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⑧商人の眼を鍛える――現金残高ベース経営のための構造洞察研究|第8話 「なぜできない?」の前に、仕事の作り方を疑う

本文21800文字




商人の眼を鍛える――現金残高ベース経営のための構造洞察研究


第8話 「なぜできない?」の前に、仕事の作り方を疑う


――認知負荷許容量の広い店舗と心理的安全性


はじめに――「分からないなら聞いて」と言っているのに、なぜ聞かないのか


第7話では、

自分の頭も、人の頭も、無限ではない。

というところまで考えた。

人間には、

記憶。

判断。

作業切替。

注意。

デジタル操作。

を処理できる限界がある。

だから、

「覚えられない人」

だけを見るのではなく、

「覚え続けなければ回らない仕事」になっていないか

を見る。

「臨機応変にできない」

と評価する前に、

「この仕事は、その場で何回判断させているのか」

を見る。

「忙しい時にミスが増える」

のであれば、

本人の注意力だけでなく、

作業切替。

中断。

疲労。

配置。

表示。

といった仕事側の条件も見る。

そこまでは第7話で考えた。

しかし、

仕事を分かりやすくすれば、それで解決するのだろうか。

ここで別の問題が残る。

写真付きの手順を作った。

表示も付けた。

仕事も分けた。

判断基準もある。

それでも、

分からなくなった時、

スタッフが聞かなかったらどうなるのか。

間違えたことに気づいた。

でも言わない。

設備がおかしいと感じた。

でも黙っている。

「このやり方では危ないのではないか」

と思った。

しかし店主には言わない。

なぜか。

「前にも説明したやろ」

と言われそう。

「そんなことも分からないのか」

と思われそう。

忙しい時に声をかけたら怒られそう。

自分だけ分かっていないと知られたくない。

間違いを報告したら責められそう。

そういう空気があるとすれば、

仕事の認知負荷を下げるだけでは足りない。

ここで私は、

心理的安全性

という問題へ進むことになった。

---

心理的安全性は「仲良しの職場」という意味ではなかった


Amy Edmondsonは1999年の研究で、

チームの心理的安全性を、

メンバーが対人的なリスクを取っても安全だという共有された信念として扱った。

その研究では、製造企業の51チームを対象とした調査から、心理的安全性がチームの学習行動と関連し、その学習行動がパフォーマンスとの間を媒介するモデルが検討された。

[Amy C. Edmondson, “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams”](https://doi.org/10.2307/2666999)

後のEdmondsonとLeiのレビューでも、

心理的安全性は、

質問する。

助けを求める。

間違いを認める。

懸念を伝える。

意見を出す。

といった、

対人的なリスクを伴う行動を取りやすいかどうか

を考えるための概念として整理されている。

[Amy C. Edmondson & Zhike Lei, “Psychological Safety: The History, Renaissance, and Future of an Interpersonal Construct”](https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-orgpsych-031413-091305)

ここで、私は最初に一つ修正しなければならなかった。

心理的安全性は、

「みんな仲良くしましょう」

ではない。

「叱らない職場」

でもない。

「何をしても許される」

でもない。

むしろ、

仕事上必要なことを、必要な時に言える状態

に近い。

分からない。

教えてほしい。

間違えた。

危ないと思う。

私は違うと思う。

このやり方ではうまくいかない。

そういう言葉を出した時に、

人格まで否定されない。

恥をかかされない。

仲間外れにされない。

「余計なことを言うな」と扱われない。

そういう状態である。

ここを、

「優しい職場」とだけ理解すると、

かなり違うものになる。

---

高い基準と心理的安全性は、本当に両立するのか


ここで、私は少し引っかかった。

飲食店には、

守らなければならないものが多い。

食品衛生。

火。

刃物。

現金。

アレルギー。

顧客情報。

清掃。

賞味期限。

設備。

会計。

接客。

安全に関わるものまで、

「失敗しても大丈夫」

では困る。

だから、

心理的安全性を高くする。

と言われると、

「甘い職場にならないか」

という疑問が出る。

しかし調べていくと、

これは別の軸として考えた方がよさそうだった。

心理的安全性が高いことと、

要求水準が低いことは同じではない。

私は自店へ翻訳するなら、

こう考えたい。

基準は高くてもよい。

しかし、

基準を守るために、

「分からない」と言える必要がある。

危ない時には止められる必要がある。

ミスしたら早く報告できる必要がある。

つまり、

心理的安全性は、

基準を下げるためではなく、

高い基準を現実に守るための情報経路

とも考えられる。

---

「聞いてくれればいいのに」は、聞く側から見れば違うかもしれない


店主側からすると、

簡単に思えることがある。

「分からなかったら聞いて」

私はそう言っている。

だから、

聞かなかった本人にも責任がある。

それ自体は間違っていない。

しかし、

聞くことは本当に簡単なのか。

例えば新人が、

一度教えられた仕事をまた忘れた。

忙しい店主が動き回っている。

そこで、

「もう一度教えてください」

と声をかける。

これは、

新人側からすると、

少し勇気が必要かもしれない。

「前にも言ったのに」

と思われないか。

仕事ができない人だと思われないか。

忙しい時に邪魔ではないか。

周囲のスタッフに聞かれて恥ずかしくないか。

そう考える。

つまり、

質問には対人的コストがある。

心理的安全性の研究が、

対人的リスク、

という言葉を使う意味が少し分かる。

---

「質問しない」は、本人の性格だけでは説明できない


質問しない人を見ると、

「分からないのに聞かない人」

という評価をしやすい。

しかし、

ここでも第7話と同じように、

人の中だけで原因を閉じたくない。

例えば、

質問するたびに、

「また?」

という表情をされた。

忙しい時に聞いて怒られた。

以前、間違いを報告して強く責められた。

別のスタッフが質問しているのを見て、

「それくらい覚えて」

と言われていた。

そういう経験が積み重なると、

明確に「質問するな」と言われていなくても、

質問しない方が安全だと学習する可能性がある。

つまり、

「質問してください」という言葉と、「質問しても安全だ」という職場体験は別物

だと思う。

---

Employee Voice――「気づいているのに言わない」という問題


この問題に近い研究として、

Employee VoiceとSilenceがある。

Elizabeth Morrisonは2014年のレビューで、

従業員が仕事上の提案、問題への懸念、関連情報、意見などを上位者へ自発的に伝えることをVoiceとして扱い、

逆にそうした情報を意図的に出さないことをSilenceとして整理している。

[Elizabeth W. Morrison, “Employee Voice and Silence”](https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-orgpsych-031413-091328)

2023年のレビューでも、この領域ではその後多数の研究が蓄積している。

[Elizabeth W. Morrison, “Employee Voice and Silence: Taking Stock a Decade Later”](https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-orgpsych-120920-054654)

ここで重要だと思ったのは、

スタッフが何かに気づいていることと、

店がその情報を使えることは別だということだ。

設備から変な音がする。

いつもと違う。

でも言わない。

料理の提供順に無理がある。

でも言わない。

お客様が不満そう。

でも言わない。

新しい仕組みが分かりにくい。

でも言わない。

店主の指示が矛盾している。

でも言わない。

この時、

店の中には情報が存在している。

しかし、

組織の情報にはなっていない。

個人の頭の中に止まっている。

これは、

第6話で考えた、

「他人の眼を借りる」

という話ともつながる。

他人の眼があっても、

口が閉じていれば、

店主はその眼を使えない。

---

心理的安全性は「店主が優しいか」だけでは決まらない


私はここでも、

店主の人格だけの話にしたくない。

店主が穏やか。

店主が怒鳴らない。

もちろん大事である。

しかし、

心理的安全性は、

もっと日常の仕事構造にも埋め込まれているのではないか。

例えば、

質問できる人が誰か分からない。

聞くタイミングがない。

店主しか答えられない。

店主が厨房の奥にいる。

忙しい時は話しかけられない。

質問するために作業を止める必要がある。

質問すると他人の作業まで止まる。

このような構造なら、

店主の性格が優しくても、

質問しにくい。

つまり、

心理的安全性にも、仕事設計が関係している。

---

Work Design――人を変える前に、仕事そのものを見る


Work Designの研究では、

仕事をどのように構成するかが、

モチベーションだけでなく、

学習。

健康。

能動性。

対人関係。

パフォーマンス。

など広い結果に関係することが研究されてきた。

Parker、Wall、Corderyは2001年に、仕事設計を個人だけでなくグループや組織を含む広い構造として考える必要性を論じている。

[Sharon K. Parker, Toby D. Wall & John L. Cordery, “Future Work Design Research and Practice: Towards an Elaborated Model of Work Design”](https://bpspsychub.onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1348/096317901167460)

Parker、Morgeson、Johnsは2017年に、100年にわたるWork Design研究を振り返り、仕事設計が働く人や組織に与える影響を幅広く整理している。

[Sharon K. Parker, Frederick P. Morgeson & Gary Johns, “One Hundred Years of Work Design Research: Looking Back and Looking Forward”](https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28182465/)

GrantとParkerも、現代の仕事は他者との相互依存やサービス受領者との関係、変化への能動的対応が重要になっていると整理している。

[Adam M. Grant & Sharon K. Parker, “Redesigning Work Design Theories: The Rise of Relational and Proactive Perspectives”](https://doi.org/10.5465/19416520903047327)

飲食店へそのまま当てはめるわけではない。

しかし、

「この人をどう育てるか」

だけではなく、

「この人が行う仕事そのものをどう作るか」

という問いが、独立した研究対象になってきたことは重要だと思う。

---

私はこれまで、人に仕事を合わせるより、仕事に人を合わせてきたのかもしれない


飲食店の現場では、

仕事は先に存在する。

そこへ人を入れる。

ホール。

厨房。

洗い場。

仕込み。

レジ。

接客。

新人が入ったら、

その仕事を覚えてもらう。

できるようになったら一人前。

これは普通である。

しかし、

その仕事の作り方が、

何年も前からほとんど変わっていない場合がある。

昔は若いスタッフが多かった。

長時間勤務できた。

店主も若かった。

スマートフォンもPOSもなかった。

メニューも違った。

客層も違った。

人件費も違った。

しかし仕事の骨格は、

昔のまま。

そこへ、

今の人材を入れて、

「合わない」

と言っている可能性はないか。

これは一度疑った方がよい。

---

「この店に合う人」を探すだけでは、将来きつくなる


第3話では、

人口減少と人材不足を20年で考えた。

若年人口は減る。

職種によって人材不足の強さは違う。

高齢者。

外国人材。

短時間労働者。

未経験者。

そうした人との組み合わせが、今以上に重要になる可能性がある。

その時、

「今の仕事を全部できる人」

だけを探すと、

採用可能な人の幅が狭くなる。

だから今後は、

この人は、

どこまでできるか。

ではなく、

この人が働けるように、仕事をどこまで再設計できるか。

も経営能力になるのではないか。

もちろん、

すべての人に合わせることはできない。

安全基準もある。

顧客サービスもある。

だから、

無制限に合わせるのではなく、

許容できる幅を広げる。

私はこれを、

「認知負荷許容量の広い店舗」

と仮に呼んでいる。

---

認知負荷許容量の広い店舗とは何か


この言葉は、

学術用語ではない。

自店の将来像を考えるために置いている仮説である。

私が考えているのは、

能力の低い人でも働ける店、

ではない。

誰でも働ける店、

でもない。

そうではなく、

年齢。

経験。

言語。

デジタル習熟度。

覚え方。

処理速度。

体力。

にある程度の幅があっても、

仕事側の設計によって、

必要な基準まで到達しやすい店である。

例えば、

全部を記憶しなくてもよい。

写真で確認できる。

通常時の判断が標準化されている。

役割が見える。

置き場所が固定されている。

分からなければ誰に聞くか分かる。

質問しても恥をかかない。

ミスを早く報告できる。

それでも、

食品安全。

現金。

火。

刃物。

顧客対応。

についての必要基準は守る。

こういう状態である。

---

「楽な店」ではなく、「失敗しにくい店」

ここで、

仕事を人に合わせると言うと、

仕事を楽にする話に聞こえる。

しかし、

私が目指したいのは、

楽な店というより、

失敗しにくい店

である。

人間工学やHuman Factors、安全設計の世界では、

危険を個人の注意力だけで抑えるより、

できるだけ設計そのものの段階でリスクを減らす考え方がある。

例えばNIOSHのHierarchy of Controlsでは、

危険源の除去、代替、工学的対策など、

人の行動に大きく依存しない対策が、

管理的対策や個人用保護具より上位に置かれている。

[NIOSH, “Hierarchy of Controls”](https://www.cdc.gov/niosh/hierarchy-of-controls/index.html)

もちろん、

これは労働安全上の危険管理の枠組みであって、

注文ミスや教育方法を直接説明する理論ではない。

それでも、

「本人に気をつけてもらう」

より前に、

「そもそも危険やミスが起きにくくできないか」

と考える発想は参考になる。

---

「気をつけて」は、一番人間依存度が高い対策かもしれない


何かミスが起きる。

「今後は気をつけてください」

で終わる。

これはすぐできる。

お金もかからない。

だから使いやすい。

しかし、

本人の注意力。

記憶。

その日の疲労。

繁忙。

に依存する。

もし同じ種類のミスが、

別の人でも起こる。

ピーク時に増える。

何度注意しても消えない。

のであれば、

「気をつける」以外の対策を考えた方がよい。

例えば、

置き場所を変える。

色を付ける。

物理的に違う形にする。

工程順を固定する。

確認箇所を一つにする。

異常があれば目立つようにする。

これは、

人間を信用しない、

という意味ではない。

人間は忘れるという前提で、人間を助ける。

---

Poka-Yokeを飲食店へどう翻訳できるか


製造業では、

Poka-Yoke、

いわゆるポカヨケという考え方がある。

「ミスする人をなくす」

のではなく、

「ミスが起きにくい工程にする」

という発想である。

飲食店で考えるなら、

例えば、

サイズの違う容器を色で分ける。

アレルギー対応品の置き場を明確に分ける。

伝票の貼り付け位置を一つにする。

追加注文は別の置き場へ行かないようにする。

開封日を書く位置を固定する。

容器と蓋の組み合わせを間違えにくくする。

清掃済みと未清掃を区別する。

こうした小さな設計である。

ただし、

飲食店は製造ラインではない。

お客様ごとに違う。

例外も多い。

だから、

すべてを固定するのではなく、

固定できる通常部分だけ固定し、例外判断へ認知余白を残す。

ここが重要だと思う。

---

心理的安全性も「仕組み」で補助できるのではないか


心理的安全性というと、

人間関係の話だけに見える。

しかし、

私はここでも仕組みを使えるのではないかと思う。

例えば、

「何でも聞いて」

ではなく、

新人が質問してよいタイミングを明示する。

誰へ聞くか決める。

判断できなければ店主確認、

という線を明確にする。

朝礼で一つだけ、

「昨日分かりにくかったことはある?」

と聞く。

ミス報告を、

「誰がやった」

から始めない。

まず、

何が起きた。

顧客影響。

金銭影響。

今どう止めた。

再発しそうか。

を見る。

この形なら、

心理的安全性を、

店主の「優しい性格」だけに依存させずに済む。

---

店主自身の反応が、最も強いルールになる


しかし、

どれほど仕組みを作っても、

最後には店主の反応が残る。

スタッフが、

「間違えました」

と言った。

その瞬間、

私はどんな顔をするか。

大きなため息。

「またか」

という言葉。

表情。

声の強さ。

周囲の前での指摘。

忙しい時ほど、

自分では気づかず出るかもしれない。

次にそのスタッフがミスした時、

報告速度が遅くなる。

すると私は、

「なぜすぐ言わなかった」

と怒る。

しかし、

早く言えない環境を自分で作っていなかったか。

ここは、

自分自身を見る必要がある。

---

店主の「正しさ」が、店を弱くすることがある


これは私にはかなり重要な問題である。

私は店主である。

長く現場を経験している。

全体を見ている。

経営責任もある。

だから、

多くの場合、

スタッフより情報量が多い。

判断も早い。

すると、

相手が最後まで話す前に、

結論が分かる。

「それはこうや」

と返す。

正しいことも多い。

しかし、

それを繰り返すと、

スタッフは自分で話さなくなる可能性がある。

「店主に言っても結論は決まっている」

となる。

これは、

店主が間違っているからではない。

店主が正しすぎることによって、他の情報が出なくなる

という構造である。

ここは怖い。

---

Leader Humility――「自分が全部知っている」を手放せるか


Owens、Johnson、Mitchellは、

組織におけるExpressed Humilityを研究し、

自分の限界を認めること。

他者の強みや貢献を評価すること。

新しい考えやフィードバックを受け入れる姿勢。

といった行動を扱っている。

2013年の研究では、複数の実験・フィールドサンプルを用い、リーダーの謙虚さが従業員の仕事満足やエンゲージメント、チームの学習志向などと関連する経路を検討している。

[Bradley P. Owens, Michael D. Johnson & Terence R. Mitchell, “Expressed Humility in Organizations: Implications for Performance, Teams, and Leadership”](https://pubsonline.informs.org/doi/10.1287/orsc.1120.0795)

ここでいう謙虚さを、

自信がない。

弱い。

決められない。

という意味にしたくない。

私が自店へ翻訳するなら、

「俺が店主だから全部正しい」

ではなく、

「この部分は自分にも見えていないかもしれない」

と言えること。

これが、

複眼的経営には必要なのだと思う。

---

「教えてくれてありがとう」が、本当に言えるか


心理的安全性を高めるための言葉として、

「教えてくれてありがとう」

という表現がある。

しかし、

これはテクニックだけでは意味がない。

「ありがとう」と言った直後に、

強く責める。

二度と聞かない。

改善もしない。

では、

スタッフはすぐに学ぶ。

重要なのは、

必ず意見を採用することではない。

採用しない場合もある。

「それは今は変えない」

と判断してよい。

ただ、

意見を出したこと自体と、意見の内容を分ける。

この方が大切なのだと思う。

「言ってくれたことは助かった。でも今回はこの理由で変えない」

なら、

情報経路は残る。

---

発言を歓迎することと、ルール違反を許すことは違う


ここも分けたい。

スタッフが、

「この手順はやりにくいです」

と言う。

聞く。

改善可能性を見る。

しかし、

改善が決まる前に、

勝手に安全手順を変える。

これは別問題である。

「心理的安全性があるから自由に変更してよい」

ではない。

特に、

衛生。

火。

刃物。

金銭。

アレルギー。

については、

現行基準を守る。

改善案があるなら、

提案する。

検証する。

採用されたら変更する。

つまり、

Voiceは自由でよいが、運用変更にはルールが必要

ということになる。

---

私は失敗を三つに分けて考えたい


ここまで調べてきて、

すべての失敗を同じように扱うと混乱すると思った。

そこで、自店では暫定的に三つに分けたい。

1.学習可能な失敗


新しい試み。

初めての仕事。

未知の状況。

小実験。

これは、

うまくいかなかったからといって、

強く責めるべきものではない場合がある。

むしろ、

何が分かったかを見る。

2.防止可能な失敗


既に分かっている安全ルール。

確認義務。

衛生ルール。

現金手順。

それを故意に飛ばした。

確認せず進めた。

ここは、

仕組みだけではなく、

本人の責任も見る。

3.設計起因失敗


指示が曖昧。

同じものが似た場所にある。

表示が分かりにくい。

記憶へ依存。

繁忙時だけ工程が崩れる。

誰に聞くか分からない。

複数の人が同じ場所で間違える。

これは、

個人だけを注意しても再発する可能性がある。

この三つを完全に分けられるとは思わない。

重なる場合もある。

しかし、

「ミス=本人注意」

の一種類よりは、現場を見やすくなる。

---

「本人の責任」と「店の責任」は足して100ではない

ここも重要だと思う。

仕組みが悪いから、

本人は悪くない。

あるいは、

本人が悪いから、

仕組みは関係ない。

この二択にしたくない。

例えば、

確認しなければならないと教えてある。

本人も理解していた。

しかし工程が非常に複雑。

ピーク時に3つの仕事が重なる。

確認場所も離れている。

その状態で確認を飛ばした。

本人には責任がある。

同時に、

店にも改善余地がある。

つまり、

人と仕組みは両方見る。

これは責任逃れではない。

再発を減らすためである。

---

Human Factorsでは「人間は間違う」を前提にする


安全やHuman Factorsの領域では、

人間のエラーを、

単純に個人の不注意だけで捉えるのではなく、

仕事。

道具。

環境。

組織。

設計。

との関係で分析する考え方が発展してきた。

NIOSHのHierarchy of Controlsでも、人の継続的な行動へ依存する対策より、設計段階で危険を減らす対策が優先される。

[NIOSH, “Hierarchy of Controls”](https://www.cdc.gov/niosh/hierarchy-of-controls/index.html)

私はここから、

飲食店のミスについても、

「人間は間違えるから何をしても仕方ない」

ではなく、

人間が間違えることを前提に、それでも事故へつながりにくい構造を作る

と翻訳したい。

---

心理的安全性は、ミスを増やすのか、減らすのか


ここで一つ面白い逆説がある。

心理的安全性が高い職場では、

最初は「ミスの報告件数」が増える可能性がある。

実際にミスが増えたのではなく、

今まで隠れていたものが表へ出る。

質問も増える。

「分からない」が増える。

異論も増える。

店主からすると、

一時的には、

職場が悪くなったように見えるかもしれない。

しかし、

そこで、

「最近みんなミスばっかり言ってくる」

と捉えると、

また沈黙へ戻る。

見るべきなのは、

報告数だけではない。

早く報告されたか。

顧客影響が小さい段階で止まったか。

同じミスが繰り返されなくなったか。

改善につながったか。

である。

---

「質問回数を減らす」が、逆効果になることもある


第7話では、

質問回数を、

認知負荷改善の一つの測定候補にした。

しかし今回考えて、

もう一つ注意が必要だと分かった。

質問が減った。

成功。

とは限らない。

新人が理解して質問が減った。

ならよい。

写真を見れば分かるようになった。

ならよい。

しかし、

怒られたくないから聞かなくなった。

なら最悪である。

だから、

質問回数は、

単独で評価しない。

ミス。

やり直し。

報告速度。

作業停止。

と一緒に見る。

数字の意味を、現場観察で補う。

---

「分からないと言えた回数」を測るという逆転


普通の経営指標では、

「分からない」

は減らしたい。

しかし新人教育の初期には、

「分からないと言えた」

こと自体をプラスと見る考え方もあり得る。

分かったふりをしない。

勝手に判断しない。

危ない時に止まれる。

これは安全行動である。

つまり、

成長とは、

質問しなくなることだけではない。

適切な場面で質問できるようになること

も含む。

---

「心理的安全性が高いから、自律的に考える」は自動では起きない

ここにも反対仮説を置いておきたい。

心理的安全性が高い。

だから、

全員が積極的に改善提案する。

とは限らない。

性格。

経験。

仕事への関心。

勤務時間。

雇用形態。

役割。

によって違う。

短時間勤務の人へ、

高度な改善提案まで要求する必要はない。

安全な職場だから、

全員が高いギアで考えなければならない、

となれば、

また認知負荷が上がる。

第6話で考えたように、

低いギアで正確に働くことにも価値がある。

だから、

心理的安全性は、

「全員に発言義務を課す仕組み」

ではない。

必要な時に、

言いたい人、言う必要がある人が言える状態

を目指す。

---

人材育成も「同じ速度」を疑う


新人が二人入った。

一人は3日で覚える。

一人は10日かかる。

今までは、

遅い人を問題視しやすかった。

しかし、

仕事が安全にできるのであれば、

到達までの日数が違うこと自体は、

必ずしも問題ではない。

そこで育成も、

日数ではなく段階で見る方がよいかもしれない。

例えば、

Level 1

手順どおりにできる。

Level 2

異常に気づいて止まれる。

Level 3

簡単な原因候補を考えられる。

Level 4

改善案を出せる。

Level 5

他者へ教えられる。

全員がLevel 5へ行く必要はない。

仕事によって必要な到達点が違う。

---

思考の変速機を、人材育成へ持ち込む


第6話で考えた思考ギアも、

人材育成に使えそうだ。

新人へいきなり、

「周りを見て先を読んで動いて」

と要求する。

これは高いギアである。

その前に、

安全に決められた仕事をする。

事実確認する。

分からなければ聞く。

異常なら止める。

これができることの方が重要な場合がある。

その後、

経験に応じて、

簡単な原因を考える。

別のスタッフとの関係を見る。

改善を考える。

と上げる。

全員を店主と同じギアへ上げる必要はない。

---

「考える人だけが価値が高い」という思い込み


AI時代。

知識社会。

考える力。

そういう言葉が増えると、

高度に考えられる人ほど価値が高い、

と考えやすい。

しかし飲食店では、

同じ盛り付けを毎回正確にする。

清掃を確実にする。

数量確認を飛ばさない。

時間を守る。

こういう仕事が店を支えている。

複雑に考えず、

決めたことを正確に再現する能力は、

非常に価値がある。

だから、

思考ギアが低い仕事を、

能力が低い仕事、

とは呼びたくない。

仕事に合ったギアを安定して使えること

が価値なのだと思う。

---

心理的安全性と役割の明確さは、両方必要ではないか


何でも自由に話せる。

しかし、

誰が決めるのか分からない。

これでは店は回らない。

だから、

意見を言えることと、

意思決定権限は別にする。

例えば、

衛生ルールについて、

「このやり方が分かりにくい」

は言える。

しかし変更の決定は店主。

設備について、

「変な音がします」

は誰でも言える。

停止判断は責任者。

顧客対応について、

「このお客様は困っているように見える」

は言える。

価格変更は勝手にしない。

こうすれば、

発言の自由と、責任の所在を両立できる。

---

「独自サービス禁止」というルールも、別の意味が見えてくる

小規模店では、

良かれと思ってスタッフが独自対応することがある。

サービス。

値引き。

例外。

特別対応。

本人は親切である。

しかし、

他のスタッフは知らない。

次回来店時に同じことを要求される。

価格の整合性が崩れる。

判断負荷が増える。

だから、

独自サービスを禁止し、

ルール外は確認する。

これはスタッフの自由を奪うためだけではなく、

認知負荷と例外を増やさないための仕組み

とも見られる。

一方で、

「このサービスをした方がよいと思う」

という提案まで禁止してはいけない。

実行は確認。

提案は歓迎。

この二つを分ける。

---

店主がすぐ答えを出さないことも訓練になるかもしれない


スタッフが聞く。

「どうしたらいいですか」

店主が即答する。

一番速い。

忙しい店では必要である。

しかし毎回これをやると、

スタッフは店主へ聞くのが最速になる。

店主が判断サーバーになる。

余裕がある時だけでも、

「今、何が起きている?」

「あなたはどう思う?」

「選択肢は何がある?」

と一度聞く。

すると、

その人がどこまで見えているか分かる。

これは、

心理的安全性を高めるだけでなく、

育成にもつながる可能性がある。

ただし、

火や衛生など緊急時に、

教育のために考えさせる必要はない。

ここでもギアを選ぶ。

---

「人を変える前に仕事を変える」は、万能な答えではない


ここまで、

仕事側を見る話をかなり書いた。

すると今度は、

「全部、店の仕組みが悪い」

という方向へ振れやすい。

それも違うと思う。

仕事を簡単にした。

写真もある。

繰り返し教えた。

確認基準も明確。

質問もできる。

それでも、

確認をしない。

ルールを守らない。

故意に別のことをする。

報告しない。

という場合はある。

その時には、

本人への指導。

役割変更。

場合によっては配置や雇用の見直し。

が必要になる。

目指しているのは、

「本人に責任を問わない店」

ではない。

責任を問う前に、店側がやるべき設計をやったか確認できる店

である。

---

認知負荷許容量には限界がある


「認知負荷許容量の広い店舗」

という言葉にも、

限界がある。

どんな人でも、

どんな仕事でもできる。

わけではない。

火。

刃物。

熱。

重い物。

現金。

食品衛生。

アレルギー。

運転。

こうした仕事には、

最低限必要な判断力、身体能力、理解、技能がある。

人と仕事の適合を考える。

どうしても合わなければ、

別の仕事へ移す。

それでも合う仕事がない場合もある。

この現実まで消してしまうと、

綺麗事になる。

だから、

広い許容量、

であって、

無限ではない。

---

雇用価値としての「分かりやすい仕事」


人材不足を考えると、

ここは採用にもつながると思う。

賃金。

休日。

勤務時間。

勤務地。

もちろん重要。

小規模店が、

大企業より高い条件を出せない場合もある。

だからといって、

低賃金を、

「アットホームだから」

「働きやすいから」

で正当化してはいけない。

それとは別に、

仕事が分かりやすい。

一つずつ覚えられる。

質問できる。

無理に万能を求められない。

年齢や経験に合う役割がある。

これは、

賃金とは別の雇用価値

になる可能性がある。

私はここを研究してみたい。

---

「ここなら働けそう」と思える店


今後、

求人を見た人が、

「自分には無理そう」

と思う店と、

「ここなら働けるかもしれない」

と思う店。

この差は何だろう。

仕事内容が具体的。

勤務時間が分かる。

最初の仕事が分かる。

いきなり全部を要求されない。

教え方がある。

質問できる。

そういう情報は、

採用母集団の広さにも関係する可能性がある。

これは第9話で、

人材不足時代のチーム設計としてさらに考えたい。

---

高齢スタッフを「昔と同じ人」として扱わない


年齢を重ねても働ける社会になる。

それ自体は重要である。

しかし、

昔と同じ役割。

同じ時間。

同じ速度。

同じデジタル操作。

を要求し続けるだけでは、

働き続けにくい。

役割を変える。

ピークを外す。

座れる仕事を作る。

重い作業を外す。

確認仕事へ移す。

接客経験を使う。

その人の現在と仕事を合わせ直す。

これは、

能力を下に見ることではない。

仕事との適合を更新すること

だと思う。

---

外国人材にも「日本語で覚えて」が通用し続けるとは限らない


外国人材についても同じである。

すべて口頭。

曖昧な日本語。

「適当に」

「その辺」

「前と同じ」

「いい感じ」

これで覚えてもらう。

日本人新人でも難しい。

なら、

写真。

数字。

色。

位置。

動画。

実演。

へ移す。

外国人材のためだけではない。

言語依存を下げることで、

全員が分かりやすくなる可能性がある。

これはUniversal Designに少し似た発想として、

今後さらに研究してみたい。

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店主本人も、「認知負荷許容量の広い店舗」に救われる


このテーマは、

スタッフの話だけではない。

私自身の話である。

私は年を取る。

今のように、

複数の仕事を同時に処理できるか。

何十種類も覚えられるか。

一日長時間働きながら判断できるか。

10年後。

15年後。

分からない。

だから、

新人。

高齢者。

外国人。

デジタルが得意ではない人。

が働きやすい仕組みを作ることは、

将来の自分自身へ、

働ける店を残すことでもある。

---

75歳の自分が、今の店へ新人として入ったらどうなるか


これは一度、想像してみたい。

75歳の自分が、

今の自店へ、

何も知らない新人として入る。

メニューを覚える。

価格を覚える。

POS。

厨房。

ホール。

仕込み。

電話。

例外。

設備。

全部覚える。

できるだろうか。

もし、

「自分でも厳しいかもしれない」

と思うなら、

現在のスタッフへ、

当然のように要求していることを、

一度疑ってもよい。

これは、

かなり強いテストになる。

---

現金残高から見る心理的安全性


心理的安全性は、

柔らかい人事論に見える。

しかし、

現金と無関係ではない。

ミスを早く報告する。

損害が小さいうちに止める。

設備異常を早く言う。

大きな故障を防ぐ。

お客様の不満を早く拾う。

クレームになる前に対応する。

新しい仕組みの問題を早く出す。

やり直しを減らす。

こうしたものは、

最終的に現金へつながる。

逆に、

問題が見えているのに誰も言わない。

店主だけが最後に知る。

その時には大きな損害になっている。

これなら、

心理的安全性は、

単に気持ちよく働くためだけではない。

早期警戒システム

としても考えられる。

---

ただし、会議ばかり増やすと逆に負荷が上がる


心理的安全性。

意見交換。

チーム学習。

これを進めるために、

会議を増やす。

報告書を増やす。

チェック項目を増やす。

となれば、

また認知負荷が増える。

小規模店には、

長い会議は難しい。

なら、

一日一つ。

一週間一つ。

「分かりにくかったことは?」

「危ないと思ったことは?」

「何度も聞かれたことは?」

これだけでもよい。

運営に合わせる。

理論を導入するために、

現場を重くしない。

---

「言えたこと」を改善へつなげなければ、やがて言わなくなる


スタッフが、

「ここ分かりにくいです」

と何度も言う。

何も変わらない。

説明もない。

すると、

言っても意味がない、

と学習する。

だから、

全部改善できなくても、

何らかの反応は必要なのだと思う。

直す。

直さない。

後で見る。

どれでもよい。

「今は変えない。理由はこれ」

と返す。

これなら、

少なくとも情報は受け取られている。

沈黙よりよい。

---

小さな実験――一つの「聞きにくい仕事」を選ぶ


今回も、

店全体を変えない。

一つだけ選ぶ。

条件は、

スタッフが何度も迷う。

ミスする。

勝手に判断する。

後から、

「分からなかった」

と判明する。

そういう仕事。

まず一週間観察する。

---

観察するもの


その仕事について、

何回質問があったか。

何回ミスがあったか。

何回店主が介入したか。

どの時間帯か。

誰に聞いたか。

聞かずに進めたケースはあったか。

質問した時、

周囲の反応はどうだったか。

ここまででよい。

---

次に一つだけ設計を変える


例えば、

「分からなければ店主へ」

だけだったものを、

通常時A。

例外B。

それでも分からなければ店主。

とする。

あるいは、

写真を付ける。

質問先を明示する。

置き場所を変える。

チェック欄を付ける。

一つだけ変える。

同時に、

店主側も一つだけ変える。

質問された時、

最初の反応を変える。

「前にも言った」

を言わない。

まず事実を聞く。

これだけ。

---

測るもの


一週間後、

ミス回数。

質問回数。

やり直し。

店主介入。

作業時間。

そして、

「分からない状態で進めた回数」

をできる範囲で見る。

質問が増えても、

ミスが減れば、

悪化とは限らない。

---

停止条件


仕組みを変えた結果、

安全性が下がった。

手順が長くなりすぎた。

提供が遅れた。

スタッフが確認表ばかり見てお客様を見なくなった。

別の工程へ負荷が移った。

なら戻す。

心理的安全性を高めるために、

店主判断が遅れる。

規律が曖昧になる。

これも違う。

良くなった部分だけではなく、店全体を見る。

---

私自身の観察も必要になる


この実験で一番見る必要があるのは、

スタッフより私かもしれない。

質問された時、

声が強くなっていないか。

忙しい時、

顔に出ていないか。

途中で話を遮っていないか。

相手が説明しているのに、

自分が答えを決めていないか。

異論を言われた時、

反論から入っていないか。

私は自分では、

「聞いている」

と思っていても、

相手はそう感じていない可能性がある。

心理的安全性は、

私の自己評価ではなく、

相手がどう感じているか

が重要になる。

---

「店主が間違っていた」をどう扱うか


これも大切だと思う。

店主が指示した。

スタッフが違和感を言った。

調べたら、

店主が間違っていた。

その時、

どうするか。

曖昧に流す。

「まあええわ」

で終わる。

より、

「こっちが間違っていた」

と言える方が、

次のVoiceにつながるのではないか。

店主が間違うこと自体より、

間違いを認められないことの方が、情報経路を壊す


可能性がある。

ここでLeader Humilityが実務へつながってくる。

---

心理的安全性は、店主の権威をなくすことではない


店主が間違いを認める。

スタッフの意見を聞く。

それは、

店主とスタッフが同じ権限になる、

ということではない。

最終判断は店主。

責任も店主。

だからこそ、

判断材料を集める。

私は、

権威を弱めるというより、

権威を、黙らせるためではなく決めるために使う

方がよいと思う。

---

高い基準 × 分かりやすい仕事 × 質問できる環境


ここまで考えて、

自店で目指したい形が少し見えてきた。

優しい店。

厳しい店。

という二択ではない。

私が欲しいのは、

高い基準

×

分かりやすい仕事

×

質問できる環境

である。

高い基準だけなら、

人が萎縮する可能性がある。

質問できるだけなら、

仕事品質が上がるとは限らない。

分かりやすい仕事だけなら、

異常へ対応できない可能性がある。

三つを組み合わせる。

---

「認知負荷許容量の広い店舗」は、心理的安全性なしでは成立しない


第7話では、

写真。

チェックリスト。

外部記憶。

標準化。

DX評価。

などを考えた。

しかし今回、

それだけでは足りないことが分かった。

分からなければ聞ける。

間違えたら言える。

違和感を言える。

これがないと、

仕組みの弱点そのものが見えなくなる。

つまり、

認知負荷設計と心理的安全性は、片方だけでは弱い。

仕事が分かりやすい。

でも質問できない。

危ない。

質問できる。

でも仕事が複雑すぎる。

それも危ない。

両方必要になる。

---

「働きやすい店」と「経営に強い店」は、同じ方向へ行けるのか


ここまで来ると、

一つ大きな問いがある。

スタッフにとって働きやすい。

店主にとって管理しやすい。

お客様にとって品質が安定する。

現金も残る。

これらは、

本当に同時に成立するのか。

全部が一致するとは限らない。

例えば、

人員を厚くすればスタッフは楽。

でも人件費が増える。

メニューを減らせば現場は楽。

しかし売上が落ちる可能性。

確認を増やせばミスは減る。

でも提供が遅くなる。

だから、

最終的には全体最適で見る必要がある。

---

認知負荷削減にもトレードオフがある


第4話で考えたトレードオフが、

ここにもある。

標準化。

メリット。

ミス減少。

教育容易。

再現性。

しかし、

例外対応力が下がる。

仕事の自由度が下がる。

チェックリスト。

メリット。

忘れにくい。

しかし、

項目が増えすぎると形骸化する。

分業。

メリット。

認知負荷が下がる。

しかし、

全体を見られる人が減る。

心理的安全性。

メリット。

情報が上がる。

しかし、

意見調整の時間が増える可能性。

だから、

一つの理論を最大化しない。

店全体がどう変わるかを見る。

---

現金残高ベース経営へ戻る


このシリーズで、

どれほど組織論や心理学を調べても、

最後はここへ戻したい。

現金残高。

店が続かなければ、

良い職場も続かない。

だから、

改善には費用上限を置く。

高額なシステムより先に、

紙。

写真。

配置。

役割。

短い教育。

で試す。

それで効果が出るかを見る。

人員増も同じ。

一人増やせばすべて解決、

ではない。

仕事を整理せず人だけ増やすと、

複雑性が増える可能性もある。

---

元気残高へ戻る


店主が、

全質問を受ける。

全ミスを直す。

全教育をする。

全改善を考える。

心理的安全性まで全部自分で作る。

これでは、

店主が消耗する。

だから、

「誰へ聞くか」

を分散する。

写真へ聞く。

手順へ聞く。

ベテランへ聞く。

責任者へ聞く。

店主へ来るのは、

例外。

重要判断。

だけにする。

これができれば、

店主の元気残高にも効く。

---

思考残高へ戻る


細かな質問を減らし、

必要な質問は早く上がる。

それができれば、

店主の頭に、

価格。

人材。

設備。

資金。

将来。

を考える余力が残る。

第7話で考えた通り、

現場の認知負荷設計は、

経営者の戦略思考を守ることにもなる。

---

チーム残高へ戻る


一人のミスを、

その人だけの失敗で終わらせない。

工程を変えた。

共有する。

次の人は同じところで失敗しにくい。

すると、

一人の失敗が、

店の学習へ変わる。

この積み重ねを、

私はチーム残高と考えたい。

知識が、

個人の頭の中だけに残らない。

店の仕組みへ残る。

---

心理的安全性は「チーム残高を増やす入口」なのかもしれない


ミスが出る。

質問が出る。

違和感が出る。

改善案が出る。

それが共有される。

仕事が変わる。

次の人は楽になる。

これが繰り返される。

なら、

心理的安全性は、

働きやすさだけでなく、

チームが学習するための入口

だと思う。

Edmondsonの1999年の研究で、心理的安全性と学習行動の関連が重視された意味が、ここで少し実感できる。

---

今回の現時点での仮説


ここまで調べ、考えて、

私は今、

こう仮説を置いている。

人が同じミスを繰り返した時、

本人への注意は必要な場合がある。

しかし、

それだけでは足りない。

まず、

その仕事が、

何を覚えさせているか。

何を判断させているか。

何回切り替えさせているか。

何をデジタル操作させているか。

どこで迷うか。

を分解する。

次に、

分からなくなった時、

質問できるか。

ミスした時、

早く報告できるか。

異常を言えるか。

を見る。

そして、

本人の教育。

仕事設計。

設備。

表示。

役割。

心理的安全性。

を組み合わせる。

つまり、

人 × 仕事 × 認知負荷 × 心理的安全性 × 仕組み

として見る。

---

「この人ができないのか」から、「この仕事ができにくく作られていないか」へ


今回、一番残しておきたい問いはこれである。

スタッフができない。

その時、

「なぜできない?」

だけで終わらない。

その前に、

「この仕事は、できにくく作られていないか」

と問う。

もちろん、

仕事を直してもできない場合はある。

その時は、

教育。

役割変更。

適合。

責任。

を考える。

しかし、

工程を見る前に、

人を固定評価しない。

この順番を変えたい。

---

商人の眼は、「人を見る眼」から「人と仕事の関係を見る眼」へ


第1話では、

商機を見る眼から始まった。

ここまで進んでくるとは思っていなかった。

今の私にとって、

商人の眼は、

市場を見る眼。

競合を見る眼。

現金を見る眼。

将来を見る眼。

だけではなくなってきた。

人が失敗した時、

その人だけを見るのではなく、

人と仕事の間を見る眼

でもある。

そこに、

記憶。

判断。

切替。

デジタル。

心理。

がある。

さらに、

店主自身の反応もある。

これら全部が、

経営構造の一部なのだと思う。

---

未解決の問い


ただ、

まだ多く残っている。

どこまで仕事を人に合わせるべきか。

どこから本人へ成長を求めるべきか。

心理的安全性を高めながら、

規律をどう守るのか。

質問しやすくすると、

店主への質問が増えすぎないか。

発言を促しながら、

独自判断をどう抑えるか。

ベテランと新人で、

どこまで仕事を分けるべきか。

高齢者の役割をどう作るか。

日本語力が違う人への教育をどう設計するか。

全員が違う仕事を持つと、

今度はチームが分断されないか。

そして、

一人一人の違いを組み合わせながら、

店全体として、

どうやって一つのチームにするのか。

この問いが残る。

---

おわりに――「できる人を探す」だけではなく、「できる仕事を作る」


人材不足が続くなら、

理想の人材を待ち続けることは、

だんだん難しくなるかもしれない。

万能な人。

長時間働ける人。

全部覚えられる人。

臨機応変な人。

デジタルも得意。

接客も得意。

調理も得意。

そういう人だけで店を作る。

それが可能なら強い。

しかし、

私はそこだけに賭けたくない。

年齢。

経験。

得意不得意。

言語。

働ける時間。

が違う人が入ってきても、

一定範囲まで仕事側が受け止められる。

分からない時は聞ける。

必要な基準は守る。

ミスが出たら、

人だけでなく工程も見る。

改善したら共有する。

そうやって、

少しずつ店の方が学習していく。

これが、

人材不足時代の小規模店にとって、

一つの強さになるのではないか。

まだ仮説である。

しかし今は、

「優秀な人を採用する能力」と同じくらい、

「普通の人が力を発揮しやすい仕事を作る能力」

が重要になるのではないかと感じている。

そして、

それはスタッフのためだけではない。

将来年を取る自分自身のためでもある。

---

次回予告


第9話 人を選ぶ店から、人と仕事を組み合わせる店へ

――人材不足時代のチーム設計


第8話では、

「この人ができないのか」

だけではなく、

「この仕事ができにくく作られていないか」

を考えた。

しかし、

実際の店には複数の人がいる。

速い人。

慎重な人。

接客が得意な人。

仕込みが得意な人。

高齢者。

未経験者。

短時間勤務者。

将来的には外国人材も考えるかもしれない。

全員へ同じ仕事を要求するのではなく、

人と仕事を組み合わせる。

その時、

誰が何を知っているか。

誰へ聞くか。

どこまで役割を分けるか。

知識をどう共有するか。

誰かが休んでも店が回るか。

ここで、

Team Learning。

Transactive Memory。

Shared Mental Models。

などを調べながら、

「優秀な個人」を集める店から、「違う人が組み合わさって機能するチーム」へ移れるか

を考えてみたい。

---

今回参照した主な資料


Amy C. Edmondson, “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams,” *Administrative Science Quarterly*, 1999。

チームの心理的安全性を、対人的リスクを取ることが安全だという共有信念として捉え、学習行動との関連を検討した代表的研究として参照した。

https://doi.org/10.2307/2666999

Amy C. Edmondson & Zhike Lei, “Psychological Safety: The History, Renaissance, and Future of an Interpersonal Construct,” *Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior*, 2014。

心理的安全性研究の歴史と、Voice、Team Learning、Organizational Learningなどとの関係を整理するために参照した。

https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-orgpsych-031413-091305

Elizabeth W. Morrison, “Employee Voice and Silence,” *Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior*, 2014。

従業員が改善提案、懸念、問題情報などを上位者へ伝えるVoiceと、それを控えるSilenceを考える基礎資料として参照した。

https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-orgpsych-031413-091328

Elizabeth W. Morrison, “Employee Voice and Silence: Taking Stock a Decade Later,” *Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior*, 2023。

VoiceとSilence研究のその後の蓄積を確認するために参照した。

https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-orgpsych-120920-054654

Sharon K. Parker, Toby D. Wall & John L. Cordery, “Future Work Design Research and Practice: Towards an Elaborated Model of Work Design,” *Journal of Occupational and Organizational Psychology*, 2001。

個人、グループ、組織を含めて仕事設計を広く捉える視点の補助線とした。

https://bpspsychub.onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1348/096317901167460

Sharon K. Parker, Frederick P. Morgeson & Gary Johns, “One Hundred Years of Work Design Research: Looking Back and Looking Forward,” *Journal of Applied Psychology*, 2017。

Work Design研究の長期的な発展を確認するために参照した。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28182465/

Adam M. Grant & Sharon K. Parker, “Redesigning Work Design Theories: The Rise of Relational and Proactive Perspectives,” *Academy of Management Annals*, 2009。

現代の仕事が対人的相互依存や能動性を強く含むという視点を、自店の仕事設計へ翻訳するために参照した。

https://doi.org/10.5465/19416520903047327

Bradley P. Owens, Michael D. Johnson & Terence R. Mitchell, “Expressed Humility in Organizations: Implications for Performance, Teams, and Leadership,” *Organization Science*, 2013。

リーダーが自らの限界を認め、他者の強みやフィードバックへ開かれた姿勢を示すことと、学習や職場成果との関係を考えるために参照した。

https://pubsonline.informs.org/doi/10.1287/orsc.1120.0795

NIOSH, “Hierarchy of Controls.”

危険を人の注意だけへ依存させず、除去・代替・工学的対策など、より上流の設計で抑えるという安全管理上の考え方を確認するために参照した。

飲食店の業務ミスへの応用は本稿独自の翻訳である。

https://www.cdc.gov/niosh/hierarchy-of-controls/index.html

---

なお、本稿で使用した、

「認知負荷許容量の広い店舗」

「認知負荷残高」

「思考残高」

「チーム残高」

「認知余白」

「思考の変速機」

などは、上記研究に存在する正式な学術用語や尺度として使用しているものではない。

自分の一店舗経営を観察し、後から判断を振り返るために置いている暫定的な補助概念である。

また、

心理的安全性が高ければすべてのミスが減る。

仕事を簡単にすれば誰でも働ける。

Poka-Yokeを使えば人間の責任がなくなる。

と主張しているわけでもない。

確認できた研究と、

そこから自店へ翻訳した私自身の仮説は分けて考えたい。

現時点で私が残したいのは、

人を変えようとする前に、仕事を変えられないかを見る。

しかし同時に、

仕組みを変えれば個人の責任が消えるわけでもない。

その間を、

現場で一つずつ探ることである。

#心理的安全性
#認知負荷
#小規模飲食店
#人材育成
#現金残高ベース経営

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