逃亡と花

華道を2年くらい習ったことがある。

巨大な竹を使ったり、岩にペンキを投げつけた様な作品をみて、「前衛的だ!」と思った私は、職場で17時から開かれていた草月流という華道教室に参加することにした。同期も沢山参加していたのも理由だ。

参加する人には、全員同じ花材(その日生ける練習用の花や枝)がワンセット毎に用意されていて、教室に入ると自分で花瓶を選んできて始める。私の場合は、初めてだったので基礎的な教科書を見ながら、説明を自分で読んでよく似た感じに仕上げる。

だが、「よく似た感じ」にはなっても、なんだか変だ。でも、そのまま先生に「出来ました。お願いします」と申し出て、ちらっと見た先生がシャッシャッと直して、あら不思議。写真と同じような仕上がりになる。さすが、この道何十年の先生だ。

先生は特に「この枝が長い」とか「花の向きがこうだ」とかは一切言わない。シャッシャッっと直してしまうから、自分で自分の生け方はどうだったかを頭の中で比較するしかない。

でも。

時々、先生がシャッシャッっと直して「はい、これで」っと言われた後でも、不遜にも(そうかぁ?)と思うこともあった。自分的には(今日はいい感じじゃ?!)と思っているから、納得がいかない。理屈っぽい私は、「なんでなのか」が必要なのだ。

とか言いながら、この華道は2年くらいしかやっていない。

それは、「逃亡」だからだ。

その頃仕事が多忙を極めていた。毎日、毎日残業続きで10時過ぎに職場を出る。朝、7時に電車に乗る、の繰り返し。気がふれそうだった。

そんな折、同期の女性が花を抱えて帰る所に遭遇した。聞いてみると17時から職場のビル地下2階で華道教室をやっているとのこと。(これだ!)

少なくともこれをやっている間は仕事を忘れられる。すがるような気持ちで入会した。

花は好きだし、終わった後にその花を持って帰れば部屋も素敵な感じになるぞ!とワクワクしたが、2年くらいで辞めることになる。

当然と言えば、当然だ。その時間は残業からの「逃亡」だからだ。

私が華道教室に「逃亡」している間、私の仕事はそこに、そのままの状態で放置されているだけ。帰宅時間は更に遅くなった。

20210223 体験レッスン note

そうだ、フラワーアレンジメントを習ってみよう。

花が好きだし、不完全燃焼感しか残らなかった華道の反省を生かしたかった。何十年かぶりに、生け方を最初から習うことにした。

そう決めると、私は思い立ったが吉日なのだ。市内のフラワーアレンジメント教室を調べ、電話を掛けた。

私好みの完全予約制、と聞くとプライベートなハイクラスの方向けと思われそうだが、そうじゃない。花屋さんと私のスケジュールが一致すれば、いつでも、何回でもマンツーマンで教えてくれる、という花屋さんだったのだ。

2月23日、待ちに待った体験レッスンの日。初めての方、ということで用意された花材を先生(20代?と思しき笑顔の素敵なきびきびとした方)の見本と見比べながら、オアシスと言われるスポンジに刺していく。

なんか違う。

おかしいなぁ。同じ花材、同じ位置に似たように刺しているのに、先生の見本と違って私の方には一体感がない。

「なんかおかしくないですか?」先生に訴えると、「少し、ガーベラの高さが高いですね」とか、「バラの花の向きがこちらにして、向かい合うように」と刺し直してくれる。あぁ、本当だぁ~。素晴らしい。ちょっとしたことなのだ。

日々の生活からの「逃亡」ではなく、生活を「楽しむ」一つとして花を生かし、潤いのある生活になれば、あの頃生けられることもなく、ただ花瓶に放置された花々も、うかばれるだろうか。

先生!今日になったらあのバラ、我が道を行くって天に向かって顔を上げちゃったんですけど。

いいなと思ったら応援しよう!

Tomo 一人の時間にぼんやり考えたことや、クスっと思い出し笑いしたこと、こそっと誰かに話したい事をここで紹介しています。いつか「読むクスリ」みたいな本になったらなぁと野望を抱いております。その時のために、それはそれは有難くお受けすることにしたいと思います!どうも有難う!