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10月9日の日記 ノイズから北京ビキニまで──『ファンキー中国』を読んで

映画、ドラマの作曲家です。日本アカデミー優秀音楽賞受賞するなどしています。大学教授でもあります。
作曲について、学生の事について思った事を綴っています。

印象深く、いつまでも心に残り続ける中国を舞台にしたエッセイ『送別の餃子』。あの作品を書かれた井口淳子さんと山本佳奈子さんが共同編集した『ファンキー中国』を読んだ。
14人の書き手(うち一人は装幀、装画、挿絵)が、それぞれの中国での体験を綴るエッセイ集。旅ではなく、生活の匂いがする文章ばかりで、読んでいると街の湿度や、道端の湯気までも立ち上ってくるようだった。

なかでも心を掴まれたのは、中国のノイズシーンに言及したエッセイ。
「ノイズシーン」と聞いても、ほとんどの人はピンと来ないと思う。雑踏の騒音のこと? と思われるかもしれないが、ノイズとはれっきとした音楽ジャンルの一つ。ロック、ファンク、ヒップホップ、ノイズ。そんな並びでいい。
日本のノイズシーン(いわゆる“ジャパノイズ”)には世界的に知られたスターたちがいる。Merzbow、MASONNA、非常階段……。

一見すると騒音の洪水にしか聞こえないのに、聴き込むうちにアーティストのこだわり、哲学、呼吸が見えてくる。人によっては悟りに近いものを得るらしい。

僕自身、昔はノイズの近くにいた。
ジャンクやオルタナに分類されるような音を作っていた頃、海外のノイジシャン(ノイズミュージシャン)が来日した際にライブを観に行き、アテンドをしたり、音源を扱ったり、インタビュー記事を書いて音楽誌に持ち込んだりもした。
耳が痛くなるほどの大音量の中に、現代アートに通じる何かがある。そんな音を愛していた。だから中国のノイズに関する一文には思わず身を乗り出した。

他のエッセイも面白い。中国の現代アートシーンやバンド文化、ミュージシャン同士の奇妙で温かい交流。
「北京ビキニ」なる新しい言葉にも出会った。
気になった方は検索してみて欲しい——思ってたんと違う。いや、全然違う。想像してた“ビキニ”とは違う種類の潔さがそこにある。人間の自由への執念すら感じた。
この一冊には、そういう“思ってたんと違う”瞬間がいくつもある。

読み進めながら、自分が中国という国に抱いていたイメージを思い返した。
井口さんの『送別の餃子』を読んでからは、どこか温かい印象を持つようになったけれど、それ以前はどうだっただろう。
行ったこともなく、中国人の友人もいなかった僕は、きっと知らず知らずのうちに、ニュースの断片や誰かの話で作られた“誰かの中国”を信じていたのかもしれない。
エッセイを通して感じたのは、「国家」ではなく「人」の話だということ。そこにいる誰かと誰かが、たまたま中国で出会い、食卓を囲み、失敗したり笑ったりする。そんな小さな日常の積み重ねが“文化”になる。

『ファンキー中国』に登場する人々は、「日本人とは」「中国人とは」といった大きな主語では語られない。
個人対個人の関係の中で、時に温かく、時に鬱陶しく、時に厚かましく、時におおらかに生きている。
そのエネルギーが、まるで北京の夏の空気みたいにむわっとこちらに押し寄せてくる。
人間くさくて、ちょっと笑えて、まるで路地裏の屋台のように雑多で楽しいエッセイばかりだ。

そして最後を飾るのが、井口さんの静かで沁みる文章。
喧騒の後に、個人が故人を思う優しいエッセイが待っていた。
エッセイというのは、派手な主張ではなく、誰かの息づかいをそっと感じ取るためのものなんだとあらためて思う。
タイトル通りかなりファンキーで、とても人間らしい一冊だった。


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