「『忙しい』と唱えた瞬間、世界は小さくなる」
忙しい、忙しい、と心の中で唱えはじめた瞬間、世界は急に狭くなる。
まるで指で作った小さな穴から覗いているみたいに、机の上の書類と、時計の針しか見えなくなる。
そうなると、人は勝手に物語を作る。
笑っている同僚は敵に見えるし、ゆっくり歩く人は邪魔者になる。
でも、もうソウ太郎は知っている。
それは世界が狭くなったんじゃなくて、自分の見方が縮んだだけだということを。
だから、あえてキョロキョロする。
隣の後輩を見る。
暇そうに見えるその人の指先は、少し深く切りすぎた爪。
視線は、どこにも落ち着いていない。
ああ、この人もたぶん、何かに追われている。
人はみんな、自分の中でだけ鳴っている非常ベルを抱えている。
外からは聞こえないだけで。
世界は「忙しい自分」と「のんびりした他人」でできているわけじゃない。
ただ、それぞれが別々の締め切りに追われているだけだ。
そう思うと、少しだけ呼吸が深くなる。
世界が、指の穴ひとつ分だけ広がる。
忙しさを消す方法は、全部を片付けることじゃない。
ほんの少し、視界を横にずらすこと。
さて、もう一度だけ顔を上げて、
それから、自分のやることに戻ればいい。

もうソウ太郎
