実家が、知らない家になった日
実家だったはずの室内は、どこか見知らぬ家のようでした。
記憶をたぐり寄せながら、必要な書類を探す。
散らばる行政からのお知らせを拾い集め、時系列に並べて確認する。
金庫を見つけても番号がわからない。
通帳はいくつも出てくるのに、どれが今も使われているのかわからない。
司法書士に相談したくても、必要なものを探し出すだけで丸一日かかりました。
その時、ようやく気づきました。
高齢になると、手放すことは想像以上に体力も判断力も必要だということに。
子どもの立場から見ると、「大人なんだからできるはず」と思ってしまうことも、父にとっては難しい作業だったのかもしれません。
そして正直に言うと、父との関係を改善することは最後まで難しいままでした。
あの頃の私にできた最善は、距離を保つことだったと思っています。対策はいくらでも考えられたのかもしれない。でも、父に対しては実行できなかった。
だからこそ今、私は考えています。
もし自分が親の立場になったとき、同じ負担を子どもに背負わせたいか、と。
答えははっきりしていました。
できるだけ、軽くして渡したい。
父にできなかった分、自分が残す側になったときにできる対策を考えるようになりました。
残すべきもの。
伝えておくべきこと。
大げさなエンディングノートでなくてもいい。
「何かあったら、ここを見てね」と言える場所を用意しておく。
それだけで、残される側の時間と心は、ずいぶん救われると思うのです。
それ以来、私はよく自分に問いかけています。
今持っているものは、本当に必要な量だろうか、と。
断捨離や片付けとは、ただ捨てることではなく、自分を知るための手順のひとつ。
そして、残される人に手渡せる小さな思いやりの形なのかもしれない、と感じています。
最初の一歩は、とても小さなことでした。
お気に入りのペンと紙を用意すること。
未来の自分が困らないように、もしもの時に動く人の名前と役割を書き出してみる。
家族全員の完璧な合意は目指さない。
最終的な責任は、自分が持つと決める。
それだけで、頭の中の不安が少し整理されました。
片付けは、物を減らすことより、未来の自分に安心を渡す準備。
始まりは、好きなペンを手に取るところからで十分。
きっも今日できる小さな準備が、
未来のあなたと家族をきっと助けてくれます。
私もまだ、この道の途中にいます。
正解がわかったわけでも、完璧にできているわけでもありません。
ただ、自分の体験から「少しでも軽く渡したい」と思って、一つずつ整えているところです。
同じように迷いながら考えている方と、どこかで並んで歩けていたら嬉しいです。
