見出し画像

【追悼】永遠の宇宙へと溶けていった水玉 — 草間彌生さんの訃報に寄せて

YouTubeにて、草間彌生さんへの哀悼を込めた約2分間の朗読動画を公開しました。まずはその原稿のテキストを、ここにお届けします。

朗読原稿:永遠の宇宙へと溶けていったあなたへ —草間彌生さんを悼む—

静寂の中に、ぽつりと落とされたひとつの水玉。 世界を彩り、人々の魂を揺さぶり続けた前衛芸術家、草間彌生さんが、旅立ちました。 97年の壮絶で、そして美しく輝かしい生涯でした。

幼い頃から草間さんを苦しめてきた幻覚の世界。 目の前を覆い尽くす網目や水玉模様。 彼女はその恐怖に押しつぶされることなく、絵筆を握ることで、自らの命を繋ぎ止めました。

「自己消滅」—— 自分という存在を、無限に広がる水玉の宇宙の中に溶かし込んでいくこと。 それは死への恐怖や苦悩を越えて、世界とひとつになるための、彼女なりの生命の救済だったのです。

なぜ彼女の芸術は、これほどまでに世界中で愛されたのでしょうか。 単身ニューヨークへ渡り、言葉や偏見の壁と戦いながら生み出した反復の美学。 無数の水玉や鏡の部屋は、国境や時代を超えて、見る者すべてを「無限の空間」へと引き込みました。 心の奥底にある孤独や苦しみを、圧倒的なエネルギーと美しい愛へ昇華させたその強さこそが、世界中の人々の魂を打ち、共感を呼んだのです。

晩年になっても病室とアトリエを往復し、最期の瞬間まで絵筆を手放さなかった草間さん。 鮮やかな赤毛に包まれた小さな背中は、いつでも「生」と「愛」の爆発そのものでした。

「死んでもなお、私の魂は生き続ける」

彼女が作品に込めたその想いは今、永遠の光となって、私たちの心を照らし続けています。

草間さん、あなたが見せてくれた無限の愛と、色彩に満ちた世界を、私たちは忘れません。 いま、あなたは解き放たれ、大好きな水玉となって、無限の宇宙へと溶けていきました。

心からの感謝と、哀悼の意を込めて。 安らかにお眠りください。

キャンバスの外へと溢れ出した「生」の手触り

僕自身、長年「ものをつくること」に向き合い、造形や絵画の可能性を模索してきましたが、草間彌生という存在はあまりにも途方もなく、そして圧倒的でした。

1950年代末、表現主義の熱気にあふれるニューヨークへ単身で飛び込み、無数の「網目(ネット)」を描き続けた彼女の姿を思います。それは単なる斬新なスタイルの提示ではなく、自身を脅かす狂気や恐怖という「底なしの闇」に対し、一筋の絵の具で必死に境界線を築く作業であり、同時に自分を宇宙へと解放する試みでした。

彼女の手法である「同一モチーフの徹底的な反復」は、のちのミニマリズムやポップ・アートの潮流を予告し、さらには展示空間そのものを作品化するインスタレーションの先駆けとして、現代美術の歴史を根底から塗り替えました。しかし、僕たちが彼女の作品にこれほど惹きつけられるのは、そうした美術史上の功績以上に、作品からあふれ出す「圧倒的な生命の手触り」があるからではないでしょうか。

自らの弱さや恐れ、孤独を隠すのではなく、すべてを鮮やかな色彩とエネルギーに変換し、世界へ投げ返し続けた生き様。病室とアトリエを往復しながら、最期まで手放さなかったあの絵筆は、彼女にとって命をつなぐための酸素であり、世界を愛するための唯一の言語だったのだと感じます。

「自己消滅」を果たし、ひとつの水玉となって無限の宇宙へと還っていった草間さん。 彼女が遺したドットの粒は、これからも私たちの退屈な日常を穿ち、生きることの根源的な美しさを教え続けてくれるはずです。

偉大な表現者の魂に、深い敬意と祈りを込めて。

いいなと思ったら応援しよう!