雨に意味はあるけど、降ったことに意味はないのよ
夜更けのリビング。
時計の針が、時を刻む音だけが、部屋に響いていた。
私は、テーブルの上に置かれた携帯を見つめていた。
何度も書いては消した。
「どうしてあんなこと言ったの?」
「私の何がいけなかったの?」
どの言葉も、心の奥をうまく表せなかった。
数日前のこと。
久しぶりに実家へ帰った私は、
母と小さな言い合いになった。
ほんの些細なことだった。
洗濯の干し方とか、味噌汁の味とか──
でも、母の「あなたって昔からそうね」という言葉が、
胸に刺さった。
家を出て十年以上経っても、
あの頃の“ダメな自分”を見られているような気がして、
堪えきれずに帰りの電車で涙が止まらなかった。
その夜から、私はずっと考えていた。
「どうしてあんな言葉を言われたんだろう」
「私の人生に、何か意味があるの?」
「これって、何を学べってことなんだろう」
答えを探すように、ネットの記事を読み漁り、
スピリチュアルな言葉をノートに書き写した。
けれど、どれを読んでも、胸の痛みは少しも癒えなかった。
「意味を見つけたいのに、見つからない」
──その焦りが、私をますます苦しめた。
そんな夜、私はふと、
亡くなった祖母がよく言っていた言葉を思い出した。
「人の心は、天気みたいなもんだよ。
雨に意味はあるけど、降ったことに意味はないのよ」
その言葉が、静かに胸の奥に広がっていった。
「意味がわからなくてもいいのかもしれない」
「ただ降ったから、傘をさせばいいだけなのかも」
そう思った瞬間、
張り詰めていた心の糸が、ふっと緩んだ気がした。
翌朝。
カーテンの隙間から射す光が、部屋をやわらかく照らしていた。
私は、母にメッセージを送った。
「お味噌汁、やっぱりお母さんの味が一番だったよ」
送信ボタンを押したあと、
何の返事もないままでも、不思議と涙がこぼれた。
それは悲しみの涙ではなく、
“もう答えを求めなくてもいい”と感じたときの涙だった。
人は、傷ついた理由を探すことで、
安心したいと思うのかもしれない。
でも、本当の癒しは、理由の向こう側にある。
私は、湯気の立つカップを両手で包みながら、
静かに呟いた。
「意味のないことなんて、きっとない。
でも、全部に意味をつけなくてもいいんだよね」
カーテンの向こうでは、
昨日までの雨が嘘のように、青い空が広がっていた。
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