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黒羽遊園地の秘密|第6話|モニター室の脈動

 バイトへ向かうバスの中、スマホゲームに没頭していた海斗が、ふと顔を上げて大翔に声をかけた。
「最近、宇佐美の姿見たか? 遊園地に遊びに行くって言うから、来るときは連絡しろって言ったんだけど、ラインも未読のままでさ。配信も停止してるし」
「夏休みだし、実家に帰ってるんじゃないか? 県外だろ、あいつの実家?」
「帰省か…既読くらいつきそうだけど。まあ、実家でゆっくりしてるんなら別にいいんだけどさ」
海斗はゲームを再開する。大翔はスマホでめるの配信チャンネルを覗いてみた。確かに最後の投稿は、夏休み前だった。
海斗には『帰省』と言ったが、夏休み前に「遊園地に行く」と言っためるの発言は、適当な社交辞令という感じではなかった。それだけに、音信不通の現況には大翔も違和感を感じていた。もちろん本当に帰省している可能性も十分にあるが。
「学校で話した時は、すぐにでも押しかけてきそうな勢いだったのにな」
「そうだな…」
バスの車窓から見えるオレンジ色の夕暮れ空の奥から、夜が顔を覗かせていた。

 遊園地内のモニター室は、無数のインジケーターが放つ淡い光と、古い電子機器が発する独特の熱気に包まれていた。小林俊哉は、愛用の最新デジタルテスターとノートPCを並べ、眉間に深い皺を寄せていた。
工学部情報工学科に籍を置く彼は、モニター室で園内の監視と簡単なメンテナンスを任されている。当初は、昭和の香りが残るレトロなシステムにマニア心が躍った。ほぼ一人で作業できる環境で、彼は色々とシステムをいじって楽しんでいた。
人とコミュニケーションをとる事が苦手で……いや、嫌いな小林は、他人と関わること自体を極端に「コストの無駄」だと感じていた。挨拶一つにしても、相手の顔色を窺い、適切な言葉を選び、愛想笑いを浮かべる。その一連の工程が、彼にとっては非効率で、何よりひどく面倒だった。一人で完結できるアルバイトを探していた彼にとって、黒羽遊園地はまさにうってつけだったのだ。

 この日、小林は暇を持て余して、園内の電力供給系統を何気なくチェックしていた。しかし、モニターに並ぶ数値の羅列を追ううちに、ある不可解な事実に突き当たった。
「……変だな。何度計算しても、入力と出力が一致しない」
変電所から供給されている総電力に対し、実際に各アトラクションや照明で消費されている電力が極端に少ない。いや、限りなくゼロに近い。
(計器が壊れてるんじゃないか?)
しかも、おかしな事は他にもある。
特定の時間帯――特に営業終了後、客が一人もいなくなった時間帯になると、配線網の末端から逆に電力が一か所に「吸い上げられている」ような、物理法則を無視した逆流現象が観測されていた。
それはまるで、園全体が一つの巨大な生命体であり、夜になるとどこかにある「胃袋」へエネルギーを送り込んでいるかのようだった。

 メカマニアとしての純粋な好奇心が、心の奥底で警鐘を鳴らす本能的な恐怖を上回った。小林はテスターを手に取り、壁の裏を這う太い配線を辿り始めた。点検口を潜り、埃の積もった配管スペースを這い進む。配線は管理棟の地下深くへと続き、そこには図面には記載されていない、重厚な鉄扉があった。
扉の脇、長年動かされた形跡のない古びたロックを力任せに動かすと、コンクリートの床に隠しハッチが姿を現した。ハッチの縁には、赤黒い錆のような、あるいは乾いた血のような汚れがこびりついている。
頭の中では絶えず警鐘が鳴り続けている。
(ここはマズい…引き返せ!)
しかし小林は、意識的にその声を無視して、懐中電灯の光を頼りに、恐る恐るハッチを開けて階下へ降りた。
そこに広がる空間は、地上とは完全に切り離された異界だった。
「…なんだ? ここは?」
彼の目に飛び込んできたのは、時代錯誤な光景と、最先端を通り越した未知の技術との混在だった。巨大な真空管が壁一面に、まるで墓標のように並び、鈍い橙色の光を放っている。剥き出しの配線は、もはや金属の線には見えなかった。それは脈打つ血管のように床を這い、粘着質な液体を滴らせながら、部屋の中心へと集まっている。

その中心に鎮座していたのは、巨大な『心臓』だった。

それは機械ではなかった。黒く、透き通った粘着質な液体で満たされた半透明の嚢が、ドクン、ドクンと一定のリズムで脈打っている。それが鼓動するたびに、部屋全体の電圧が跳ね上がり、真空管がジリジリと悲鳴を上げた。
「なんだこれ……バイオテクノロジーか? いや、もっと別の……有機コンピュータの類か? こんな時代遅れの遊園地に?」
小林は震える手でデジタル測定器をその物体に近づけた。その瞬間、機械室全体が、まるで巨大な鐘を叩いたような激しい共鳴を始めた。

『警告:過負荷。システムに未確認の外部デバイスが接続されました。プロトコル:同化を開始します』

どこからともなく、感情を排した無機質な合成音声が響く。壁から伸びた黒いケーブルが、重力に逆らって鎌首をもたげた。
「うわっ!」
逃げようとした小林の足首を、冷たい感触のケーブルが鋭く絡めとる。次いで腕、胴体、そして首。黒い触手は彼の皮膚を突き破らんばかりの勢いで巻き付き、端子のような鋭利な先端が、小林の側頭部――こめかみの辺りに無理やり固定された。
「あ、が……あ、あああああ!」
小林の脳内に、人間の処理能力を遥かに超える膨大な量のデータが直接流れ込んでくる。それは遊園地の開園以来の全記録、客たちの歓喜と嬌声、そして『あっちの世界』と呼ばれる、この世ならざる場所の断片的な記憶だった。彼の瞳から人間らしい光が消え、焦点が定まらなくなる。口からは、もはや言葉ではない、高周波の電子音が漏れ始めた。
彼は園の「脳」として、システムの一部に組み込まれようとしていた。彼の知識、彼の記憶、彼の肉体そのものが、この巨大な「心臓」を動かすための部品へと変換されていく。

 その頃地上では、大翔が大型ポリッシャーでフードコートの床掃除をしていた。夜の静寂が支配する室内にポリッシャーの騒音が響く。
突如として、聞き慣れた早紀の声が、耳ではなく直接脳内に流れ込んだ。
『大翔君、聞こえる!? 力を貸して! モニター室の彼が危ないの!』
「早紀さん!? どこにいるんですか? 姿が見えない……」
大翔は周囲を見回すが、そこには誰もいない。早紀はいつも姿と共に現れた。声だけが聞こえるのは初めてだった。
『今、私はモニター室の地下にいるわ。あなたの仲間が遊園地の動力の一部にされそうになってる。このままじゃ、彼の精神がシステムに食い尽くされてしまう!』
「どうすればいい!? 俺に何ができる?」
『バケツいっぱいに水を汲んで、配管を辿って今すぐモニター室の地下へ来て!』
「わかった! すぐ行く!」
大翔はポリッシャーの電源を切るとフードコートを飛び出し、厨房に駆け込んだ。近くにあったバケツを掴むと蛇口を全開にする。溢れんばかりの水を湛えたバケツを両手で抱え、零れないように注意しながら、夜の園内を早足でモニター室へ向かう。
地下の鉄扉を抜け、隠しハッチを降りると、そこには変わり果てた小林の姿と、巨大で歪な『心臓』があった。
「何だ、これ!?」
驚愕で、思わずバケツを落としてしまいそうになる。
無数のケーブルに吊り下げられ、機械の一部と化した小林。その背後に、青白く透き通るような姿の早紀が、必死に小林の意識を繋ぎ止めようと声をかけていた。
「早紀さん!」
「大翔君!」
振り向いた早紀の顔に一瞬安堵の色が広がったが、すぐに厳しい表情に戻った。
「彼は今、園のネットワークと完全に同期している。物理的な力で引き剥がそうとすれば、彼の神経系が焼き切れるわ。回路をショートさせて、システムを強制終了させるしかないの!」
大翔に緊張が走る。
「まさか…ショートって!?」
「その水を『心臓』の基部に! 躊躇ってる時間はないわ!」
大翔は一瞬、小林自身も感電するのではないかという恐怖に足がすくんだ。しかし、一刻の猶予もないことは一目瞭然だった。彼は早紀への絶対的な信頼を胸に、迷いを振り切って覚悟を決めた。
「小林、すまん! 死ぬなよ!」
大翔は渾身の力を込め、バケツの水を脈打つ『心臓』目掛けてぶちまけた。

刹那、地下室を激しい閃光と、鼓膜を劈くような爆発音が包み込んだ。
バチバチと青白い火花が四散し、壁一面の真空管が次々に割れ、破片が降り注ぐ。小林の体に巻き付いていたケーブルが、断末魔のような音を立て力を失い解ける。大翔は倒れ込む彼の体を受け止めた。
背後で、ショートした機械から黒い煙が上がっている。

「私の声が届いてよかった」
早紀が駆け寄って微笑みかけた瞬間、大翔の胸に熱いものが込み上げた。
強張っていた顔が自然と綻ぶ。
「早く彼を地上へ。ここはもうすぐ、システムの自己修復プログラムが作動して、完全に閉鎖されてしまうわ」
早紀に続いて、大翔も小林を担いで地上へと急いだ。ハッチを抜けた時には、もう早紀の姿はなかった。
(また消えた…。やっと会えたのに…何も話せなかった)
風船が萎むように、幸福感で満たされていた心が萎んでいくのを感じて、大翔は言いようのない喪失感に襲われた。

 就業時間終了間際、モニター室のデスクで突っ伏して寝ていた小林を、森田園長が静かに揺り起こした。
「小林君。いつから寝ていたんですか? サボりは見過ごせませんよ」
「う……あ、すみません。園長……!」
小林は重い頭を振った。さっきまでの記憶が霧に包まれたように曖昧だった。
「なんだか、ゲームの世界に取り込まれたような変な夢を見てたんです。綺麗な女の人が、ずっと俺に何か叫んでて……思い出せないな」
「奇麗な女の人…。夢、ですかねぇ」
森田の声にはどこか棘があった。
彼は小林の足元に視線を落とした。そこには、水に濡れたデジタル測定器があった。
「寝ている間にコーヒーでもこぼしましたか? 測定器が濡れてますよ」
「えっ!? うわ、本当だ!」
「とにかく、今日は見逃しますが、次からは居眠り厳禁です」
「すみません、すみません」
焦って何度も頭を下げる小林を背に、森田は部屋を出た。廊下に出た瞬間、その穏やかな笑みは消えた。
「……我慢も限界だぞ、早紀。私の『部品』に手を出すとは」
森田の呟きは、夜の静寂に吸い込まれ、誰の耳に届くこともなく消えていった。ただ、闇の奥で何かが蠢くような、不穏な余韻だけがそこに残された。

黒羽遊園地の秘密|第7話|無限ループのジェットコースター|sugar

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