『正欲』 朝井 リョウ (著) いつものように、抜群に上手い、しかしゲンナリさせられる。子供六人いる僕はその存在自体がマイノリティを迫害してしまう正しい欲望代表らしいので、真裏側の立場から読んだのでした。
『正欲』 単行本 – 2021/3/26朝井 リョウ (著)
Amazon内容紹介
「第19回 本屋大賞ノミネート!
【第34回柴田錬三郎賞受賞作】
あってはならない感情なんて、この世にない。
それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。
息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づいた女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
しかしその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、
ひどく不都合なものだった――。
「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな」
目を背けたくなる問題作か?
作家生活10周年記念作品。あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇」
ここから僕の感想。
というか、これ、アマゾンレビューの上位で表示される「ごまソフト」さんという人のレビューがうまく問題点を指摘しているなあ、と思います。よかったら読んでみる事おすすめ。
LGBTQからも逸脱する「正しくない(性)欲」を抱えて生きている人たちを主人公にすることで、昨今の多様性受容の浅薄さを浮き彫りにする、ということが、まあなんというか、微妙に芯を食っていないことで、むしろ、その周辺の様々な問題を浮き彫りにしている。そういう意味で、なかなかに面白い小説でした。しかしまあ、この作者の小説は、げんなりさせつつ、すいすい読める。いつものことながら。天性の小説家ではある。とても上手。つまりは人間観察が正確で深いのだけれど、根本的人間を眺める視線がネガティブなんだよな。悪意や無神経さやそういうことにあまりに敏感。だからげんなりしてしまうのである。読んでいて。
私のように、子供が六人もいるというと、「気持ち悪いくらい正常性欲側」と見なされやすい。その存在だけであらゆるマイノリティを圧迫・迫害する象徴、みたいな扱いを受けるのである。気持ち悪いくらい正常ということは、つまり、ほんとは社会的に異常なのである。その程度のことも分からず、半端なマイノリティ意識丸出しで私に反発してくる人たちというのに、「どうもすみません」とへいこらと頭を下げて生きてきたので、この小説は、そういう、「主人公の真裏側の立場」から、よくわかるなあ、と読んでしまいました。みんなが被害者ヅラして、私のことを「強者・マジョリティ代表」みたいに批判非難してくるのだよな。ずっとそうやって生きてきたからね。
マイノリティ問題というのは、どれだけ深刻か、どれだけひどく差別されているか競争、みたいになるところがあって、「より可哀そう=より正しい」みたいな図式になりやすい。その問題に、うまく触れている部分と、うまく触れられていない部分があって、そこがこの小説をどう読むか、登場人物の誰に共感して読むか、誰かを単なる「悪役、分かっていないやつ」として読むか読まないか、そこの揺れと幅が、この小説のいいところだと思う。
もうひとつ、「性欲」ということよりひとつ広い視野で、何を楽しい・快楽と感じるか、ということについての、自分の暗部について、ああ、なるほどなと納得する気づきが、読んでいてあった。が、これは人に言えないことだなあ。言えません。
「倫理的にニュートラルだけどごく少数な欲望」ということについてはよく書かれているのだけれど「悪」については書かれていないのだよな。(「世間のマジョリティ=マイノリティを圧迫する悪」ということは書かれていても。それは悪というより無神経さとして繰り返し書かれる。)
なんか、少数派か多数派か、という問題と、「倫理的な善悪」の問題というのは、重なる部分もあるけれど、重ならない独立軸の問題として存在するのだと思う。そこのところが、不分明になっていることに、気づいて読むか、気づかずに読むかで、この小説の読み方は、まるで変わると思います。(冒頭紹介した「ごまソフト」さんのレビューは、その点について、実にうまく書いていると思います。)
