境界の向こう側へ
道を歩いていると、
ときどき妙な感覚になることがある。
ここから先に行っていいのか、
少しだけ迷う場所。
誰かに止められているわけでもない。
柵があるわけでもない。
立入禁止の札があるわけでもない。
それでも、足が止まる。
理由は分からない。
ただ、ここから先は、
今までと同じ場所ではない気がする。
そんな空気がある。
境界。
そういう言葉が頭に浮かぶ。
目に見える線があるわけじゃない。
地図に描かれているわけでもない。
けれど、人はちゃんと感じ取る。
ここまではこちら側。
ここからは向こう側。
そんな場所がある。
山の中を歩いているときも、
知らない町を歩いているときも、
ふとした瞬間に、その境目に立つことがある。
風の音が変わる。
鳥の声が消える。
空気が少し重くなる。
それだけで分かる。
ああ、ここは境界だな、と。
別に怖いわけじゃない。
むしろ、少しだけ静かで、
少しだけ懐かしくて、
少しだけ遠い感じがする。
こちら側に戻ることもできるし、
そのまま進むこともできる。
誰も決めない。
自分で決めるしかない場所。
こういう場所に立つと、
自分がどこにいるのか、少し分からなくなる。
今まで歩いてきた道も、
これから行く道も、
全部つながっているはずなのに、
ここだけ切り離されているように感じる。
境界というのは、
場所のことじゃないのかもしれない。
人の中にある線なのかもしれない。
ここまでが日常。
ここからが、少しだけ外。
そう思ったとき、
足が一歩だけ前に出た。
何が変わったわけでもない。
景色も同じ。
道も同じ。
空も同じ。
それでも、さっきまでいた場所には、
もう戻れない気がした。
振り返ると、
そこにはいつもの道が続いている。
ただ、少しだけ遠く見えた。
境界を越えるというのは、
大きな出来事じゃない。
気づかないくらい静かに、
いつの間にか、向こう側に立っている。
そんなものなのかもしれない。
そう思いながら、
俺はそのまま歩き続けた。
