分岐点
いまの職場が最後の日。この記事を書いていた。
ロッカーの中の荷物を詰めた石みたいなリュックが、電車の中の膝の上で重たい。
ロッカーはその日、やっと空になってしまった。
スマホでスワイプしながら、いろいろ描いていたものたちの画像を眺めていた。





レンズズームは偉大なのだ

どこを見ているかの図解



案内中は描きたくなるもので


レフ機を持っている人が
ミラーレスにレンズを流用したい、ときの
アドバイス

普通のSD(UHS-I)との違い


そのお客様へ案内してきた機種のまとめ


倍率と狭さの相互関係



終わり直前にたくさんの常連の方が来てくださっていた。私を目当てにしてくださるお客様が嬉しかった。会いに何度も足を運んでくれたこと…大きな糧になっています。
その人生に、とてもいいことがありますように。
突然の別れになってしまうお客様が居ること、後ろ髪引かれる心のなかで見送っている。
ごめんなさい。
その人生に、とてもいいことがありますように。
朝礼で上司から予想していなかったお褒めをいくつもいただいて『それ以上言うと泣いちゃいますよ』とふざけようかと思ったのですが、ことばの全部を聞きたかった。
感無量です。
その人生に、とてもいいことがあります。ぜったいに。
置いていけるものが少ない人間ですみません。愚直さが素晴らしかったと言われたこと、忘れないでいます。
『誰に対しても決めつけず、なにかことばをかえて同じ内容を提案する。きみの本当にいいところだ』
『それは理想だね』と、新入社員だったときの頃の責任者から渡された引導が重くて辛かった記憶がかなり救われた気がします。悩みは確かに必要だったけれど、ひとの悪意になりそうなところを私が変えてあげられやしないなんてことを…傲慢にも思い知って、(彼なりの上司の意見があるんだ)を飲み込んだ日々の。
何度も何度も同じことを言われないとわからない私がいたので、どうしても一発でわかる人なんて天才か天使にしかみえない。だから、『このひとは私ときっと同じ』と思ったらどうしても何度も言ってしまうこと。
友人にほめられた部屋の片付けを、さらにほめちぎられるようにがんばりたい。
ぽこぽけでメタモンの家を放置しすぎなので、ぜんぶの住心地をよくしてあげなくては。
…部屋を片付けるこころを思い出させてくれてありがとう、メタモン。
たまにとっても雑な私でも生きてていいんだと、思えた場所は嬉しいよ。たくさんお菓子を貰って、たくさん贈り物をもらって、たくさん見てもらえていたって、気付いたよ…最後の日になんかみんな甘いんだよ。
会社のみんな死なないでほしい。
…会社がみんなを殺さないでほしい。
これ、ほんとなんだ。移動のたびに、ものすごく心配性が顔出すけど、いつもちゃんと助けてあげられていたらそんなことにもならないのかなぁ。でも新しい場所に向かう私はどうしても置いていく側なのだから…スマートにはなかなかなれないけど、皆の悲鳴が苦しい。これ、私にとっての普通のことなんだってやっと最近気付いたよ。
そもそも、貰ったもの。いろいろ。
会社から貰えていない世代も、きっとあるのだろうように感じる。
貰った手紙のことばは大事に持っていく。年下なのにずっと先輩だった人。甘やかしてあげられる人を、どうかうまいこと見つけてほしい。いるか?まぁ私と違って付き合ってる人がいるから居るのか?どうだろう…。わからないけど…。そのひとが、甘えたいひとのかたちをしているだろうか。
…私は馬鹿だから、言われた通り…かなり一から十まで伝えてしまうし、勝手に感情的になって、この内容を書いていたときも少し泣き出しそうだった。私の人生はどうとでもなるんだ。新天地を与えられるのは2度目だけれど、前回と違うのは、初期値を見て認めてくれるひとに、いまのせかいの負担を残して去ってしまうこと…。
彼らが去るのではなく、私から去る。前向きなんだ。だからそのとおり。これは、ほんとうに初めてなんだ。転校したときも投げやりだったし、大人の事情に巻き添え喰らってばかりの人生だったけれど、今回は、なんだか違う…気がしている。私から、私がいた場所を、後にしようとしている。前のときもおなじだったはずなのに、今のほうが気がとがめる。
みんな、こんな感じでいきてきたの…?
それとも刹那的ないま私が特別なのだろうか。
わからないけれど、たくさん失敗してきたぶんが気にしなくてよくなって、身体が軽いのかもしれなくて、それとともにたくさん失敗してきたぶん、それを少し俯瞰してはすむかいから、
また私を眺めてあげられることがうれしいのかもしれない。
大嫌いな私、さよなら…。
愛すべき私、こんにちは…?
