昔は、高齢者や長老と呼ばれる人には「経験」があり、それにより様々な助言や示唆を与えてくれる存在として敬われていました。もちろん現在でも高齢者は大切にしないといけなのですが、こと「知識」に於いては、AIの普及で過去の知見の流用が容易になってきていますので、そこまで重要視されなくなってきていることは確かでしょう。
反対に「これは過去の経験からいって無理だ」とか、むしろブレーキをかける老害として敬遠される場面のほうが目立つようになってきています。でも「何でもAIが教えてくれる」ということで「知る」という行為まで止めてしまっては人間としてどうなのかな?という感じがします。
「学校で習ったことなんか忘れてしまって役に立たない」という人もいますが、習った過程(プロセス)が大事なのであり「昔は覚えていた」というかすかな記憶が、実はイザという時に発想をすることもあります。
だから何歳になっても「知りたい」という欲求を無くしてはならないのでしょう。そして理解する過程の試行錯誤こそが役に立ちます。高齢者はその試行錯誤の経験だけはありますので、老害だと言わずに上手に活用した方がいいのです。
