こがわゆうじろうインタビュー「人生全部、ファッキン・マイ・ライフ」
こがわゆうじろう
東京都練馬区生まれ、埼玉県在住。『タロー・ジ・エンド』で第42回太宰治賞受賞。四十二歳。 十代の頃から読書とヘヴィメタルが好き。 同人誌「昔のゲーセン」やってます。
この作品は発明かもしれません。
従来の拳闘文学には常に欲望が存在しました。勝ちたい欲やその先の何かを求める欲。勝敗を決する以上それは当然で、目的もなく人は人を殴りません。
(受賞作『タロー・ジ・エンド』はこの作品集に収録されています)
高森朝雄とちばてつやは真っ白に燃え尽きることを、森川ジョージは「強い」って何か、の答えを、シルヴェスター・スタローンはエイドリアンの名前を叫ぶ衝動を、町屋良平は女子会員が着るパーカーのフードにこっそり電話番号を入れたいという気持ちを。
すばらしい拳闘文学作品を生み出してきた偉大な先人たちの描く登場人物には、常に明確な欲がありました。
ですが『タロー・ジ・エンド』のタローにはそれがありません。「負けたくない」から反則はしても勝利の先に求めるものはなく、あるのはBiSHという女性グループの楽曲や映像を摂取したいという欲だけです。
この作品は欲を無化した練習やバイト生活を、削ぎ落とされた言葉で描いています。読んでいて「欲のなさ」が、目的なく生きる人々に深く届く気がしてくるのです。
この不思議な物語を生んだ作者の背景を知りたくて、お話を聞いてみました。

はじめて読んだ本
――えー、12歳くらいで、本を読みはじめられたということですけど、えーと、どのあたりから……、で、なんでまた本なんか読もうかと?
ああ、それはね、学校行かなくなったからですね。
――あ、そうなんですか。
そうです、そうです、はい。
――けっこう行ってない感じですか?
いや、もう、たぶんね、中学校上がって……、30……、30回行ってないですね。いや、もう最初の……、ゴールデンウィークまでに25、6回行って、そのまま、ゴールデン……、ゴールデンウィークが明けてからずっと行か……、
――あ、もうずっとあとの2年間は……、あの、自宅で?
あ、そうです、そうです。ずっと自宅ですね。で、その、あの、両親がめっちゃ本を読む人だったんで。本棚がとにかくめちゃくちゃいっぱいあって。その中から適当にいろいろ読む。
あ、最初はあれじゃないですかね、宮部みゆきさんとか……、あの、先日亡くなった東野圭吾さん……、このおふたりが最初でしたかね。
お二人を最初に読んで……、あとはいわゆるスポーツノンフィクションですね。野球も好きだったんで。えっと、直木賞作家の海老沢泰久さん。
――ああー! F、F2グランプリの人、で、間違ってないですか?
そうです、そうです! そうです、その人と……、あとは山際淳司さんですね。山際淳司さんはね、なんか小学生の頃に、なんかニュースかなんかで見て覚えてて。そう、それで「あ、家の本棚にあるじゃん」と思って読んだ。
海老沢さんもそうですね。あの、父親がF1も野球も好きだったんで、海老沢さんの本がいっぱいあって。
――あ、なんかシンプルでいい……、シンプルでっていうか。まっとうで。
普通の入り方ですよ(笑)。
――あ、この、じゃあ……、結構読みました? 学校行かずに本は。
いやあ、ひたすら読みましたね。だから、い……、家がもう本当に、たぶん、そう、5,000冊以上はあったんで。
――すげー! 家に5,000冊!
そう、で、しかも、両親、全く、あの……、読書にポリシーがなかったんで、あの、もうベストセラーから、なんかわけわかんないのまで、いっぱいあったんで(笑)。
で、やっぱりその、15歳ぐらいまで本当に完全な引きこもりだったんで、あの……、もう家の中のあの……、本ばっかり読んでた。
――家にない本で、なんか自分、自分で選んで……まあ、初めて買った本って何ですか?
自分、自分で初めて選んだのが多分吉本ばななさんじゃないですかね。えっとね、たぶんね……、『アムリタ』を最初に読んで。それはね、世間でめちゃくちゃ流行ってたから、あの、コンビニに売ってたんですよ。吉本ばななさんの本が。
――えーと……、そうですよね。だって、あの……、89年ぐらいって、年間ベストセラー10位までの5冊ぐらいが吉本ばななさんだったでしょ。
そうそうそう。それから、それから7、8年ずっと吉本ばななブーム続いてたんで。そうです、そうです。あの、ひと昔前の……、そうですね。だから、なんで読みはじめたかって言うと、あの……、映画も好きだったんで、あの……、森田芳光監督の映画をいろいろ、借りてきて。その中に『キッチン』が確か……、
もし、もし違ってたらごめんなさい。たぶん『キッチン』とかね、森田芳光さんの映画であって。で、それから、それから森田映画を追いかけながら、えっと、森田さんが撮った映画の原作を追って。
――ああああー! だから漱石に行くんですね、そこからのそれから!
そうです! そうです!
――森田……、森田芳光ベストは何でしょうか? こがわさん的に。
あー! 難しいなあ……、えっと……、いやあ、でもやっぱ『の・ようなもの』じゃないですかね。まあ、いわゆるデビュー作。まあ、でも、あと『家族ゲーム』。
まあ、そ……3本あげるならそれと、『家族ゲーム』と……、えー……、『39 刑法第三十九条』っていうのも撮っていて、それの……、『39 刑法第三十九条』……。あの、鈴木京香さんが、あの……、主演で。そう精神鑑定医ですね。
あの、司法精神鑑定医の……、あの、心神喪失者を罰せずという法律の、うん……、なんだろう。論争テーマにした映画で。そうですね、それを観ました。
鈴木京香さん。京香さんが、そう、精神鑑定医で、鑑定される側が堤真一さんで……、っていう映画なんですけど。なんか森田さんの90年代から急に、あの……、犯罪関係の映画をやたらと撮りはじめて。そう、なんかその中では一番面白かったですね、あの。
――それはもうリアルタイムで観てた感じですか?
ちょ、ちょっと後じゃないですかね。3、4年後ぐらい、1999年……、1998年ぐらいの頃に、90年代半ばぐらいのを観てた感じじゃないですかね。
一番影響受けたのは姫野カオルコ
――やっぱり、あー、うん。そのほかには特に……。
いや、やっぱり姫野カオルコさんですね。カオルコさん、もう僕、これ、映画よりも一番影響受けたんじゃないかなと思って(笑)。
――え、でも小説よりもエッセイだとおっしゃってて……(笑)。あの……。
そう、エッセイが……、だいぶね、あの……、そうですね、それ、姫野カオルコは小説はもちろん影響受けてるんですけど、やっぱりエッセイですね。
――もう姫野カオルコさんも、けっこう……、中学校ぐらいからな感じですか? 12歳ぐらいから。
いや、17、8じゃないですかね。今あげたのはみんな10代中盤くらいまでですね、18くらい。そこからは……、えっとね、やっぱりヘミングウェイと志賀直哉がすごい影響を与えましたね。
20代以降は……、20代以降はね、もう本当に、あの、ポリシー持ってなくてはい(笑)。何でも読みましたね。何でも読んだんだけど、でもまあその、20代の作家ってことになると……、トーマス・マンと大江健三郎じゃないですかね。ここらはデカいですね、はい。
――大江は……、何が一番いいですか?
うわあ、大江なんだろうなー。いや……、いや、短編集の『空の怪物アグイー』……。
それと、あとアレですね。初めて読んだのが、あの短編集の『孤独な青年の休暇』っていうヤツだったんで。大江自身は全然それキャリア上大切にしていない作品……。僕は結構好きで、かなり好きで、あの……、今でも読みますね。
――はい(笑)。
そうですね。だから、あの……、もちろん大江さん、すごい誠実な方だと思うんですけど、けっこうその、あの……、周りの評判とかいろいろバランス重視する方だったんで。
――たぶんあれなんですよね。あ、一時期あの、出すたび毎回10万部ぐらい必ず売れてた時に……、サービス精神出して書いたやつを、なんか……、あの……、なんだったっけ? 「フタをしよう」みたいな感じかなと思うんですけど。
ああー、なるほど。なるほど、なるほど。
ヘミングウェイ文体の影響
――ヘミングウェイは……、
好きなのは、もう、最初、最初に読んだのは『老人と海』ですね、やっぱり。あと短編ですね。短編集が割とお気に入りっていう感じですかね。『殺し屋』とか。
――あー、そうっすね。長いのはあんまり?
いや、長いのも一応読みましたけど、あれはもう本当によっぼど、あの、ヘミングウェイの文体に惚れ込んでないと読めないと思うので、本当にヘミングウェイの文体から研究しようと思ってから、ようやく読んだ感じですね。
あの、僕はあの、もう、S・V・O・Cで、あの、短くコンパクトにっていうのはものすごいヘミングウェイの影響です。
――『タロー・ジ・エンド』は文章ハードボイルドでしたね、そう言えば。ヘミングウェイ的で。
そうです。あの、文体はいわゆるその、飾らない方で、あの、やろうと思ったんで。か、えっ、そっか。そう、だから、そう。大江とトーマス・マンの場合はテーマが好きだったので、あの文体の影響はないですね。
だから僕の場合あれです、あの、小説は、あの、文体を読む時と、テーマを読む時があるんで、文体の影響はもう完全にヘミングウェイとか志賀とかあとは海老沢泰久も和製ヘミングウェイと言われてたくらいなんで、もう完全にその感じなんですけど、あの、テーマは姫野カオルコとか大江健三郎とかトーマス・マンとかそっちからっていう感じですね、うん。そうですね。
――トーマス・マンは何が、作品としては、やっぱ短いやつですか?
『トニオ・クレーゲル』ですね。『トニオ・クレーゲル』 。 20代から、まあ、海外が多くなるんですかね。まあ大江もそうですけど。いや、そ、そうでもないですね。あの、まあ、何でもって感じですね。本当にもう、でもあんまり作家読みをしないので。
そうですね、あの、作家読みしたのは、もう本当に姫野カオルコと大江健三郎と海老沢泰久、この3人だけです。あ、あと川端康成、この、この4人だけです。うん。あとはもう、有名作家の話題作と言われるのばっかりいってます。
――川端康成はどこが好きですか?
うーん、なんか、え、あの人意外となんか冷淡な目があるというか、あの あんまりこう、感情豊かに何かと思い入れを持って何かを見るっていうのは、あんまりない気がしていて。
なんか、冷淡な感じが好きですね。あの吉村昭もそうですね。あ、ごめんなさい。吉村昭の名前忘れてました。吉村昭もずっと読んでました。僕のビッグ5で。
――ええ。で、吉村昭なんですけど……、どの作品が好きですか。
あ! えっと……、『破獄』と『漂流』ですね。あの……、網走監獄の……。脱獄を……脱獄の天才のやつで。
『漂流』は、あれですね、あの……、まあ、遭難した、あの……、遭難した男がどうやって生き延びたかっていう話ですね。
こがわゆうじろうの神セブン
――吉村、ヘミングウェイ、海老沢、姫野、大江、川端。6人になりました。
あ、大江、トーマス・マン、6人、あれ?
――じゃあ、7です、7。これで7になった。誰か抜きます?
じゃあ え、いや、抜かなくてもいいです(笑)。 これで。増えちゃった(笑)。
――じゃあもう、こんなんで、はい。これで神セブンで。
よし、あ、じゃあこの神セブンで(笑) 。
今ほどAmazonとか無かったんで、あの古本屋とかで見つけてはちょっとずつラインナップを増やしていく、みたいな感じでしたね。で、まして僕、Amazonデビュー遅いんで。あのそう。だから古本屋巡りばかりです。
――この「神セブン」のほかには?
まあ、神セブン、神セブンはもう半分、神セブンで生き残ってるの、姫野さんだけなんですけど。あの……ほかに、あの、気になっている人とか、読んでいる人……、な、長嶋有さんと……、
――あ! ブルボンさん!
(長嶋有さんとブルボン小林さんは同一人物です)
なか……うん、あ、そうです、ブルボン小林さんと、中、な、あと中村文則さん。と、あ、あとは、まあ平野啓一郎さん。
うーん、あとは誰だろうな……誰だっけ? 今、ちょっと、本棚をちょっと、ざっと見てみます。
ええ……いや、ほんと、存命作家、そうだな、誰だろうな……あんまり、ちょっとね、ぱっとは、うん。
――おー、でも、あれですね。あの、公募勢が影響を受けていてそうな最近の人が出てきて、ちょっと意外な感じがあります。
うーん、でも、もう、おふたりとも20年くらい前ですからね。本当に、ここ最近のっていう人は、あんまり読んでないですね。あの、今活躍してる人見ると、けっこう腹立つほうなんで、あの……。
――え、な、何が腹立つんですか?
自分より活躍しやがって、とか、自分より面白がられやがって、と思ってムカついて、ムカついて見れないんで、はい、あんまり(笑)。

文学フリマ出身
――あ、そうだ。文学フリマ参加はいつ頃から……?
え、あれはね、2018年からですね。2018年の11月からですね。
――お、よく覚えてますね……。
そっからはもう、チケットに外れたのが1回と……、えっと、インフルエンザで当日行けなかったのが1回、以外は全部参加してます。
――あー、なるほど。2回以外、全部。はい。
コロナで1回中止になってるのは、まあ別、僕だけじゃなくみんながやってないから、ちょっとおまけとして……。
――え、やっぱり、あの、えーっと……、売上で元取れるぐらいは、っていうのは、やっぱ難しいですか? 現在の文フリでも。
無理ですね、それは絶対無理。それは、あの、無理です、はい。赤字ですし、大体みんな、たぶん、トントン。
――あー。あの、公募勢以外だったらいるかもしれないですけどね。よくわかんないですけど。
あー、そうですね。あ、でも、プロの書き手だとしても、この間、ちょっとある方にお話を伺ったら、やっぱトントンぐらいですね。
――昔からそうですよね。
うん。相当、本当に値段もつり上げてだったら、まだわかんないですけど。良心的な値段でやる限りは、やっぱりギリギリトントンぐらいですね。
――うん、うん。やっぱり得るもの大きいですか、現在の文フリは? 参加することによって。横のつながりとか。
あー、大きいですよ。うん、あの、はい。大きいですね。えっと……まあ、主に刺激ですね。
――刺激、はい。
あの、あの……、要は「自分以外にも書いてる人、こんなにいるんだ」っていうのを見て……、もちろん、その、買う方ももちろん面白いんですけど、あの……、それ以上にいろんな人がいるっていう、いろんな人が書いてるっていうのを半年に1回見るっていう、それが一番大きいです。
――あー、そっか。それを半年に1回見る。
あとは、その……、ずっと何か作り続けるテンションを切らさないっていうのも大事なんで。そういう意味でも、半年に1回、必ず出すっていうのは、そういう意味でも重要です。
――あれは、あの……、何だっけ? 組版とか、デザインは、誰かに頼んでやってるんですか? 文フリ……。あ、すいません、こがわさんの本、現物を見たことがないんですけど、作品のあの、体裁とかを。
はい。まあ、そう……、あの、その都度、あの、組んで面白そうな人だったら、まあ誰でも。そうですね、文フリで出会うとか、SNSで声かける、とか。
そう……、あとはもう、どうしてもそういう人が見つからないときは、あの、印刷会社が持ってるテンプレートの様式でやるっていうのは……、あります。
でもね、テンプレートの用紙も高いんで、あの……(笑)。テンプレの用紙、まあまあ高いんですよ、あれ。
――あ! あー、なるほど。テンプレートを使うと、そのテンプレートで印刷する用紙代が高いと……。
そうです。だから、それ、それくらいだったら、けっこうその……ちょっと申し訳ないですけど、安くやってくれる友達を見つけるほうが……、全然、全然安くあがるんで、あの……。
――そうですよね。今後も、やっぱり文フリは出ていく感じですかね?
出ます、出ます。あの、一応やっぱり「文フリ出身作家」を名乗るからには、あの……、ちょっと自分事ですけど、今のところ、がっつりちゃんと二足のわらじでやってる人、いないと思うんで。
やっぱり、プロとして仕事が来て忙しくなって、段々出なくなるとか、あの、出るにしてもちょっと記念、記念に出るとか、ちょっと……、そういう出方になる、なる人がほとんどなんで、そうじゃなくて。
がっつり、どっちも本気っていう、で、あの……、そう、文フリのやっぱりコンセプトも自分で立ててやるっていうのが面白いんで。そこは続けたいですね。
うん。で、その、こう……、人に寄稿のお願いをするのも、なんかちょっと「七人の侍」みたいで面白いじゃないですか(笑)。そう、人をこう、同志を探していくのも面白いんで。
――「仲間にならないか」と。
そう。だから、ちょっと、志村喬になったような気持ちで、あの、人を探していくっていうのが面白いんじゃないかと。
――文フリで……、たとえば「この人売れてんな」とかいう、もう明らかにわかるような人っていうのは、具体的にどういう方なんでしょう。
あ、それこそ、太宰治賞の先輩で、あの、水飼心さんってわかります? Xは「あくたん」って名前の。
――ああ、汀心出版ってのをやってらっしゃる……。
その人は売れているように見えます。ま、実際面白いですからね、彼が出す本は。
(その他には真琴さんにも注目されているそうです)
(こがわゆうじろうさんは次回大阪の文学フリマにも参加されます。ブースはそ‐84です)
20歳頃からはじめた仕事
――で、あの……、で、あの、やっぱ書きはじめたのは30代ですか? それともずっと書いて……。
まあ、初めて書いたのは20歳で、あの、投稿したのも20歳、20歳の時ですけど、もうそこからはあの、書いたり書かなかったりっていう、あの、ブランク……。もう、そこからも仕事はじめちゃったんで、あの、全然書けないまま過ぎちゃって。
――これ、あの、お聞きしたいんですけど、高校は行かれて?
いや、行って、行ってないです。中卒です。行ってないです。
――それで、20歳頃から仕事をはじめたんですか。
そうです。はい。で20歳でバ、バイトで入った会社、あの23ぐらいの時に正社員になるチャンスがあったんで、えーと学歴の無い僕が正社員になれるとしたらもうここしかないと思って。
で、えーそれで、あの、そこがもう入社試験さえパスすれば学歴不問だったんで、そういうペーパーテストは若干得意な方だったので。
――そうですね、勉強できそうですもんね。
いやいや、そんな事はないですけど(笑)。あの、でもまあ、それでパスして、えーとまあ、あのそこで働き、えーと、32くらいまで、はい、働いてました。10年くらい。
――おー! おー! 10年くらい。
そうです。あの、そっち、そう。あのもうちょっと母親が病気だったので、ちょっと働かなきゃどうしてもいけなかったっていう、ただそれだけの話なんで、母親が健康だったらずっとフラフラしてたと思います(笑)。
――でも、あれですよね。会社員生活って楽しいじゃないですか、それなりに。
まあ、そうですね。あの、だから頑張ってそれだけの成果が出るっていうのは、やっぱハマった部分もありますし。うん、そ、そんなに社畜として苦しかったっていうよりは、はい。
あの、けっこうその仕事のやり方とか、業界のこととか調べながら、成果を出すっていうのは…面白かったですね。ま、確かに疲れ、あの、介護をしながらの仕事だったので、疲れはしましたけど(笑) 。でも、まあ楽しかったです。
――大変ですね。あれは。なかなか働いてると、書くほうには……、維持するのが大変ですよね、生活を。
うん。だからもう当然、あの、んー、小説なんか書く暇、まあ、あの、頑張れば書けたのかもしれないですけど、そこまで無理して書こうと思ってなかったので、まあ、あの、もう創作はもう読む、読むだけ聞くだけになりましたね、ずっと。
――電車通勤でした? あ、電車ですよね。普通。西武線?
あー、いやー、だ、そうですね。うん。西武線。ただまあちょっとまあ、他の、池袋からちょっと行ったところっていうね、感じですかね。乗り換えは1回で済んでたんで……、うん。
なんですけど、もう、もうそれはね、もう30……、32で仕事辞めてから二度と、満員電車通勤は二度としないと思ってます(笑)
――あーー! あ、もう今は電車通勤してない……。
今は、うん、通勤しないですし、もう、あの、歩き。歩きか自転車です。
――あー! いいですね。15年くらい前ずっと東京都内自転車で移動してましたけど。身体に良いですよね。
本当に電車通勤、満員電車通勤してるっていうだけで、その人はもう年収600万くらいもらってもいいんじゃないですか?(笑) そういう人は。
――で、30、あ、そっか。32歳までそこ。そうですね。仕事しながら、あと何回か仕事、変わられて。今のちょっと、あの、お休みされてる、お仕事に至ると。
そうですね、あの、32からそうですね、10年くらいはもう、フラフラ、フラフラ。母親の介護終わったからもう、何してもいいや、つって(笑)。
フラフラ、フラフラしながらいろんな仕事を転々として。あー、派遣もやりましたし。うんあのいわゆる個人でやってる古物商の手伝いとか、あの、運送会社の仕分けと配達の助手とか。コールセンターで案内するとか(笑)。
あとは、そうですね、あの最近もう東京の図書館って業務委託の図書館が多いそういう図書館員、司書資格無しでも出来るっていう仕事、そういうのもやってましたね、うん。
――それは、パートで?
えー、まあ、最初パートだったけど、最終的にはフルに近くなった。人手があんまり、別にあの自慢するわけじゃないですけど、本好きで働く人があんまりいなかったので、自ずと、自ずと必然的に、く、詳しい人がやる役割になる、とか多くて。
それで、あのまあなんかこれ契約内容違うわねっていうぐらい(笑)。最初は週4で30時間だったのが、いつの間にかなんか、どんどん、どんどん増えるっていう(笑)。
――そうですね、使えますもんね。本知ってる人の方が。
あの、働く前から知ってる図書館だったから、何が、どこにあるか大体わかるっていうのもあって。ちょっと、うん。

「純文学とは」と思ったことは一度もない
じゃあ、これからは何か書きたいものとか……。
書きたいもの……、ま、まあ太宰治賞出身なんで、しばらくは純文学を書くことになると思うんですけど。
ただ、自分……、まあ、その「神セブン」のラインナップ見てもわかるとおり、あの……、エンタメ系も純文学系も古典もなんでも好きなんで、なんとかその中間みたいなの、中間小説みたいなのを書ければ、一番理想ですね。
――あー、純文学っていうとこのラインは、こがわさん的には……。
いや、僕もただの、言葉だと思っています。あの……定義はない。
――あの、まあ、普通にざっくり言われる、あの、あの5つの雑誌に載ったやつ、という感じですかね?
あ、そんなもんですね。別に、そう、その程度という意味で、意味はないですね。だから「純文学とは」と思ったことは一度もないです。
――翻訳とかはやられないんですか?
でもそんな力がないので……。
――いや、あの、AIが下訳助けてくれるんで(笑)。最近……。
(笑)。嫌ですよ、そんなの。翻訳もちょっと……、学力がある人がやらないと説得力がないんで。
――いや、私も学力ないですけど、翻訳やってますよ。CATツールもありますし。
マジですか!
――あと資格いらないですよ、あれ。翻訳、通訳も資格いらないんですよ。
でも、ちょっと、怖いです。無理ですね、たぶん。だから、そういう意味で、実は、自ら仕事を取るっていうのが……。まだやってないので、やっていいのかな、っていう……。
――いや、いいんじゃないですか? 勝手にヘミングウェイ訳せばいいんじゃないですか? もう著作権切れてるし(笑)。こがわさん『老人と海』やればいいんじゃないですか?
なんか、2、3年前、2回、2連続ぐらいでもう翻訳、新訳出てますよ。
――いや、だからこがわ訳、こがわ訳を読みたいと。
いやいやいや。無理です、無理です。ちょっと……、勘弁してください。
あ、だとしたら、文フリとかでもやりたいのはアレですね。著作権切れてるやつのカバーをやりたいんですよ、あの……、要は同じ作品でも、作家が違うとこれくらい変わるっていうのを、いろんな手法で証明するっていうのをやっていきたいんですよね。
――なんだっけ、古川日出男さんか一時期やられていた、あの……。村上春樹トリビュート的な……。
ああ、中国行き……、『中国行きのスロウ・ボート』のやつですね。そうそう、そんな感じので。
例えばそのね、あの……。『檸檬』を誰かが書くとか、そういうようなことをやれば、なんか……、作家の個性のデモンストレーションになるんじゃないかなと思ったりはしますね。
――なるほど。面白いですね、それ。
みんなで芥川龍之介のこれ、この作品、これくらいから選んでやるのか、そういう……。青空文庫のここからとかっていうのでやったら、ちょっとその……、文体の修行になるんじゃないかなとか、いろいろ考えたりとか。例えば、メタルバンドとかよくやる……。
――あ! なるほど。あの……。
その、ベストアルバムにもう1曲入れなきゃっていうときとかに……。あのね、昔のバンドのカバーとか入れたりとか、うん。あと、あの……、バンドがもう喧嘩して解散する寸前で、あの、ニューアルバムを作る気力がないときにカバーアルバムが最後に出るとか、そういうのってよくある……。
メタルバンドに限らずね(笑)。疲れてくるとね(笑)。
ハードロックだけど、ディープ・パープルだって、あのね……、最初にヒットした「ハッシュ」って彼らの曲じゃないですからね。
うん。そうですね。
(こちらが元ネタのビリー・ジョー・ロイヤル)
そういうカバーでちょっとオリジナリティを見せるっていう、あの、他人の……、他人の曲をどうやって料理するかでセンスを見せるっていうので売れていったっていうバンドってけっこういっぱいあるんで。そんなような感じで、うん。
だから文学好きなら誰でも知ってる短編を……。自分なりの、そう、自分なりの……、だから新しくシーンとかもどんどんぶち込んじゃって良くて、みたいな感じで……、やったらちょっと面白そうだなとは思ってますね。
ギターを買う
――ところでどんな子供だったんですか?
ゲームが好きでしたね。小学生の時は。
――世代的にスーパーファミコンとかですか? ドラゴンクエストで言うとどの時代なんでしょうか?
そうですね。ドラクエだと3、4、5。あとストリートファイターIIなんかをやってました。でもゲームはもう、ぜんぜん……、ギターはじめてからはもう全く面白くなくなっちゃいました。プログラミングされてるゲームと、あの操作されていないギターの、やってみて、どっちかっていうとギターですもんね。
――違うステージクリアしないといけなくなりますもんね。えーと、ギター……。これ、ギターを買うのってけっこう大事なことだと思うんで。どこから入ってギターなんですかね?
いや、これがですね、例えば、あの「音楽が好きで、なんかメタルを聴いてからギター買う」じゃなくて……、「何かやらなきゃ」っていう。
(以下、インタビュアーの希望により、こがわゆうじろう氏所蔵のヘヴィメタルTシャツを本人の解説とともに掲載します。興味ない方はとばしてインタビューだけ読んでください)

――あ、ヘヴィメタルありきじゃなくで?
いや、もう最初……メタルファンになってからギター(を買った)じゃなくて、こう「何か何でもいいから何かやりたい」っていう。たまたまですよ。たまたま……。だ
から、そうです。別にバイクでもよかったし、あの、落語でもよかったし。

その何か、がギターになって。
そうそう。それでたまたまお小遣い……、もう、小遣いで買えるのがギターくらいだったんで。それでギター買って、買ってから「どんなバンドがあるんだろう? で、CD聴いてみたって感じで。

――で、ヘヴィメタルに。
そうです。買ってから……、だからギター買ってからしばらくTSUTAYAとかでいろんなの借りていく中で、はい。一番ピンと来たのがメタルだったっていう。

――他にはハマらなくて、えー、ま……ま、ハードロックとかも入るんでしょうけど。
まぁ、そうですね、はい。

――けっこう早かったですか? ヘヴィメタルに行き着くまでは。
そうですね、ほんと、およそ3ヶ月くらいだったんで。

――3ヶ月!!
だから、その3ヶ月の間、いろいろ、あの……、なんだろう、デヴィッド・ボウイとか、グリーン・デイとか、いろいろ聴いてたけど、あの、もうメタルに出会ってからはもう……、しばらくはもうメタル一筋みたいな。

――ずっとヘヴィメタルで。
そうですね。
いや、長いですよね、でも。もうメタル30年ぐらいの感じですね。
あ、まあそうですね。まあ28年ですね、はい。

――飽きないですか? あ、飽きないですね(笑)。飽きない……、愚問ですね。
いや、飽きないですね(笑)。はい。新しいバンドがどんどん出てくるんで、ええ。

――ですよね。Tシャツとかもそれ……。あ、そっか。東京は買うところがっぱいあるか。
これは、これはブラック・サバスで……。

――あ、ブラック・サバスですか。
はい、ブラック・サバスです。
――素晴らしい。今日は着てるのはブラック・サバスですか。
そうです。あの、確か、なぜかというとですね、あの、アレです、やっぱりあの……、まあ「夏」ということで、夏に似合うメタルを……、っていう時にはっていうことと、あとやっぱりあの、メタルTシャツって基本「黒」じゃないですか。

――あ、すみません。あ、でも、あ、そっか。いっぱい黒もってます。あ、今私が着てるのメタルじゃないバンドですけど、たぶん(笑)。
(笑)。バンドTシャツって黒が多いじゃないですか。ちょっと今年猛暑でそれだとね、ちょっとあの……。そう、それで白い、白いTシャツを探していく中で、まああって……、っていうのは、まあありましたね。
――そっか、白い……、あ、白いブラック・サバスってことですね(笑)。
そう、そうなんです(笑)。

ネットで釣れた、国境なきスリーピース
――そうだ、バンドやられてたんですよね?
ほんのちょっとですけどね、10代後半……、まあ、20歳前後の時にちょっと。今はもう趣味で弾いてるだけですね、一人で。
――ギターですよね。20歳頃だから……えーと、そっか。ライブとかはやられてました? 何人ですか? あ、あの、メンバーというか……楽器構成。
あ、3人でしたね。ギター、ベース、ドラムの3人で。
――スリーピース! カッコいいですね! これもずっとメタルを演られてたってことですね。カバーですか?
いや、オリジナルでしたね、はい。
――カッコいい……。音源とか残ってないですよね?
残ってないですね、はい。残しておけばよかったですけどね、なんか録っておけばよかったですね。
――いやー……、もうあれですか? あの……、えっと、物理的にじゃなくて、記憶でどこかに残ってて演奏できるとかるとかもないんですか?
ああー、それもほんとに……、フレーズ一個くらいって感じですね。僕、別にその、バンドのメインライターじゃなかったので。
あの、そう。なんかギターが急に抜けたバンドに、ちょっと急に入った。なんで、そう、あんまり……、自分で作った曲だったら覚えてたと思うんですけど。オーストラリア人のドラマーと……、ベース兼ボーカルが、えー、あ、イギリス、イギリス人っていう……。
――かっけー(笑)。じゃあ歌詞、英語じゃないですか! 違います?
そうです。いや、歌詞は英語です。で、コミュニケーションはふたりともあの、日本語上手かったんで……。普通に日本語で。まあ僕もちょっと英語、頑張って勉強はしてましたけど。全然ものにはならず(笑)。
――これどういうきっかけで?
いや、もうね、いわゆるその頃って「メンボネット」っていうインターネットのサイトがあって……、
(現在もありました)
――あー! あ、なんかバンドメンバー募集する感じですか?
そうですね。で、あの、けっこうね、古いバンド書いてたんですよね、いろいろ。あの、まあそれこそブラック・サバスとか。
そう、で、これだと、もう、来るのは、もう……、おじさん、おじさんか、あれですね、あの……、外国人かどっちかだろうなーって、最初から(笑)。
――(笑)。そしたら外国人が釣れたと。
そうしたら、外国人が引っかかってきた(笑)。いや、だから、やっ、やっぱりなと思って(笑)。おじさんか外国人のどっちかだっていう、その……、まんまだったと思って(笑)。
――これ活動は結局、どれくらい……1年とか2年ですか?
あー……、3年弱くらいじゃないですかね。そうですね。19……、あ、ま、20から、うん、22くらいですね。
――これはカッコいいキャリアですよね。

タローは物語、人生をファックしている
――逆になんか聞いてほしいこととかあります?
ここ聞いてほしいですか? えっと、ちょっと、もしBiSH好き感をしゃべると、ちょっとBiSHファンが、あのBiSHの元メンバーに報告して、あの会えたらうれしいなっていう感じ(笑)ですかね(笑)。
――え、BiSH 、えっと、え、BiSH 、BiSH 、BiSH についてもっと聞いてほしいっていうことですか?
そうですね(笑)。ちょっと、ま、もっと、ちょっと、ちょっとでも大丈夫なんですけど。
――あ、そうですね。この作品『タロー・ジ・エンド』にとってはすごく大事なことですもんね。はい。
あ、そうだ、これ聞こうと思ってた。なんで、あの『ファーストキッチンライフ』なんですか? タローの入場曲。
あれが一番、あの、ノリ的に、あの、入場曲っぽいかなと。
――あー、なるほど。
あの、歌詞とか。あ、あと、歌詞がちょっと僕の推しメンのリンリン、リンリンさんが、あの、歌詞を担当してるんで。彼女に注目集まってほしいっていうのもあって。
――あ、リンリンさんが推しなんですね。
あと曲調、うん、でもやっぱり曲調ですよね。
――あーあの、松隈ケンタさんって方の。まあでも、あ、ちょっとハードロックに通じるものは、もちろんありますからね、あのカッコいい曲。
いや、もうアレほとんどスラッシュメタルのような曲なので、うん。そう、だから好きですねえ。で、やっぱりボクシング何度も見に行ったらあの手、あの曲調の入場曲めっちゃ多かったんで。
――「僕の噂話して♪ 情報テレビのおっさん♪」
こんな感じですかね。ヘタクソで申し訳ないですが。
そう、そうです。
――いいですね、このサビが、これ、これって、こういうのってアレ、パワーコードで弾くんですよね、普通ね。ガガガって。
そうですね。
――ただ、あの……、BiSH の曲ではそんなに、そんなにあの、そうか。ファンが推してるって……、
あの、代表曲とか、なんか、ライブで外せない曲とかではないですね。ま、本当に、なんか初期、初期のころの、なんか、まあ、ちょっと攻撃的な激しめの曲のひとつっていう感じで。
――サビの「ファッキン・マイ・ライフ」って聴こえる部分の歌詞はリンリンさんが考えたんですかね?
そうです。
――たぶん「ファッキン・マイ・ライフ」って歌う歌詞を誰かが「ファーストキッチン」っていう風に、運営の大人が歌詞上では文字でそう書いた感じですかね。
大人がしたのか、リンリンが工夫したのかはちょっとわからないなあ。
――でもファーストキッチンの肉肉しいハンバーガーこそが人生だとかそういうことではないでしょ(笑)
違います(笑)。
そう、だから、その「ファッキン・マイ・ライフ」もちょっとタロー、タローの人生っぽい感じもするっていうのも、そう、そこもけっこう大きい。
――あ、そう、そうなんですよ。昨日歌いながらそう思ってたんですよ。「ファッキン・マイ・ライフ」なんだろうなと。で、あの、物語も欲もないんだろうなと。自分の人生全部ファッキンで。
はい。そうですかね、はい。リンリンに、だからBiSHのメンバーだったらアイナよりリンリンに会いたいなー。
――会ったらどうします? 会えたらどうします?(笑)
まあ、そういう意味では、もう本当に何だろう、もう、ファン、ファン、ファン「ファンです」って言う。ですね、うん。本当にそれ、それくらいですねー。
――ライブとかは行かないんですか?
いや、もうね、いや、僕、あの、解散の数か月前にファンになったんですよ。
――そうですよね。あ、もうそっか、行けないんだ。愚問でしたね。
そうだから、あの、ライブ情報を調べたら、もう全ソールドアウトになってて。
どうしようもなかったですね、うん。
――そっか、もう推す方法が限られてるんですね、もう。まあでも、そのうちあれ、売れたら会えますよ、たぶん。
いやあ、そしたら最高ですね……。けっこうBiSHファンに届いてたりとかするみたいですし。
――あー、届くんじゃないですかね? うん、なんかアレですもんね『タロー・ジ・エンド』いい作品ですし。
なんか、今の段階でけっこう何人か言ってもらってて。
――タローの、タローの欲が感じられるとこ、そこしかないですからね(笑)。BiSHしか。
(2026年7月29日、リモートにて収録)

以下のこがわゆうじろうさんによる同人誌が、 2026/9/13(日)に開催される文学フリマ大阪14ブース番号そ‐84で販売されます。
(『タロー・ジ・エンド』収録ムックは十冊限定の販売だそうです)
※こがわさんのブースでは以下の出版物も販売される予定です。
・田沢成琉さんとの掌編を併録したフリーペーパー
ブース番号そ‐84で本人自ら販売されるそうです。

こがわゆうじろう
東京都練馬区生まれ、埼玉県在住。「タロー・ジ・エンド」で第42回太宰治賞受賞。十代の頃から読書とヘヴィメタルが好き。 同人誌、「昔のゲーセン」やってます。
