今なら大問題? 昭和の子供の"無謀な冒険" ~水曜のひとりごと #45
焼き鳥の煙が、ふわりとカウンターの向こうから漂ってきました。
その匂いに誘われたのか、30年来の男友達が、ふとこんな昔話を始めます。
彼は、もともと会社の同僚。
私よりひとつ年上なのですが、周りからは「姉と弟のよう」とよく言われていた仲です。
実際、彼にはとても美しくパワフルなお姉さんがいて、私にはどこか頼りない弟がいる。それもあってか、その呼び方はなんとなくしっくりきていた気がします。
会うのは年に数回程度なのですが、この30年、彼を含めた当時の仲間との会食だけは欠かしたことがありません。
最近は、彼の地元にある、彼の幼馴染がやっている焼き鳥屋さんで会うことが多くなりました。
そう、この日もカウンターの向こうでは、その幼馴染が焼き鳥を焼いていました。
その日、ふと彼が話し始めたのは、彼とこの幼馴染の子どもの頃の話。
まだ小学校に上がったばかりの頃、二人で自転車に乗り、できるだけ遠くに行ってみようということになったそうです。
何時間も、何時間もペダルを漕ぎ続けた二人。
錆びかけたハンドル、少し空気の抜けたタイヤ…
幼い二人は、とにかく遠くに行くのだという目的に向かって、漕ぐのをやめませんでした。
実際にはそこまで遠くへ行けたわけではないのかもしれません。
それでも、ふと気づいたときには、自分たちの力ではもう戻れないと思うほど、遠くまで来てしまっていたといいます。
周りは知らない景色ばかり…
夕方特有の、少し心細くなるあの匂いが、あたりに漂い始めていたそうです。セミの声も、いつの間にか止んでいました。
途方に暮れる、小さな男の子二人。
よほど心細そうな顔をしていたのでしょう、通りかかったトラックのおじさんが、家の方まで乗せていってくれることになったそうです。 自転車ごと荷台に乗せてもらい、無事に町までたどり着いた二人。
その日の大冒険を、意気揚々と母親に報告したところ、烈火のごとく叱られたといいます。
知らない人の車に乗るなんて、確かに褒められたことではありません。 叱られても仕方がありません…
この話を聞いたとき、以前彼に見せてもらった子どもの頃の写真を思い出しました。
読売巨人軍の野球帽をかぶった、小さな彼。
知らない世界に行ってみたい、行けるところまで行ってみたい。そんな気持ちは、映画『スタンドバイミー』の少年たちを思わせます。
同時に、後先を考えずに一心不乱にペダルを漕ぎ続ける姿は、芥川龍之介の『トロッコ』も思い出させます。
街が夕日に染まる頃、あまりにも遠くまで来すぎてしまったことに気づき、途方に暮れる主人公の少年。
あの物語の切なさと、どこか重なります。
私は、子どもの頃からずっと怖がりでした。
知らない道に足を踏み入れることも、遠くまで行ってみることも、なんとなく怖くてできませんでした。
だから、彼のようなちょっとした「大冒険」の思い出がありません。
叱られるとわかっていても、それでも漕ぎ続けた先に見えた景色は、きっと彼の中に今もはっきりと残っているのだと思います。
それは、少し羨ましいことです…
気づけば、彼のグラスはとっくに空になっていました。
カウンターの向こうでは、幼馴染が変わらず、黙々と串を焼いています。
あの日、途方に暮れていた小さな男の子ふたりが、今こうして目の前にいる。
それだけで、なんだか胸がいっぱいになりました。
🚲今日のひとこと
戻れないと分かった瞬間の景色は
叱られてもなお、宝物として記憶に残る
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