医療の見え方 第17話 医師の不養生-それでも受診しなかった
先日、私は怪我をした。
たまにしか行かないアウトドアで、重いリュックを背負い、少し高低差のある段差を飛び降りてコンクリートの斜面に右足で着地した。その瞬間、右ふくらはぎに強い衝撃と痛みが走った。無理な荷重がかかった、という感触があった。
40代後半から体重が増えており、リュックも重かった。何より、若い頃に比べると体のバランス感覚が衰えており、昨年も岩場で一度転倒している。
激痛が続くわけではなかったので、右足関節をなるべく動かさないようにしながら、何とか座れる場所まで歩いて休んだ。そこからは、少し険しい斜面を登り、50mほど歩けば車には戻れる。気合いで何とかなるだろうと思った。
ところが、その日は真夏日だった。
陽光を受け続けるうちに発汗が急に増えて動悸がしてきた。
数m歩くだけで息が切れ、めまいと疲労感で立ち止まらざるを得なくなった。
恐らく、熱中症に近い状態だったと思う。
疼痛や動揺に、炎天下での脱水が重なったのだろう。患者さんを診療するように原因を考えてはいたが、端的に言えば、怪我をした上に、暑さで動けなくなりかけている50代の男性だった。もし動けなくなったら、意識障害を起こす前に救急要請が必要になるかもしれない。
これには、躊躇いもあった。
医師が遊びの最中に怪我をして、熱中症になって救急車を呼ぶ。そんなことで医療資源を使ってよいのだろうか。関係者から呆れられたり、軽蔑されるかもしれない。知り合いの医師や看護師がいる病院へ搬送されるのも恥ずかしい。
普段、患者さんには迷わず救急要請するよう話しているのに、自分のことになるとこうである。ただ、大袈裟かもしれないが、私が外で変死体となって発見されたら、その方が社会には迷惑がかかる。救急車を呼ぶことも覚悟した。
その前に、まず、持っていた500mlのスポーツドリンクを一気に飲んだ。
これまで私は、スポーツドリンクの有難みをわかっていなかった。「ちょっと体に優しい甘い飲み物」程度の認識だったが、そのときは数分で体が戻ってくるような感覚があった。切羽詰まっていたので、そう思い込もうとしていただけかもしれないが。
その回復しているような感覚を逃さないうちに何とか斜面を登り、車まで戻った。
右足にはあまり体重をかけられず、地面を強く蹴ることもできないため、右足に荷重する時間が極端に短い歩き方をしていた。右ふくらはぎの痛みも歩を進めるたびにあったが、我慢はできた。炎天下で少し歩くと再燃してくる息切れ、めまいと疲労感の方がつらかった。
車のエンジンをかけ、エアコンを効かせ、ペットボトルのお茶をがぶ飲みした。
しばらくすると、全身状態は落ち着いた。
痛みのある右ふくらはぎだけでなく、足関節から足背にかけても腫れていたが、アクセルとブレーキを踏む程度の動きでは強い痛みはなかった。めまいや動悸も消失し、自分では運転に支障はないと判断して、車で自宅に帰った。
その日のうちに、熱中症のような全身症状はほぼ消失した。
しかし、右ふくらはぎの痛みと右足にかけての腫れは、翌日以降も続いた。
右足関節を底屈、つまり歩行時に床を蹴るような動作をすると痛むため、右下肢を引きずるような歩き方が続いた。足の腫れもなかなか引かず、足関節周囲から足の両側面に皮下出血が広がってきた。重症そうな見た目ではあった。
私は整形外科医ではないが、病状を考えて何となく自分を納得させようとしていた。
単なる筋損傷なのか、腱は大丈夫なのか、腫脹により血流障害を合併しないか、処置をしないと何らかの後遺症が残る状態ではないか ………
本当は、よく分かっていないのだが。
このように、予後に全くの確信を持てぬまま、私は整形外科を受診しなかった。
理由はいくつかある。
仕事柄、私は整形外科医と紹介状を通じてやり取りすることが多い。これはお互い様なのだが、「本当に神経内科の問題なのだろうか」と感じる患者さんが紹介されてくることも少なくない。もちろん、その逆もあるはずで、整形外科医も神経内科医の診療に疑問を持つこともあるだろう。それは理解しているつもりだが、こういうネガティブな経験は記憶に強い印象を残しやすく、受診しても満足のいく診療は受けられないような気がしてきてしまうのである。私は整形外科診療を批判しているわけではなく、診療経験から私の考え方が捻じれてしまっていることを伝えたいのである。
もう一つの理由は、仕事を休みにくいことである。
私が突然外来を休めば、その日に予約されている患者さんの診療を中止することになるが、それは避けたい。私は不格好ながら、クリニック内を歩くことができた。また、座っての外来診療には大きな支障はなかった。そして、休診によるクリニックの経済的損失も無視できなかった。経営規模の大きな総合病院であれば、一人の医師が休んでも影響は限られるが、小さなクリニックではそうもいかない。
さらに私は、最悪のケースについて、ある程度納得していた。
もし、整形外科を受診しなかったため治療時期を逃し、歩き方に多少の後遺症が残ったとしても、クリニックでの仕事は継続できるだろう。アウトドアは諦めることになっても、別の楽しみを探せばよい。そんなことまで考えていた。
完全に「医師の不養生」である。
理解されないかもしれないが、私の中では受診しなかったことに、それなりの必然性があったように思える。その根本には、病気や後遺症、あるいは死への耐性があると思う。耐性というと聞こえはよいが、あるべき恐怖心が麻痺してしまっているのかもしれない。
しかし、医師として仕事を続けるためには必要な感覚でもある。
患者さんの症状や病状を認識するたびに感情的に動揺していては、冷静な判断はできない。
少し先のことまで考えるのはもちろん、最悪の事態まで想定しなければならない。
それを静かな言葉で患者さんやご家族に説明する必要もある。
このような感覚は、自分の健康管理においては危険に働くこともあるだろう。
右ふくらはぎの痛みと右足の浮腫は、2週間ほど経過して改善してきたが、万全ではない。短い距離であれば、歩容の異常を隠せるようにはなったが、患部の疼痛、易疲労性があり、運動はまだ無理だろうと思う。治療といえば、湿布を貼り、ドラッグストアで買ったサポーターを使った程度だが、2週間後も完治はしていないので、それなりの損傷だったのだろう。
今後、元通りに走れるようになるのかは分からない。
歩行時ですら違和感が残るようなら、受診しなかったことを後悔するかもしれない。
では、今後、同じような事態に陥ったとき、私は素直に受診できるのだろうか。
今回、運動機能の低下から自分の体の老化を痛感するとともに、熱中症での救急要請も他人事ではないことにも気づいた。50歳を過ぎて、自分の健康への考え方を改める必要がある、という体からの警告なのかもしれない。
次は思い切ってクリニックを休診にして受診しよう。
今のところは、そう思っている。
ただ、自分が患者になることには本当に慣れていない。
恐らく私は、まずマイナンバーカードで受付するところから躓くのだと思う。
プロフィール:地方の臨床医N
神経内科を専門とする内科医、50代。地方都市のクリニック勤務。以前は急性期の総合病院に勤務しており、朝・昼・夜を問わず病院PHSで呼び出される毎日に疲弊していった。数年間の研究生活も経験し、「その道で生きていこう」と真剣に考えた時期もあった。しかし最終的には、臨床医として患者さんの隣にいる道を選んだ。表向きは経済的な理由を挙げているが、実のところは、閉じた世界の中だけで完結する論理に自分が染まっていくことへの抵抗感が強かったのだと思う。現在は、エビデンスを踏まえつつもそれだけに囚われず、「人と人とのお付き合い」としての医療をどう実践するかを、診療のたびに考え続けている
