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優劣がなんで面白くないか?考えてみる。

まず優劣は何故起こるのか?

それはその物に基準がつけられるからだと僕は思う。
例えば、世界で初めてキュウリが栽培されたとする。そしてそのキュウリを初めて食べた人は、そのみずみずしさに驚いて、キュウリ特有の青臭さもあり、レタスと食べる事で、同時に水分も取れて、こりゃ美味いと評価をする。

そしていつしか、そのキュウリが量産され始める。

うちはもっと味を濃くできるとか、形を一定にできるとか、様々な試行錯誤の末、更に改善されて、美味しくて、見た目が良い野菜が世の中に溢れてくる。

そうなるとどうなるか?

初めて食べたキュウリの味を忘れてしまうんだ。つまり、初めて食べたキュウリの味というのは、今現在出回っているキュウリよりもかなり劣る存在となるというわけだ。

そうなるとものの基準がどんどん高くなる。僕も過去に自営で農業に関わっていたけど、まぁー細かいことこの上ない。

形はこうでなければ、大きさは規定のサイズでなければ、見た目はこうでなければ。そういう基準をクリアして、さぁここから味を見て、農家を見てと商売ってすっごく大変なんだよね…。


ゲームだってそうじゃない?昔は8ビットが基本で、テニスゲームなんて点と板みたいなのが最初だった。そこからファミコンのテニスが超画期的で、スーファミがその上を行って、プレステでもはや実写レベルのリアルさだと評された。そこからプレステ2で人は度肝を抜かれて、プレステ3は異次元になった。

こうやって日々平均のレベルが上がり続けると、リアルであることが普通になって、よりリアルに、より実写に近いものを作らなければならなくなる。

確かにいちプレイヤーの僕からすれば、もっとリアルにして欲しい、もっと没入感が欲しいと思うのは普通だし、そうでなければプレステが進化する必要性が無くなる。
でも最近特にだけど、バカゲーやあからさまに狙ったクソゲーみたいなのが著しく減ったのも、そういった側面が関係していると思うんだよね。もうそういうのが売れないと見切りをつけて、リアルであり、シームレスでありという方向性へ行かざるを得なくなった。


なんでもそうだけど、それが普通になってくれば、全ての基準が上がっていき、人はもっともっと改善せよと声を上げる。

初めて食べたキュウリの味の感動なんていつしか知らない人ばかりになって、味が濃くて形が良いキュウリしか知らなくなる。

便利で、リアルに固められた世界に生きていると、自ずと基準からはみ出てはいけないという危機感を感じる。

持ってないと、出来てないと、良くならないと。そうやって人は人を比べてしまうんだと思う。これがきっと現代を蝕む、心の病につながる原因だと僕は思うんだ。


スーパーの地場野菜コーナーに並ぶ野菜は、規格外の野菜たちが並ぶ。不揃いで、お世辞にも綺麗ではない野菜。でも安くて、味は悪いわけじゃない。料理に使うならば、むしろ地場野菜コーナーで買う方が断然得である。

現に家の母もそういう野菜が大好きなので、アホみたいに詰め込まれた、枝分かれした人参を良く買っていた。
それを嬉しそうに自慢して、ルンルンと料理をしていた。生で食べてみたが、すっごく美味しい野菜であった。

あまりこういう事を突き詰めると農家にぶち怒られそうだが、おかしいと思っていたんだから仕方がないよね。ぶっちゃけ、規格外だろうが、なかろうが、買い手からすればそこまで重要ではないという事。


世界中のアートが、いかに綺麗な一本線を描けるのか?になったとして、その選別に正確な角度を測れる機械が発明されて、ミジンコほど細かいズレまで測られて、見る側からすれば「どれがどう違うんや」ってレベルで選別される。

隣の作品は億を超える額がつくのに、隣は数千円とかねw

どんどんどんどんその基準値が底上げされた結果、カオスな領域に達して、その頃には人々はどうでも良くね?という結論に落ち着いてしまう。

極端だけど、優劣ってそのくらい面白くないものだと僕は思うんだよね。気持ちはすっごく分かるけど、面白みはない。それが答え。


僕は作品というものの基準って、その人個人がつけさえすれば良いと思う。駄作だろうが、僕には傑作に見えるとかね。酷評された作品だけど、毎日眺めていたいものであるとかね。

別にそこにあからさまな値段や評価をつけるな!!と言ってるわけじゃなくて、変に一般的な優劣に引っ張られるものに本当の価値はあるのだろうか?という結論。

買う前の商品レビューも、食べる前に見る食べログも。その評価や優劣に答えはあるのか?と僕は思う。


だから敢えて優劣という評価のフィルターを一旦外してみて、物事を眺めてみれば、意外と気がつかないものって見えてくる。
新たな発見も、意外な所に転がっている。そしてそれを見つける事が出来るのが、人の持つ直感であり、文字や写真での情報だけでは無いんだよね。


そうして導き出せたものこそ、自分が大切に出来るものになっていくのではないか?というのが僕の考え。

その選択のほうがきっと人生は楽しい。だってそこにはオリジナルがあるから。

もしかしたら世の中に必要なものってオリジナル性なのかもしれないなと思ってみたり…。


世の中どんなものにも意味があって、価値があるという事ですね!だからこそ世の中って面白い。最近つくづく感じる事です!


それではまた🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗

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