貼っていません。

だからこそ、私たちは自分で少しずつ試行錯誤してみる必要があります。

白か、黒か。

賛成か、反対か。

続けるか、辞めるか。

その二つの選択肢しかこの世に存在しないと絶望的に思い込んでしまった時ほど、「本当に私たちの目の前にはその二つしか道がないのだろうか」と疑ってみてください。

今すぐ絶対の答えが見つからないのであれば、それは答えが出せないのではなく、自分が自分に投げかけている問いの幅が狭すぎて袋小路に入り込んでいるだけかもしれません。

#ラテラルシンキング #水平思考トレーニング #リフレーミング効果 #問題解決の手法 #思考の柔軟性 #問いの立て方

というわけで、世界はオセロほど単純ではありません


というわけで、人生のあらゆる場面で白か黒をきれいにハッキリさせることが、いつでも100パーセント正しいベストな選択だとは思っていません。

もちろん、人生の中にはどうしても今すぐ決めなければならない重要な瞬間は確実にあります。

人の命や安全に関わること、法律や社会的規範に関わること、人との大切な約束に関わることなどは、決して曖昧にしてうやむやにしてはいけません。

ビジネスの現場の最前線では、一刻を争う素早い判断が求められることもたくさんあります。

ただし、私たちの日常を彩るすべての出来事を、同じような白黒の物差しでひとまとめにして乱暴に扱う必要はどこにもありません。

今すぐ今日中にこの場で結論を出さなければいけない性質のものなのか。

それとも、もう少し時間をかけて現場の信頼できる情報を丁寧に集めるべきものなのか。

目の前の「人間そのもの」を評価しているのか、それとも特定の「行動」だけを対象にしているのか。

相手は本当に自分の企画に反対しているのか、それとも具体的な実行方法やスケジュールについて純粋に心配してくれているだけなのか。

こうした小さな問いを自分の中で一度だけ立ち止まって考えてみるだけで、目の前に広がる景色はまったく違ったものに生まれ変わります。

私たちは、毎日の慌ただしい生活の中で、つい目の前の人々を白と黒のグループにきれいに分けたくなってしまいます。

自分の味方か、それとも敵か。

良い人なのか、それとも悪い人なのか。

しかし、その二つの色のグラデーションの間には、数え切れないほどの美しいグレーの色合いが広がっています。

そのグレーという色合いは、決して優柔不断な曖昧さではありません。

それこそが、生身の人間の複雑さそのものです。

それぞれの人が抱えている人生の事情の重なりです。

長い時間の経過とともに人が変わりゆくダイナミックな変化です。

そして、まだ私たちが発見していない新しい可能性の芽生えです。

昨日まではどうしても黒にしか見えなかった職場の風景が、今日になってスタッフと腹を割って話してみると、少し違った色に見えてくることがあります。

今は絶対に正しい白だと心から信じ込んでいるやり方に、数ヶ月後の未来にふと温かい疑問を感じる日が来るかもしれません。

それでいいのだと思います。

人生の判断というものは、一度その場で決めたらどんなことがあっても一生変えてはいけないという絶対の契約書ではありません。

新しくて新鮮な情報や経験が自分の手に入ったのであれば、いつでも柔軟に考え直してもいいのです。

自分の意見や方針をアップデートすることは、決して自分の信念がグラグラしているということではなく、見えるものの解像度が上がった結果の健全な成長かもしれません。

オセロのボードの上では、たった一枚のプラスチックの石がクルッとひっくり返るだけで、盤面全体のカラーが劇的に変わります。

しかし、私たち人間は、プラスチックの石なんかではありません。

真正面から見ると真っ白に見える人であっても、横から角度を変えて見てみると、深みのあるグレーの味わいが見えることがあります。

その人の心の裏側には、誰にも語ることのなかった温かい事情や痛みが隠されているかもしれません。

だからこそ、簡単に目の前の人を「あの人は白だ」「あの人は黒だ」と雑に決めつけないようにしたいなと心から思っています。

すぐに相手を敵か味方の二つの陣営に分けてしまわないようにしたいです。

どうしても分からない時には、かっこつけずに「いまの私には、まだちょっと分かりません」と素直に言える余裕のある自分でいたいです。

白か、黒か。

その二つの極端な答えを急いで選び取る前に、ほんの少しだけその場で深く呼吸をして立ち止まってみてください。

もしかすると、その二つの選択肢の隙間には、私たちがまだ名前すらつけていないような、美しくて優しい新しい色がひっそりと佇んでいるかもしれません。

この世界は、私たちが思っているよりもずっと複雑で、奥が深いものです。

しかし、その割り切れなさと複雑さがたっぷりと詰まっているからこそ、人間という営みは最高に面白いのだと、心からそう思います。

#複雑性の理解 #決めつけない生き方 #自己成長のマインドセット #多様性の受容 #人生の豊かさ #アップデートする思考

----------------------------------

【メンバーシップのご案内】

飲食業に関わるすべての方へ。
そして、食を愛し、その未来を一緒に考えたい方へ。

このメンバーシップは、飲食業の価値を高め、未来につなげるための場です。業界のリアルな課題、現場で役立つノウハウ、そしてこれからの可能性を、共に考え、学び、発信していきます。

メンバー限定の深掘り記事、交流の場、時にはリアルなイベントも企画予定です。あなたの経験や想いが、このコミュニティをより豊かにしていくはず。

飲食業の未来を一緒に描いていきませんか?

皆さんの参加をお待ちしています。
詳細・登録はこちら

👇

いいなと思ったら応援しよう!

菅野 大輔 (ワインテイスター/食クリエーター:かんの だいすけ) よろしければ、サポートお願いします。 自分のモチベーションアップのためと、今後のためにインプットに使わせて頂き、またアウトプットできればと。サポート頂いた方へはちゃんと返信させて頂きます。