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【掌編小説】The Truth of the Moonlit Night

 が綺麗ですね」
彼はそう言ってはにかんだ。

ホテルのナイトプールは煌びやかに装飾され、耳障りな音楽と甲高い声が響いている。鈴音は一人、光の届かない子ども用のプールサイドに座り、水面を足の甲で蹴りながら、傍にある大きなウォーターガンをピュッピュッとプールに向かって打つ。水面に真っ赤なペディキュアが揺らめいている。

「ねぇ君一人? あっちで俺らと遊ぼうよ」

男性二人がねっとりとした視線を鈴音の顔から下方へ這わす。鈴音は無言のまま、先程から女性と密着している亮介の方へ視線を移し様子を伺った。独占欲の強い亮介ならきっと気付く。思った通り、ニヤついた顔を獰猛な蛇の顔に豹変させ、こちらに向かって来た。

「あの人私の彼氏。このホテルのオーナーの息子。アッチ系の人だから人殺しも平気だし、揉み消してくれるお父様もいるの」
ニッコリ笑って伝えると、男達はすごすごと去って行った。

「あいつら何?」
「ドリンクの場所を聞かれただけ。やっと来てくれた♡」

「なんだよ。寂しかったのか?」
鍛え抜かれた前腕がか細い腰をホールドする。

「隙ありっ」

鈴音は隠し持っていたウォーターガンで美しいシックスパックを撃つ。それから、肩にも腿にも体中に撃ち続けた。最初こそ「おぃ♡」なんて言っていた亮介も連打後に顔を撃たれた所で蛇の顔になった。

「いい加減にしろよ!」
怒声が響く。

「ん? ウォッカか?」
ダイヤのピアスが埋め込まれた舌で雫をいやらしく掬い取る。

「亮介の大好きなスピリトゥスだよ♡」

「は? 正気か?」

「これなーんだ?」
亮介はライターを持つ鈴音を見て青ざめた。

「おいだろ?……冗談やめろょ」

「冗談? まさか。今からマサ君の怨念を晴らすんだよ!」

鈴音は持っていたウォーターガンを噴射させながら、ライターの火を点けた。ギャーという声と共に瞬く間に亮介が火達磨になる。


「え? 女優の杏さん?」

大学の図書館で働くマサ君にそう声を掛けられた時、正直「またか」と思った。見た目が派手な鈴音は遊んでいる女性と誤解され、性対象として近寄ってくる男性が絶えなかった。もともと顔が派手で好きな格好をしているだけなのに。

でもマサ君は違った。

「不躾にすみません、あまりに似ていたので。これ、貴女のおとしものじゃないですか?」

鈴音のよく行くカフェのモーニングチケットを恥ずかしそうに渡した。図書カードを財布から出す時に落としたらしい。純朴そうなマサ君のはにかむ笑顔を鈴音は可愛いと感じた。

それから二人の距離が縮まるのに時間は掛からなかった。鈴音は毎日図書館に通い、互いに告白はしなかったものの、よく行くカフェで一緒に食事をする仲になっていた。

なのに悲劇は起こった。
バレンタインに大学で開催された告白コンテストで、亮介が鈴音に告白したのだ。もちろんマサ君も聞いていた。亮介は厄介だった。欲しいと思ったものはどんな手を使っても手に入れる。

「まさか俺を振ったりしないよな? あんなもやし野郎に負ける黒歴史なんかいらねぇんだよ!」

視線の先にはマサ君がいた。明らかに脅しだった。鈴音は恐ろしくてOKするしかなかった。

その夜、いつものカフェで鈴音は泣きながら何度も「ごめんなさい」と繰り返し、マサ君は黙って聞いていた。そして帰り道、マサ君は唐突に言ったんだ。「月が綺麗ですね」って。はにかんだ顔はあの日と同じだった。まさかこれがマサ君と会う最期の日となるなんて。

轢き逃げだった。


「坊っちゃん!」

警護が亮介の救護に駆けつけたと同時に銃声が鳴り、鈴音の胸に熱いものが貫通した。

プールに仰向けに落ちた鈴音は空に浮かぶ月を見ていた。

「マサ君。あの日、月なんか出てなかったよね?」


(1500字)


スピリトゥスアルコール度数96度という、世界最高の純度を誇るとして知られる。その度数ゆえに、成分のほとんどが純粋なエタノールであり、タバコ線香の火程度でも引火する。日本では消防法の第4類危険物に該当し、灯油ガソリンと同等の厳重な管理を必要とする。

Wikipediaより引用

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