「ワタシを生きる」物語|ワタシログ vol.7 けんちゃん
「本来のワタシを生きる」を実践するコミュニティであり、アトリアという生命体のような場所。

「働く」と「生きる」を分けずに、
自分の世界観を大切にしながら仕事にしていく。
アトリアは、そんな実践をしている人たちが集まる、
生命体のような共創の場。
このnoteでは、アトリアに関わるクルーたちの“変容の記録”を「ワタシログ」として綴っていきます。
第7回は、アトリアクルーであり、「父親向けキャリア支援」に取り組む"けんちゃん”こと、村中 謙太郎のワタシクリエイトストーリー。
村中 謙太郎(むらなか けんたろう)
株式会社YOU ARE HERE 代表
株式会社クイック(東証プライム)で18年間、法人の採用支援、個人の転職支援に従事。執行役員やグループ会社社長として事業を統括した後、2023年に株式会社YOU ARE HEREを設立。
現在は、子育て中の父親向けのキャリア支援事業に取り組む。
国家資格キャリアコンサルタント。
1.アトリアに出会うまで
会社を辞め、自分のビジネスを模索する
2023年、僕は18年間勤めていた会社を退職しました。
法人の設立と同時に、ミドル世代のキャリア支援を事業にしようと構想を練っていました。
長年、転職支援の仕事に携わる中で、30代半ばから40代にかけてのミドル世代のビジネスパーソンが抱える悩みに直面してきたからこそ、同じような立場の人の力になりたいと思ったんです。
ところが、いざプランを言葉にしてみると、
「ミドル世代向けのキャリア支援をやる意味あるのか?」
「結局、何を解決できるの?」など、
なかなか周囲の理解を得られませんでした。
仕事・家庭・健康・老後など、ミドル世代の悩みは、さまざまな要素が絡み合っていて、わかりやすい課題設定や解決策の提示が難しく、行き詰まりを感じていました。
そんな時に出会ったのが、後にアトリアの取締役になる細野さんでした。
2.アトリアとの出会い
自分のビジネスと、自分の内面を見つめる
細野さんもまた、ミドル世代のキャリアに強い問題意識を持っていました。
その思いに共感して、彼の運営する『Fukusen』に参加。
そこで事業プランを練り始めました。

ある時、細野さんから
「アトリアのスクールのプログラムを見てみたら?」と勧められました。
僕の考え方や、目指す方向感にフィットするものがあるのではないかと。
スクールの体験会でさわこさんとお話しし、自分にとって大事なことに触れる感覚がありました。
2024年3月から、アトリアのスクールに参加。
事業プランを揉みながら、自分の内面を深く見つめる日々が始まります。
3.自分を見つめ直す
自分の中の”嘆き”を知る
事業プランを揉む中で、僕自身が20歳という若さで父親になった経験を活かし、“父親”にフォーカスをあてたサービスとして打ち出してはどうか、という方向が見えてきました。
ただ、それをどう表現していくのかについて、明確な答えを見出せていませんでした。
父親の支援をすると言っても、
「自分はちゃんと父親としてやれていたのか?」
「娘に対して、自分は何をしてあげれられたのか?」
そのことが真っ直ぐ自分に突き刺さるわけです。
家庭で、自分は”父親”として存在していたのか、という気持ちすら湧いてきました。
自分の中の”嘆き”を見つめる経験でした。
4.スクールでの気づき
”嘆き”から”願い”に気づく
そんな中、スクールのリトリートで、さわこさんから「娘さんに自分のビジネスのことを話してみては?」と言われました。
正直、恥ずかしさもあり、躊躇しました。
でも、娘の誕生日に行った焼肉屋で、思い切ってノートパソコンを開き、自分の事業の構想を話してみました。
娘は、「え!いいやん!」と、笑って言ってくれました。
とても嬉しかったのを、今でも覚えています。
「ああ、これは自分が本気で取り組むことなのだな」と、腹で感じた瞬間です。
5. アトリアとの関わり
希望が見えてきた今。
スクールを卒業した後、アトリアのイベントに足を運んでいるうち、自然と運営のサポートをしたり、時にはカフェのお手伝いをするようになりました。
やがて「コミュニティマネージャーとして関わってみないか?」と声をかけてもらい、スクールやイベントの運営により関わるようになっていきます。
アトリアの「働く」と「生きる」をわけないという考えには強く共感していたし、僕が事業を通じて実現したい世界と重なるものだと感じていました。
本気で自分を生きようと、さわこさんや細野さんが真正面から体当たりでぶつかっているのを目の当たりにするし、アトリアに関わるメンバーもみんなそう。そんな思いで取り組んでいる人を応援したい気持ち、一緒により良い社会をつくりたいという思いが強くなっていました。
この感覚、世界観を分かち合える人が1人でも多くなれば、世の中が良いものになってく。
子どもや次の世代に良いものを繋いでいける。そう思うようになっていました。

6.再び、組織のことを考える
仲間とつくる世界
僕は、自分のことを、組織づくりをしてきた人間だと思っています。
27歳から45歳までの18年間、僕が心血を注いできたのは組織づくり。
そのリーダーとして、会社を辞めるまで、いい組織をつくろうと願って、多くのことを注いできたつもりです。今でもそこに偽りはありませんが、とは言え組織を離れた身。自分が語る資格はないと感じている部分もありました。
なので、自分の事業は一人で歩んでいくもの、と思っていました。
組織ではなく、ひとりひとりの人生に向き合う仕事を重ねていこう。
そんな思いから、キャリア支援を事業にすることにしたのです。
ところが今、気がつけば、僕は再び組織=コミュニティづくりに関わっている。過去とは違う表現の仕方で。
僕はやっぱり、人と人とが創り上げるものが生み出すものの価値を信じているのだと思います。
ごくごく自然な流れで、ただそれをやりたい、その場にいたい、力になりたい、そう思うようになりました。

7.クルーとして/発信者として
自分が場をつくっていく
アトリアとの関わりと並行して、自分の取り組みを知ってもらう活動として、noteの執筆や、Podcastの配信を始めました。
もともと発信には苦手意識がありましたが、伝えたい思いが高まっていたのです。
そして、そんな発信が動き出したタイミングで、声をかけてもらい、クルーでの活動を行うことを決めました。
自分が大事にしている世界観で人とつながっていくこと、そして大事なことを分かち合うこと、それができる場を開きたい。そんな思いが生まれていました。

8.母の死/これから
命の使い方を考える
そんな中。
2025年4月、母が不慮の事故で亡くなりました。
自分の発信や取り組みが活発になり、コミュニティの活動も加速していたタイミング。
いったん、すべての活動を止めることになりました。
突然のお別れに、物理的にも、精神的にも、普通でいることが難しかったのです。
この時、アトリアの仲間には本当にたくさん助けてもらい、とても感謝しています。
母の死と向き合う時間は今も続いていますが、改めて母の人生と向き合う時間になっています。
母は、世代の人間として、女性として、母親として、葛藤を抱えながらも、精一杯生き抜いてきた人だったことを知りました。
その母の生き様と、アトリアで自分を生きようとする仲間とが重なりました。
やはり、”自分を生きること”は、とても尊いことだと感じたのです。
なので、本気で自分を生きようとする人と、これからの命を使おうと、心に決めました。
そのために、まずは自分の事業に全身全霊で向き合うこと。
届けたい人に、しっかり届けること。
その力の源でありたい。
今は、そう思っています。
けんちゃんの事業の立ち上げストーリーはこちらから▽
アトリアクルー公募がスタート(6/13〆切)
現在アトリアでは、新たな仲間を迎えるためのクルー公募を行っています(〆切:6月13日)。
「本来の自分を生きたい」
「対話の中で、自分の可能性をひらきたい」
「ひとりじゃ辿り着けない場所に行ってみたい」
そんな想いがふと心に浮かんだ方は、どうぞ気軽に、アトリアの世界に触れてみてください。
まずは雰囲気を感じていただけるイベントに、ぜひ一度遊びに来てくださいね。
▶︎ イベント情報はこちら▽
アトリアのクルーたちが自分の変容記録を綴る
ワタシログとは?
魂で語る言葉の裏側はこちらのイベントで要チェック!!
アトリアクルー達のリアルストーリーもYoutubeで公開中
「自己価値をビジネスに転換し、循環を生み出すチャレンジ」について
是非ご覧ください!
