松明を持つ人
UNISON SQUARE GARDENは、自分にとって、松明を持つ…もとい、持ってくれる人たちだった。
色んな時を音楽で救ってもらった。
学生時代に初めて友達とコピーバンドをした時に演奏したのもUNISON SQUARE GARDENの曲だった。良いとは言えない出来だったけれど、その時の高揚は今でも覚えている。結局、自分の人生においてギターを持ってステージに立ったのはその1回きりだったが、それでもいいくらい、満足できた。
自分はなにかに縋らないと立てない人間だ。
ずっと、色んなものを支柱にして、つり革にして、ベルトにして、併走者にして、伴奏にして、どうにか今日まで息をしてきた。
そのうちのひとつは、UNISON SQUARE GARDENだった。
自分が、自分の力で好きになったものだ。
7/15の『Sentimental Period』で、UNISON SQUARE GARDENの現体制が終了して、1日が経った。
これは、考察でもなければ意味のある記録でもなくて、ただの覚書で、ただの感謝を綴るだけだから、読まれるものでも、読み返すものでも無いけど。でも、書かなきゃなと思った。
やっぱり、今の気持ちはきっと今にしかないと思うし。後悔すると思うので。
朝からなんかフワフワした1日だった。
UNISON SQUARE GARDENが、今の形じゃなくなる現実が不思議と頭では分かっていても実感がなかった。
ただ、朝からイヤホンに流れる斎藤宏介の歌声はいつもと同じはずなのに何か違う気がした。違うのは、こちらの心持ちだけなのだが。
友達とふたりで向かう道中も、しょうもない話をした。最近読んだ本の話とか、何回も話したはずの好きな曲の話とか、最近見た面白い動画とか、面白いツイートとか。
グッズも沢山買った。
買う予定の無いものまで買ってしまった。この買う予定の無いものをレジの直前でやっぱり欲しくなって買ってしまう魔法に名前付けて欲しい。
ちなみにTシャツかわいいので買ってください。
入場の待機列に並んでいる時に、やっと色々考えた。
急にUNISON SQUARE GARDENが聴けなくなるのではないかと怖くなった
自分の中で、それくらい特別なものである事をこんなことで自覚した。
今まで何度だって自覚してきていたはずなのに、それ以上に分からされた気持ちだった。口でどれだけ特別と言ったって、その本質には触れられない。少しだけ、泣きそうになった。
ライブが始まった瞬間、絵の具を聞いた瞬間、不思議と涙はこぼれなかった。
ライブの最中は、ずっと楽しかった。
本当に、ずっと。1秒も余すことなく。
何度も何度も聞いているはずの歌に感動した。
UNISON SQUARE GARDENの歌が、自分のための歌だと勘違いもした。
勘違いしてしまうくらい、自分事にして聴いた歌たちだった。
『オリオンをなぞる』のイントロで、天を仰いだ。
何百回、何千回と聴いても感動する。
初めて聴いた時のことを思い出した。TIGER&BUNNYの1話を見た時だった。
高校生の時の部活帰りを思い出した。
辞めようとしていた時だった。
大学生の時の車の中を思い出した。
友達を乗せて山中を走っていた時だった。
去年の夏を思い出した。
もう何をしたらいいかわからない時だった。
好きとか、嫌いではない。
人生と、結びついた曲だった。
救ってもらおうとなんかしてなくても、本当のヒーローはこうして救ってくれる。
最後のドラムソロで、歓声を上げた。
拳を上に突き挙げた。
何故か分からないけど頬に涙が伝う感覚がした。最初は汗か涙か分からなかった。
瞬きはしなかった。涙も拭かなかった。
それぐらい、自分にとっては、自然な事だった。
何に涙が出たのかもわからなかったけど、声も出ずに、静かに零れただけだった。
気がついたらライブが終わっていた。
Aブロックの、後ろで、立ち尽くした。
UNICITY先行は落選したので、なんとか確保した一般のチケットだった。
そりゃ肉眼で目に焼き付けたかったけど、そんなのどうでもいいくらい、その場にいるだけでよかった。
前の女の子は泣いていた。後ろのおじさんは汗を振りまきながら吠えていた。隣の大学生は静かに聴き入っていた。
私は、立ち尽くすことしか出来なかった。
身動きも取れず、声が出なかった。
メインステージに映るモノクロのライブロゴをみつめた。
規制退場に合わせて外に出た。
友達と合流した。
夜の幕張を散歩した。
好きな曲は歌われなかった。
でも全ての曲に思い入れがあった。
それはそれとしてアザレアは歌って欲しかったけれど。(笑うところです)
いつも終わりを告げられてから思い入れは可視化する。
そういう愚かな生き物なのだ。
今日も当たり前に過ぎた。
今日もイヤホンから流れる斎藤宏介の声は変わらない。
明日もそうで、1ヶ月後も、10年後もそうだ。
いつかを待ちながら、そのいつかは今までとは違う。鈴木貴雄のことが好きだった。もちろん、斎藤宏介のことも、田淵智也のことも、好きだ。それだけが、自分の中で変わらなければそれでいいと思う。
完璧な幕引きだった。
それは、UNISON SQUARE GARDENに対する評価ではなくて、自分自身がUNISON SQUARE GARDENを完璧に幕引けたと思った。
自分には、自分の好きな物は評価できないと思った。自分には烏滸がましいと思った。だから、自分自身の感情として、本を閉じられた。
満足もしていないし、まだ今からでもやっぱ嘘と言って貰いたい。
けれど、それでいいと思えるくらい、好きだった。好きだ。
鈴木貴雄の、最後の挨拶は答え合わせだった。
— 鈴木貴雄(UNISON SQUARE GARDEN dr.) (@SUZUK1TAKAO) July 15, 2026
自分は、こうしてUNISON SQUARE GARDENに松明を持ってもらって、でこぼこの足下に躓きながら、どうにか洞窟を歩いてきた。
音楽はこれからも、灯りを持ち続けてくれるのだ。
何も変わらないのだと思う。
自分を主語にした時、UNISON SQUARE GARDENは明日も変わらず自分に手を差し伸べる。
敬具
明日も、よろしく。
