スピリチュアルや陰謀論で不安を煽られた私に、本が教えてくれた「不安と距離を取る方法」
2025年は、私の読書人生において大きなターニングポイントの年だった。
それは、本が「知識」ではなく、不安から距離を取るための武器であり盾になった一年でもある。
子育てに疲れた心に「スピリチュアル」というロキソニン
去年の今頃、私はスピリチュアルにハマっていた。
当時保育園を辞めた5歳とイヤイヤ期に入った2歳の兄弟を、ワンオペで自宅保育していた。
私の時間のほぼ全てが、子どもたちのケアへあてられていく。
割と仕事に人生を賭けていたことがある私には、家の中で達成感や成長している実感がない日々は、まるで人生の羅針盤を失ったよう。
一体どこへ向かっていけば良いのか分からず、途方に暮れていた。
どんどんと心が参ってしまい、自分の存在が消えてしまいそうな感覚に陥っていた。
体は自由にならないのに、頭の中だけは暇を持て余していた。
また機能不全家族で育った私は、子供と接することで、過去がフラッシュバックしてしまい、苦しさが増す一方だった。
そんな時、エイブラハムの「思考は現実化する」という考え方に出会い、私にとっては、ロキソニンのような存在になった。
「そうなんだ!気分よく過ごしていたら、未来は良くなるんだ!」
心の底から信じられなくても、今、胸の中で重石のようにドシンっと居座る、黒くて大きい何かから逃げたくて、縋り付いたのだ。
子供達は可愛くて仕方がないのに、苦しんでいる自分が情けなくて、人生辛どん底だった。
次第に甘い言葉に違和感を覚え始める
でも、次第に心の中に、ジャリッとする違和感を覚え始める。
どうもスピリチュアル系のインフルエンサーは、恐怖感や不安感を言葉巧みに煽り、高額な商品を買わせようとしてくるように感じたのだ。
思考が現実化するはずなのに、「この商品買わないと次元上昇できない」や「みんなから置いていかれる」という言葉に、心がどんどん圧迫されていく。
「あれ?これってファンを食い物にしてるのでは?」
瞑想等で心を落ち着かせる方法を教え、信頼を得た後に、やたら高額な物販や講座を売り込むビジネス形態に気がつき、心がどんどん冷めていった。
そもそも子育て中に、何十万円もする高額な物販なんて買えるはずがない。
でも今思うと、それが私を救ってくれたのだ。
高額な物販や講座に手を出していたら、その出費額に見合う結果が出るまで、執着してしまったかもしれないからだ。
不信感が募り出した頃、あるキッカケで世の中が大混乱し始めた。
兵庫県知事選だ。
テレビとSNSで180度違う情報が飛び交い、何が本当で何が嘘なのかが分からない、混沌としている世論。
そんな時初めて知った「陰謀論」という言葉に既視感を覚えた。
陰謀論はなんだかスピリチュアルの従兄弟のような存在だ。
陰謀論を語る人たちの口ぶりは、スピリチュアルのそれと怖いくらい似ている。
「自分たちだけが真実を知っている」と、いかにも真実のように語り、人の不安を煽るのがうまいのだ。
私は不安に煽られ、情報に振り回されるのに疲れ果て、陰謀論について本を読むことにした。
そして新書コーナーで、私に大きな転機をくれた本と出会う。
それが、雨宮純さんの「あなたを陰謀論者にする言葉」だ。
2冊の本が私の人生を変えてくれた
雨宮純さんの本を読んで、知っていた気になった世界に裏側を見つけたような衝撃を受けた。
陰謀論の歴史を知ることで不安と距離を置けるように
この本に書かれていたのは、「歴史的文脈で物事を見る」という視点だった。
本は今までたくさん読んできたが、マクロの世界で物事を見るような読書は、したことがなかった。
陰謀論の根源を辿っていくと、驚くことにキリスト教の構造に辿り着く。
そして私が救いを求めていたスピリチュアルの考え方もまた、キリスト教的思考の派生だったのだ。
私は驚愕した。
世の中を混沌の渦に巻き込んでいるものは、決して新しくて特別なものではなかったのだ。
キリスト教を基盤に形を変え、言葉を変え、何百年も前から存在していたのだ。
陰謀論には長い歴史があり、それは何度も繰り返されていることにも、驚いた。
中には、捏造した事が証明されているものまである。
「情弱」という言葉がよぎった。
「これが巷でよく聞く情弱ビジネス」ってやつなのか。
心が参っているときは、普段よりも不安が強くなるせいか、情報の精査が、本当に難しくなる。私は情報弱者だったのだ。
また歴史的文脈という知識を得ることで、なんだか得体の知れない不安から、私は大きく一歩距離を置けるようになった。
陰謀論のような話題が出てきたら、本に書かれていた事例を思い出し、「あの歴史の系譜が姿を変えているのかも」と思えるようにもなった。
そんな時、偶然に三宅香帆さんの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を手に取った。
この本にも明治時代からの労働史と読書史を遡り、歴史の大きな流れから「現代の私たち」を解説されていた。
自己啓発書という「働き手をコントロールする思考」
自己啓発書の歴史は、雨宮純さんの本で知った歴史と共通の流れがあったことに驚いた。
「なぜ働」を読み、明治時代から私たちは働くことについて、自己啓発というシステムに価値観や思考をコントロールされ続けていることがわかった。
子育てで自分の人生の大半を使うようになり、働くことで得られる自己実現の機会を失い、アイデンティティークライシスのようになっていた。
それは、社会で働いて成長し、成功することこそが幸せだという、植え付けられた価値観からくるものだったのだ。
それを知り「子どもを育てることを、自己実現にしたっていいじゃないか」と肩の荷を降ろせたのは、この2冊と出会えたからだ。
不安の正体は「無知」からくるものだった
2冊を読んだことで、ミクロな視点だけの世界から、マクロな「歴史という文脈という大きな視点」を手に入れた瞬間だった。
振り返ると、私が不安になる時は、決まって物事に対して詳しく知らないときなのだ。
夏の参議院議員選挙のときも、陰謀論が話題になり席巻していたが、心をかき乱されず陰謀論から適切に距離を取れるようになった。
陰謀論の他に、データリテラシーやフェイクニュース、偽科学系の新書を読み漁り、話題に上がる内容を、自分なりにすぐ信じずに精査出来るようになったのだ。
知らない分野の背景知識や前後の文脈を知ることが、私に冷静さを授けてくれた。
子育てをしていると、子どもが関係してくることは特に不安になりやすいし、その不安を煽られることも、残念ながらある。
だから、私は不安に飲み込まれないためにも、様々なジャンルの本をこれからも読んでいこうと思った。
このように2025年は、とても大事な視点に気づくことのできた、転機の一年だった。
2025年締めくくりの挨拶
そして、今年から読書の記録として始めたnoteを読んでくださり、ありがとうございました!
また、フォローしてくださったあなたにも、大きな感謝を伝えたいです。
2026年も本の内容を伝えていけたらと思っています。
来年もぜひ私のnoteを読みにきていただけたら嬉しいです。
また来年お会いしましょう!良いお年を!
