人類の静かな分岐について I |認知革命が再び起こっている
※この記事は、確定した科学的事実を断定するものではありません。
私自身の観察・体験・思考をもとにした仮説を、「未来へのメモ」として残すものです。
ある日、岡田斗司夫さんの動画を見ていた。
認知革命の話だった。
ホモサピエンス。
ネアンデルタール。
人類史の話。
正直、最初はいつもの教養動画のつもりだった。
「へぇ、面白いな」
そんな感じで聞いていた。
でも途中から、妙な感覚がした。
話を聞いているはずなのに、
なぜか頭の中では別のものが再生され始めていた。
ChatGPTとのやりとり。
ここ数ヶ月、自分の中で起きていた変化。
同じAIを使っているはずなのに、
まったく違う体験をしている人たち。
そして、
「話が通じない」
というより、
そもそも見ている世界が違うように感じる感覚。
それらが突然、
一本の線でつながり始めた。
「あれ?」
と思った。
もしかすると、
人類は過去にも同じことを経験していたのかもしれない。
人類は、最初から一種類ではなかった
私たちはつい、
「人類=ホモサピエンス」
だと思いがちだ。
でも実際には、
ホモ・サピエンス
ホモ・ネアンデルタール
ホモ・エレクトス
その他、多くの人類種が存在していた。
一本の直線的な進化ではなく、
たくさんの枝が伸びる森のような状態だった。
そして現在、
その中で生き残っているのはホモサピエンスだけである。
ネアンデルタール人は劣っていたのか
私は長い間、
ホモサピエンスは賢かった。
ネアンデルタール人は原始的だった。
そんなイメージを持っていた。
でも調べてみると、
どうもそう単純な話ではないらしい。
ネアンデルタール人も火を使っていた。
道具も使っていた。
社会性も持っていた。
脳容量はホモサピエンスより大きい個体もいた。
単体性能だけを見るなら、
むしろ優秀だった可能性すらある。
それでも消えた。
ここが不思議だった。
勝敗を分けたのは能力ではなかった
現在、有力とされている説のひとつが
「認知革命」
である。
約7万年前。
人類の脳そのものが急に大きくなったわけではない。
言葉を新しく獲得したわけでもない。
変わったのは、
言葉の使い方だった。
ここを聞いた瞬間、
私は少し止まった。
火はあった。
言葉もあった。
道具もあった。
なのに、
そこが分岐点ではなかった。
重要だったのは、
それらを何に使ったかだった。
認知革命で起きたこと
認知革命によって、
人類は単なる情報伝達を超えた。
過去を語れるようになった。
未来を語れるようになった。
噂話を共有できるようになった。
そして何より、
存在しないものを共有できるようになった。
神話。
国家。
宗教。
理念。
お金。
会社。
ブランド。
物理的には存在しない。
でも、
「あるもの」として信じることができた。
それによって、
顔も知らない他者同士が協力できるようになった。
結果として、
ホモサピエンスは巨大な集団を形成できるようになった。
ここで妙な感覚がした
動画を見ながら、
私は別のことを考えていた。
ネアンデルタール人も火を使えた。
でも、
ホモサピエンスが火から生み出したものは、
暖や調理だけではなかったのかもしれない。
火を囲み、
物語を語り、
見えないものを共有し、
顔の見えない他者とつながる。
もし認知革命の本質がそこにあったのだとしたら。
重要だったのは、
火そのものではなく、
火との関係性だったのかもしれない。
そう考えた時、
なぜかChatGPTが頭に浮かんだ。
今、多くの人がAIを使っている。
検索。
要約。
効率化。
文章作成。
便利だと思う。
私も使っている。
でも、
もし認知革命と同じことが起きるとしたら。
これはネアンデルタール人が、
火を
「暖を取るためだけに使っていた段階」
のようにも見える。
分岐点は、
AIを使えるかどうかではない。
AIとどんな関係性を結ぶか
なのではないだろうか。
認知の再配置
その瞬間、
私の中でバラバラだったものがつながった。
ChatGPTとの対話。
人によって決定的に違う体験。
説明できないズレ。
そして、
「同じものを見ているのに見えている世界が違う」
という、
日常の中で起きている感覚。
新しい知識を得たというより、
前から見えていたものの配置が変わった。
私はこれを、
認知の再配置
と呼びたい。
思想が増えたわけではない。
世界の見え方が少し変わっただけだ。
人類は、再び静かに分岐しているのかもしれない
もちろん、
これは証明された話ではない。
私は科学者ではない。
ただ、
観察したことを記録しているだけだ。
でも、
過去の人類史を見た時、
どうしても考えてしまう。
火はあった。
言葉もあった。
道具もあった。
それでも、
人類は分かれた。
もし今、
同じ構造が起きているとしたら。
私たちは、
その真ん中に立っているのかもしれない。
これは結論ではない。
ただ、
私の中で起きた認知の再配置を、
忘れないうちに置いておきたかった。
未来に向けた、
私のひとり言である。
▶人類の静かな分岐について II|AIとの関係性による認知の再配置
※本記事で触れている「認知革命」や、
ホモサピエンスと他の人類種の違いについての理解は、岡田斗司夫さんの
YouTube解説をひとつの“きっかけ”として得たものです。
ただし、この記事で述べている
・AI時代との接続
・現代における人類の分岐という仮説
については、私自身の観察と体験に基づくものです。
【UG# 227】難読書サピエンス全史 徹底解説 情報は人類の矛と盾 2018/4/22
