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人の気持ちがわからない

昔から人の気持ちがわからない。
いちばん苦手な科目は国語だった。

長文読解はできる。要点を抜き出すのは得意だ。だけど、「この時の主人公の気持ちは?」と問われた瞬間に挙動不審になる。自由記述なんてとんでもなくて四択でも迷子になる。

悲しいのか。悔しいのか。寂しいのか。怒っているのか。

分からない。

泣きたい。あ、これは自分だ。

てか、他人がどう考えてるのかなんてわからんやん。設問者は何故分かったようなスタンスなんだよ。ちゃんと正解があるのかよ。そしてやっぱり違うんかい。

もともと自信が無かったこの手の問題は、出てくる度に正解を当てられず、ますます自信がなくなり、裏を読むようになり、それでも外して裏の裏まで読みに行く始末。

いや、心情描写の裏ってなんなん。
それはもうエスパーや悟りの域では?


そしてこれは国語の問題用紙の中だけじゃなかった。

おかんが怒っている。なぜか分からない。

友達が遊んでくれなくなった。なぜか分からない。

笑っているあいつは本当はどう思ってるんだろう?

あれ、ちょっと強く言っただけのつもりがそんなに痛かったのかな?



とにかく相手の感情を読むのも、空気を読むのも、全部苦手だった。



だから、とにかく人の顔色を窺って、予想と違ったらその度ビクついて、当たり障りのない人でいるようになった。


そしたら──


優しい人。話を聞いてくれる人。分かってくれる人。


そんな称号を貰えるようになった。


と、同時に、本当はやっぱり分からないのに、とぐるぐるする自分が残った。


相手の動く3手先くらいを読んで、外れてもカバー出来るような準備もして、表情のちょっとした変化から自分の言葉があっていたのかすぐに答え合わせをして、違うと感じたら軌道修正する。

そして、また相手の表情を読んで、これで良かったと安堵する。


そうこうするうちに、もう全てが嫌になった。



もういいや。めんどくさい。


おれはおれだ。



人は人。どれだけ心を読もうとしても、分からないものは分からない。



開き直ったら、周りにワラワラいた人が少し減って息がしやすくなった。


だけど、自分のせいで傷付いたという人も見えやすくなった。


「あなたって不誠実ですね」
「ほんとに人の気持ちわからないんですね」
「傷付きました」



そんな人たちを前にして、これが元々の自分だと知ってる僕は何も言えなくて、ごめんなさい、ごめんなさい、分かってあげれなくて、何も出来なくてごめんなさい、と思うしか無かった。


やっぱり人と上手く向き合えない。それは自分が「相手の気持ちを分かる」ということを出来ないから。そうやって落ちていくうちに、COTEN RADIOの深井龍之介さんが、ポッドキャストで話していた言葉に出会った。


細かい言葉は覚えていないけど、

「他人の気持ちは分からない。分かるって思ってる時点で間違いです。分からないけど、なんとか分かりたいと思って行動することが大切なんです」

という趣旨だった。



これを聴いて、あーそうだな、ってすごく腑に落ちた。


分からなくていいんだよって。
そうじゃなくて、分かろうと本気で思って、その態度を相手に見せ続けることが大切なんだって。



そうしたら、その姿勢が伝われば、それがちゃんと話を聞いてくれた、につながるんだって。



だから、人の気持ちが分からなくても良いのかもしれない。


それよりも、どう思っているのか知りたい、聞かせて欲しい。そう思える人、そう行動できる人でありたいと思うようになった。



いや、それも簡単じゃないんですよね。
ぜんぜん、できない。
でも、そうありたいな、って話でした。


自分の周りで、この人分かってくれるなぁって人がそうだから。




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