【2021年1月】正月の恒例、西大路七福社ご利益めぐり
*本記事は、2021年1月に別コミュニティへ投稿した内容を、加筆・再構成したものです。
毎年、年初に必ず実行している習慣があります。それは「西大路七福社(にしおおじしちふくしゃ)ご利益めぐり」です。
京都を南北に貫くメインストリートの一つ、西大路通。平安京の時代から続くこの道沿いには、歴史ある寺社が数多く点在しています。この企画は、沿道の七つの神社の御朱印を専用の色紙に集めると、その年の干支を象った陶器製の人形がいただけるというものです。1983年に五社巡りとして始まり、翌年から現在の七社体制になったといいます。
京都に移り住んで以来、欠かさず続けているこの行事。普段は御朱印集めに執着することはありませんが、これだけは別です。全長約9キロの行程は、足早に巡れば2時間ほど。とある理由から、私は毎年「北から南へ」と順に巡ることにしています。
1. わら天神宮(敷地神社)
一箇所目は、金閣寺にも近い「わら天神宮」です。正式名称は「敷地(しきち)神社」ですが、安産のお守りの中身が藁(わら)であることから、古くよりこの名で親しまれています。

ここはまさに「女の城」。参拝客のほとんどが女性で、お礼参りには「よだれ掛け」を奉納する習わしがあります。本殿の鈴緒の奥には、真っ白なよだれ掛けが帯状に並び、そこには「元気な男の子です」といった力強いメッセージが綴られています。
初挑戦の際、ここをゴールに設定したのですが、幸せそうな母子や妊婦さんに囲まれ、独り身の男としては少々気恥ずかしい思いをしました。それ以来、ここは「迅速に御朱印をいただき、次へ向かうスタート地点」と決めています。
2. 平野神社
二箇所目は、古くから桜の名所として名高い平野神社です。
*当時、鳥居の横で冬の彩りを添えていた「十月桜」は、残念ながらその後枯れてしまいました。移ろう季節の中で、変わるものと変わらないものが共存しています。

冬の平野神社は、春の喧騒が嘘のように静まり返っています。

ここの拝殿は京都市の指定文化財にもなった由緒のあるものでしたが、台風により倒壊してしまいました。今は復興工事に入っており、近年中の完成を目指しているところです。
*2018年(平成30年)の台風21号で倒壊してしまった拝殿ですが、現在は無事に復興工事が完了し、その美しい姿を取り戻しています。

開運を祈りつつ、かつての台風被害からの復興に思いを馳せる時間となりました。

3. 熊野神社衣笠分社
三箇所目は、住宅街の中に突如として現れる、近代的なコンクリート造りの神社です。左京区にある熊野神社の分社にあたります。

元々は幕末から明治にかけて活躍した医師・福井貞憲の邸宅だった場所で、当時の庭園が現存しています。隣接する喫茶店からはその名残を楽しむことができますが、今回は先を急ぎ、本殿で手を合わせるに留めました。
4. 大将軍八神社(だいしょうぐんはちじんじゃ)
四箇所目は、平安京造営の際、北西の角(天門)を守護するために建立された、方位の吉凶を司る神社です。宝物館に収められた、重要文化財である80体もの「大将軍神像」は圧巻の一言。

面白いのは門前の商店街です。「百鬼夜行絵巻」にちなんで「妖怪ストリート」と呼ばれており、各店舗の前には店主に似た(?)妖怪たちが鎮座しています。古の陰陽道の聖地と、現代の遊び心が同居する不思議なエリアです。
音楽で「移動」を「劇」に変える
ここから次の西院春日神社までの道のりが、この巡礼における「最大の難所」です。西大路通の直線が長く続き、景色が少々単調になるこの区間。私はいつもAirPodsを耳に差し込み、クラシック音楽の力を借りることにしています。
選曲は移動時間から逆算します。ベートーヴェンの8番(約26分)ならこの一区間にジャストサイズ。あるいはブラームスの交響曲やドヴォルザークの後期交響曲。
小学生の頃、ワンフレーズ忘れると家の前で曲が終わらないため「白鳥の湖」第一幕のワルツを丸暗記して登下校していた名残でしょうか。今でも「目的地に着く瞬間にフィナーレが鳴り響く」ことについこだわってしまいます。もし計算より早く着きすぎてしまったら、曲が終わるまで神社の周りをぐるりと一周。完璧な「終止形」と共に鳥居をくぐらないと、どうにも落ち着かないのです。
5. 西院春日神社
五箇所目は、奈良の春日大社の分社であり、本殿の奥には可愛らしい鹿の像も祀られています。

ここでの注目は「疱瘡石(ほうそういし)」です。淳和天皇の皇子が天然痘にかかった際、この石に病魔を封じ込めて全快させたという伝説があり、今も病気平癒を願う人々が絶えません。厄除けの願いを込め、静かに手を合わせました。
6. 若一神社(にゃくいちじんじゃ)
六箇所目は、平清盛の西八条殿跡に建つ、開運出世の神社です。境内の象徴は、清盛公がお手植えしたと伝えられる樹齢八百年の巨大なクスノキ。

この大木を守るために、西大路通がわずかにS字にカーブしているのは有名な話です。

清盛の熱病を治したといわれる湧水もあり、仕事の成就を祈るにはぴったりの場所です。

ここには「平家物語」に因んだ歌碑もあります。清盛の寵愛を失った祇王が屋敷を去る際、襖に書き残したという一首。
萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の草
いづれか秋に あはざらむとて
栄華を極めた清盛の足跡と、その陰で散っていった者たちの無常観。樹齢八百年のクスノキが、そのすべてを静かに見守ってきたのかと思うと、胸に迫るものがあります。
7. 吉祥院天満宮
七箇所目は、いよいよゴール、菅原道真公の生誕地とされる吉祥院天満宮です。

菅原道真の祖父が吉祥天女の信仰が篤かったと伝えられています。

北野天満宮よりも歴史が古いといわれ、境内には道真公の臍の緒(へそのお)を納めた「胞衣塚(えなづか)」も残っています。

最後の御朱印をいただき、引換券を提出。無事にその年の干支人形を手にすることができました。それがトップ画像になります。

巡礼を終えて
約9キロの道のりを歩き終えると、心地よい疲労感とともに、京都の歴史の層を一枚ずつめくったような充実感に包まれます。
2021年の色紙を眺めながら、当時願ったこと、そして現在(2026年)の状況。少しずつ景色は変わりますが、一年の計をこの西大路に求める習慣は、これからも大切にしていきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
