こどもから見える世界は、びっくりするほど狭いのかもよ
香港にいた時に、国際結婚をしている起業家女性と話をしていて、なるほどなぁと思ったことがあった。
彼女はビジュも麗しく長身で私から見ても「かっちょええええ!!!」と思っていたので、会うたびに色々と質問攻めにしていた。参考になる話題は多々あったのだが、その中で一つ「これはまさに!」と思ったことがあったので、ちょっと書いておくわ。
最初は、子供の進路の話題で、学校側の進路指導の進め方に違和感があるという話から始まった。インター校でのハイスクールの進路指導は、ほぼ100%大学進学(それも米国英国の有名大)をベースにした話しかなくて、彼女自身の育った環境と違いすぎて、正直よくわからないんだよね、という話だったと思う。
そこから、まず彼女自身は大学に行かずに、起業することしか考えてなかったという話になった。
それはいつ頃からそう考えたのかと聞いたところ、
彼女「うちの周囲って、親もそうだけど親戚もみんな、もう全員起業家なのよ。だから誰かが創った会社に入社するという発想が、もうゼロで。起業するのに大学に行く意味もわかんないし、ただただ小さい頃から、大人になったら自分で会社を興さないといけないもんだと思っていたから、『私は何をやればいいのかな?何ができるのかな?』しか考えてなくて。で、自分が好きなことを仕事にするしかないと思って。」
という答えが返ってきたわけよ!!!
マジでそれな!
私自身は、大学にも行って就職したんだけど、学生時代も会社員だった頃も、何度も起業しかけたことがあったし、結果的に、香港と日本でビジネス登録、エストニアと日本で法人つくっちゃった(汗)。
なぜそういう発想になったかというと、実母が個人事業主で仕事しているのを見ていたからなのよねぇ。
「会社に所属せずとも、人並み以上を稼ぐ方法はある。」
のを知っているのと知らないとでは、選択肢の幅は違ってくるわけで。
例えば、こどもから見て父母、祖父母、親戚すべてが会社員、つまりEmployee(従業員、被雇用者)しかいない環境だと、就活でうまくいかない場合に、「終わた…….orz」と思ってしまう可能性は高い。なぜかというと、自分で起業する、個人事業主になる、という発想がそもそもないし(選択肢として見えない)、就活のために勉強をがんばって大学に行ったのに、中小零細企業のオッサンになってもカッコ悪いし、と思ったりしちゃうのだ。
つまり、育ってくる環境において、見たことも聞いたこともないことは、世の中に存在しないも同然なのであーる。
でも、逆の世界もあり得る。
リアルでは絶対に見えない世界が、デジタルの中では頻出するようなことがあるのだ。今まであまり身近でなかった職業も、 SNSでバズったら、その仕事に興味を持つ人も増える。
うちは狭小ミニビルで、定期的にメンテナンスをしないといけないわけなのだが、その業者さんとの話で、社長さんがYouTubeをやっていることを知った。時々バズったりもするらしく、なんと彼に憧れて全国から(求職者からの)応募が定期的に来るらしい。この人材難に、である。
そして、キラキラのべっぴんさんが高級バッグをプレゼントされたり、高級お鮨をSNSにアップしたりするのを見たJKやJCが、夜職に興味を持ち、憧れて、実際にそれを目指したりすることも、あり得る話なのである。
自分の周囲にそういう職業の人はいないけれども、ネットに繋ぐとキラキラ姉さんばかりで、その世界が自分にとってどんどんと身近なものになっていく。
自分も早くマンジャロ打って整形して、あの世界でチヤホヤされたいと思うガールズがいても不思議じゃない。
職業に貴賎はないし、子供には職業を選ぶ自由はある。
親が子供に自分の価値観を押し付けまくっていいものか、という葛藤はあると思うんだけど、言えることはただ一つ。
他人からの評価で生きる世界の厳しさは、努力だけでもなんとかなる世界のそれとは次元が違う
ということは、どこかで伝えた方がいいと思うのよね。
個人的に、努力が報われなかったことなどただの一度もないと言える人生だったのだけど、他人の評価で自分の人生が揺ら揺らする世界なら、「努力なんて報われない」と本気で思っている人もいるかもしれない。
努力が報われるというのは、どんな努力も自分の経験値になるし、思ったとおりの結果にならなかった場合は努力不足だったか、努力の方向性を間違っただけだ、と思っているからである。
とはいえ、子供が心の底からなりたいと思う職業があって、それに向かって必死で努力しているならば、それについて親が何か言えるかというと何も言えないのよ。結果が報われなくても、そこに賭けて、それでも叶わなくて、そこからも人生が続くのだけど、そこを必死でもがいて生きていくしかない。本気で目指しているなら、ね。
でもさ。なんとなくふわっと「キラキラでお金たくさん稼げそうだから夜職いいな」というイメージを持った娘さんがいたら、親としていうべきだとは思う。
他人からの評価で生きる世界はめちゃくちゃしんどくて厳しい。
ということをね。そして、世の中にあるいろんな他の職業を、直接見せることはできずとも、概念としてだけでもチラチラ伝えておくべきだと思うのよ。
子供から見えている世界は、想像よりもずっとずっと狭い。
だから、親が意識的にいろんな世界を見せようとしないかぎり、本当に見えないし、見えていないものは存在しないことになるのだ。仕事がデジタルになれば、PCの前でやっている仕事は、すべて同じように見えているかもしれないし。
教育格差という話がよく出てくるけれど、つまるところそれは「世の中にある多数の選択肢を子供に見せているか」に尽きると思うのよ。経済的に豊かとかそういうことではなく、親との会話の端々に見え隠れする『生き方の選択肢』が広いか狭いか、みたいな話に帰結するのだ。
その中には、あえて見せないようにすることも、できるだけ多く見せようとすることも、どちらにも親のものの考え方が現れる。
うちの場合はどうしていたかというと、個々人の偏愛というのは強烈なものだから、本人が強く求めるものを捻じ曲げることだけはやめようと思っていた。
そして、もし「他人の評価が自分の報酬に直結する職業」を目指すと言い出したら、その厳しさについては伝えようとは思っていた。でも本気でやりたいなら、親が生きているうちに(助けてあげられるうちに)、やってみた方がいいんじゃないか、というスタンスだった。
その結果、「並の人生、何が悪いw」になってるんだけどw
ということで、子供たちに伝えたいことは、これ。
人間の生き方には多くの選択肢があるということ
それを自分で選ぶことにこそ「賢さ」を使うこと
失敗してもやり直せること
他人の評価は経済性に直結することはあっても、幸せにはあんまり関係ないこと
何が役に立つかわからない時代だからこそ、やってみたいと思うことはなんでもやってみること
世の中は「評価経済」「アテンション・エコノミー」の時代と言われているから、焦る気持ちもわからないではない。
だからといって、他人軸で生きることが正当化されるわけではない。
貴重なのは「ユニークネス(独自性・個性)」の方だと、子供に伝えてあげてね!
