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「波の音」 #シロクマ文芸部【773文字】

波の音がしている。
しばらく眺めていた。
砂浜に埋まったまま。

風がとても気持ちがいい。
目を閉じると優しい存在を感じる。
今、自由に動けるのなら
手のひらで感じることができるのに。

波が目の前まで迫ってきた。
あともう少し触れそうだ。
そう思った瞬間、
波は勢いをなくし、また戻っていく。
あと少しだった。
何度もそれは訪れた。

首が痛くなってきた。
あいにく楽な姿勢が見つからない。
盛り上がった砂に頭をあずけてみたが
崩れてしまった。
痛みがさらに増してしまって、
なんてこった。

上を見上げると
鳥が目の前を飛んでいる。
不自由な私を前に
自由に飛ぶ姿は、とても美しく見えた。
エサじゃないから、つつかないでね。
祈りのように呟いてしまった。

遠くの方で子供の声がする。
笑い声も聞こえた。
大きな声を出して呼んでみた。
気づいてくれない。
ここじゃ、届かないようだ。
せめてあと少しだけこちら側に
来てくれないだろうか。
そう思った。

静寂に包まれていく。
声も聞こえなくなってきた。
そろそろ時間だ。
忘れないように
この匂いを、感触を、声を覚えておこう。

だんだんと景色が薄れていく。
ゆっくりと目を閉じた。

ーーー
機械的なアナウンスが流れる。
【まもなく、終了致します】
プシュー。
【お疲れ様でした。】
【これにて、波の音体験を終了致します。】

ハッチがゆっくりと開く。
「どうだった?」

「地球に残った人々は、今もああいう感覚で生きているんだな。不便だが……感動した。」

そう答えながら
装置の中からゆっくりと出てきた。

「生き延びるためだったとはいえ、肉体を手放すなんて。先人はずいぶん思い切ったことをしたもんだ。」

無機質なゴムのようにも見える、
特殊な金属で覆われた二つの人型が、
出口へ向かって歩いていく。

「次、満員電車ってのがあるんだけど」
「どうする?」

一瞬、立ち止まった。
「それは、やめとく。」

すぐに早足で歩き始めた。


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