見出し画像

ジャン=ミッシェル・フォロン展で、都会の息苦しさから「自分を許す」ことを見つけた話

先日、ふらりと立ち寄った美術館で、私は、自分のための「許し」を見つけるという、思いがけない体験をした。
訪れたのは、あべのハルカス美術館で開催されている「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」展。柔らかな色彩のポスターに惹かれ、詩的でファンタジックな世界に癒されよう、くらいの軽い気持ちだった。

しかし、彼の作品との対話は、私の心の奥深くまで届く、静かで、しかし確かな揺さぶりを伴うものだった。

矢印の迷宮に、自分の姿を見る

展示を進むと、無数の矢印が飛び交う作品が目に飛び込んできた。どの絵にも、同じような帽子とコートを着た、顔のない人物が描かれている。

その瞬間、強く胸を打たれた。「これは、私の日常だ」と。

駅のホーム、道路、インターネット…。私たちは常に社会の「矢印」によって導かれ、急かされている。どこへ向かうべきか、何が正しいのか。無数の矢印は、いつしか選択の自由を奪い、私たちを巨大な迷宮へと誘い込む。フォロンの描く風景は空想のはずなのに、そこには現代の都市で生きる誰もが感じるであろう「息苦しさ」と「声にならない叫び」が、痛いほどリアルに描かれていた。

「この苦しさを感じていたのは、自分だけじゃなかったんだ」
彼の絵と静かに対峙するうち、まるで魂がそっと寄り添い、孤独を分かち合ってくれたような感覚になった。

「あなたには権利がある」という目覚め

都会の重さに沈んだ心に、次なる光を投げかけたのは、世界人権宣言のために描かれた挿絵だった。手錠から鳥が自由に飛び立つ絵。壁に描かれた扉から外へ抜け出す人。

正直に言うと、私はこれまで「人権」というものを、自分にそこまで保障されたものだとは思わずに生きてきた。
社会のルールや他人の目という「矢印」に従うことに慣れすぎて、自分が本来持っているはずの権利や自由について、深く考えることさえ忘れていた。

しかし、フォロンの絵は、その一つひとつを思い出させてくれたのだ。
「あなたはもっと自由でいい。あなたにはもっと多くのことが許されている」
そう力強く語りかけられた気がした。矢印の迷宮の中でもがいていた私に、「あなたには、そこから抜け出す権利がある」と教えてくれたのだ。自分を縛りつけていた窮屈なロープは、案外自分自身だったのかもしれないと、ハッとさせられた。

そして、太陽がすべてを新しくする

「自分には権利がある」と気づいた心に、フォロンの太陽は、最後の一押しとなる、決定的な救いを与えてくれた。

彼の描く太陽は、まるで巨大な「目」のように、こちらをじっと見つめている。解説によれば、フォロンはある日、太陽が巨大な監視の目のように見えたという。しかし、その時の私には、それは監視ではなく、もっと優しい眼差しに感じられた。

「もしかして、太陽は毎日昇るたびに、新しい世界を創造しているのではないだろうか。そして、その始まりをただ静かに観察しているのではないか」

そう思い至った時、全身の力がふっと抜けていくのを感じた。昨日までの悩みや息苦しさが、地続きで今日も続いているわけじゃない。朝日が昇るたび、世界も私もリセットされる。新しい一日が、ちゃんと始まるんだ。

「自由になる権利がある」と知った上で、さらに「毎日が新しい始まりなのだ」と感じられたこと。それは、未来への大きな希望そのものだった。

フォロン展は、単なる美術鑑賞ではなかった。 都会の息苦しさに共感し、自分に眠る権利に目覚め、そして、日々の再生による救いを見つける。 それは、一人の芸術家の目を通して、自分自身の心と深く対話する、かけがえのない時間だった。

もし、日々に少し疲れてしまった人がいたら、フォロンの「空想旅行」に出かけてみてほしい。きっとそこには、あなたのための静かな気づきと、明日へ踏み出すための確かな光が待っているはずだから。


いいなと思ったら応援しよう!