言葉が届くまで ・・・第1話、人は、言葉を聞く前に、言った人の顔を見ている
正論が通らない理由
同じことを言われても、
素直に聞ける時と、
なぜか反発してしまう時があります。
内容は間違っていない。
むしろ、冷静に考えれば正しい。
それなのに、
「この人に言われると受け入れたくない」
と思ってしまうことがあります。
一方で、
自分が信用している人から同じようなことを言われると、
不思議と話が早い。
「ああ、そうかもしれない」
「少し考えを改めてみよう」
「この人が言うなら、理由があるのだろう」
そんなふうに、心の扉が開くことがあります。
これは、考えが浅いからではありません。
人の中には、言葉を受け取る前に、
もうひとつ別の入口があるのだと思います。
それは、
言った人の顔を見る入口
です。
顔とは、見た目のことではない
ここでいう「顔」とは、
目や鼻や口のことではありません。
その人のこれまでの行動。
普段の態度。
話し方。
約束を守ってきたか。
人を見下していないか。
困った時に逃げなかったか。
こちらの話を聞いてくれたことがあるか。
言葉と行動が合っているか。
そうしたもの全部を含めた、
その人の「顔」です。
人は、言葉だけを聞いているようで、
実はその前に、言った人の顔を見ています。
この人の言葉は、受け取って大丈夫か。
この人は、自分を責めているのか。
この人は、こちらを下に見ているのか。
この人は、今までどんな態度で接してきたのか。
その判断が一瞬で入ります。
だから、同じ言葉でも、
届く時と、届かない時があります。
言葉は誰でも発信できます。
きれいな言葉も、正しい言葉も、
もっともらしい言葉も、世の中にはたくさんあります。
でも、その言葉が本当に届くかどうかは、
その人の顔が、その言葉を支えているかどうかで変わるのだと思います。
正論なのに通らない
現場でも、家庭でも、人間関係でも、
このような場面はよくあります。
たとえば、誰かがこう言います。
「このやり方、変えた方がいいですよ」
内容だけを見れば、正しいかもしれません。
でも、言った人が普段から文句ばかり言う人だったら、
受け取る側はこう思うかもしれません。
また始まった。
自分のやり方を否定された。
どうせ責めたいだけだろう。
こちらの苦労も知らないで。
こうなると、話の中身に入る前に、心が抵抗します。
言葉が悪いのではなく、
言葉が入る道がふさがっているのです。
一方で、信頼している人から同じことを言われると、
反応は変わります。
「たしかに、そうかもしれない」
「この人が言うなら、一度見直してみよう」
「自分では気づいていなかったのかもしれない」
不思議なほど、話が進むことがあります。
内容は同じ。
でも、通る道が違う。
ここに、人間関係の難しさと面白さがあると思います。
人は、二段階で言葉を受け取っている
私はこのことを、
二段構えの受け取り方
として考えています。
一段目は、相手を見る段階です。
この人の話を聞いて大丈夫か。
この人は信用できるか。
この人は自分を責めているのか。
この人に従うと、自分の立場が悪くなるのか。
ここで心が閉じると、
どれだけ正しい言葉でも、なかなか中に入っていきません。
二段目で、ようやく内容を考えます。
つまり、人は最初から内容だけを判断しているわけではありません。
内容の前に、
その言葉を発した人を見ている
のです。
これは、決して悪いことばかりではありません。
人間は、言葉だけで判断すると危ないこともあります。
口では良いことを言っていても、行動が伴わない人もいます。
正しい言葉を使いながら、人を動かそうとすることもあります。
だから人は、言葉の奥にあるものを見るのかもしれません。
この人は、信用できるのか。
この言葉には、裏付けがあるのか。
この人は、自分の言葉に責任を持っているのか。
そこを見ているのだと思います。
上から目線になる理由
人間は、どうしても上から目線になりがちです。
先に生まれた。
先に経験した。
先に失敗した。
先にその道を歩いた。
この「先に」があると、
人はつい言いたくなります。
「それは違う」
「俺の時代はこうだった」
「まだわかっていない」
「こうした方がいい」
言っている側に悪気がないこともあります。
むしろ、相手のためを思って言っている場合もあります。
自分が苦労したから、同じ失敗をしてほしくない。
先に経験したから、早く教えてあげたい。
危ないと思うから止めたい。
その気持ちは、わからなくもありません。
でも、受け取る側は、
その言葉だけを聞いているわけではありません。
言い方。
態度。
表情。
普段の関係。
これまでの積み重ね。
そこに「下に見られている」と感じた瞬間、
言葉は届きにくくなります。
たとえ正しくても、
心が反発するのです。
先に生まれたことを、何に使うのか
先に生まれたこと。
先に経験したこと。
先に失敗したこと。
それは、たしかに大きいことです。
動物の世界では、強いものが上に立つことが多いのかもしれません。
力があるものが群れをまとめる。
強いものが縄張りを守る。
生き残るためには、そういう仕組みも必要なのでしょう。
でも、人間はそれだけではありません。
力が強いから尊敬されるとは限りません。
年上だから必ず尊敬されるわけでもありません。
立場が上だから信頼されるわけでもありません。
人間の場合、最後に見られるのは、
やはりその人の「顔」なのだと思います。
面倒を見てくれた人には、敬意が生まれます。
困った時に助けてくれた人には、感謝が残ります。
口だけでなく、行動で示してくれた人の言葉には、重さがあります。
先に生まれたことを、威張る材料にするのか。
それとも、後から来る人の足元を照らす灯りにするのか。
ここで、言葉の届き方は大きく変わります。
支配の上と、敬意の上
同じ「上」でも、二つあると思います。
ひとつは、支配の上です。
立場、年齢、権限、経験を使って、
相手を押さえる関係です。
「俺の方が知っている」
「言う通りにしろ」
「まだお前にはわからない」
この言い方は、相手を小さくします。
もうひとつは、敬意の上です。
先に歩いた人が、
後から来る人のために道を照らす関係です。
「ここはつまずきやすいよ」
「私もここで失敗した」
「こうすると少し楽になるかもしれない」
「最後は自分で決めればいい」
この言い方は、相手を育てます。
どちらも、先に立っているように見えます。
でも、中身はまったく違います。
支配の上は、人を小さくする。
敬意の上は、人を育てる。
言葉が届くのは、後者の方だと思います。
ことばの交差点で考えたいこと
ことば・思考・音色の商店街の中心には、
ことばの交差点
があります。
ここは、見えないものを、見える形にする場所です。
でも、今回考えているように、
ことばはただ発信すればよいものではありません。
ことばには、裏付けが必要です。
行動。
経験。
信頼。
時間。
態度。
その人の顔。
そうしたものが、ことばを支えます。
だから、ことばの交差点は、ただ言葉を並べる場所ではありません。
自分の言葉が、
自分の行動とつながっているか。
誰かに伝える前に、
その人が受け取れる関係があるか。
正しさを伝える前に、
相手を下に見ていないか。
そうしたことも、一緒に見つめる場所にしたいと思っています。
現場でも同じことが起きている
この話は、心の話だけではありません。
仕事の現場にもつながります。
現場改善では、正しいことを言えばすぐ変わる、
というわけではありません。
手順を変える。
やり方を変える。
チェックシートを作る。
属人化をなくす。
段取りを変える。
物流の流れを整える。
どれも必要なことだとしても、
言い方や関係性を間違えると、
人は抵抗します。
「今までのやり方を否定された」
「自分の経験を軽く見られた」
「また上から言われている」
そう感じた瞬間、改善案は敵になります。
物流改革も同じです。
トラックが来る前に荷物をそろえる。
積場で止まる前に情報を整える。
内段取り的なロスを、外段取りへ移す。
考え方としては正しい。
でも、実際に動かすのは人です。
人が納得しなければ、流れは変わりません。
だから現場でも、正論だけでは足りません。
その言葉を受け取ってもらえる顔。
その改善を一緒にやってみようと思える信頼。
そこが必要になります。
自分が反発している時にも使える
この話は、誰かに伝える時だけの話ではありません。
自分が何かを言われた時にも使えます。
「この人に言われたくない」
そう思った時、そこで終わらせない。
一度、自分に聞いてみる。
私は、内容に反発しているのか。
それとも、言った人に反発しているのか。
この人の言い方が嫌なのか。
それとも、言われた内容が痛いところを突いているのか。
もし、信用している人が同じことを言ったら、
私はどう受け止めるだろうか。
この問いは、自分を責めるためのものではありません。
自分の中で起きている抵抗を、
見える形にするための問いです。
抵抗も、ことばにすれば扱えます。
見えないままだと、ただ腹が立つだけで終わります。
でも、ことばにすれば、そこから考えることができます。
最後に
人は、言葉を聞く前に、言った人の顔を見ている。
このことを知っているだけで、
人との関わり方は少し変わります。
正論が通らない時、
相手がわからず屋なのではなく、
まだ言葉が通る道ができていないのかもしれない。
自分が反発している時、
相手の言葉が間違っているのではなく、
言った人への抵抗が先に立っているのかもしれない。
そう考えるだけで、少しだけ間が生まれます。
その間に、ことばが入ります。
ことばになれば、考えられます。
考えられれば、一歩に変えられます。
ことば・思考・音色の商店街では、
こうした見えない心の動きも、
少しずつことばにしていきたいと思っています。
正しさだけでは、人は動かない。
でも、信頼の道ができた時、
同じ言葉が、急に人を動かすことがある。
それは、心のしくみであり、
思考の旅路であり、
現場を変える知恵でもあります。
この商店街の新しい一歩として、
まずはこの言葉を置いておきます。
人は、言葉を聞く前に、言った人の顔を見ている。
