許宸 ~ 列仙酒牌
【讃】旌羽曼曼、佩珠溥溥。儼乎其爲侍班之官
旗印は長く、腰につけた珠は大いなり。帝に仕える班の人は嚴そかである。
(酒約)名父子飮
父子で名のあるものは飲め

許宸とは?
兎に角全く不明の仙人です。手元の資料をどう探してみても、ネットでなにか手がかりがないかと見ても、この「許宸」という名前には行き当たりません。
中国で発行された栾保群解説『酒牌』を見ても《歴代神仙中無名許宸者》と書いてあります。中国人の専門家が探しても見つからないのを、日本の素人が見つけようとして出てくることはないでしょう。
しかし栾保群氏は、流石は中国の専門家です。
許宸と思える人
この酒約に書かれた「名父子」をもとに、多分この人ではないかと思える人を見つけ出しています。
以下、栾保群さんの考察の大略を書きます。
1. 神仙家のなかで名のある「許」姓の人物は少なからずいるが、父子兄弟 共に仙道を学んで有名なものとなると、東晋の丹陽の許氏になる。
2. 鮑靚や郭璞は、この丹陽の許氏の許邁(きょまい)と親しく付き合った。
3. 許邁の五番目の弟が許穆(きょぼく)で、道教上清派の第三代真師であ る。
4. 許穆には子供が二人いた。許虎牙と許翙である。
5. 許虎牙も仙人になった(亦求仙得道)
6. 許翙(ウ?ク?)は『真誥』に雷平山真人であり、二十八才で登仙し た、と書いてある。
7. 明の王世貞『列仙全伝』許穆の項に「幼子翙、小字玉斧、為侍宸仙翁」 と書いてある。北宋の王文卿を王侍宸と呼んだように、許翙を許侍宸と 呼び、これが誤って許宸と人名であるかのようにとられたのであろう。
ということで、この許宸は許翙のことであるとして、以下栾保群さんが『酒牌』に書いてある解説を続けます。
【讃】旌羽曼曼、佩珠溥溥。儼乎其爲侍班之官
「旌」とは旗の一種で、「旌羽」とはそれに羽の飾りをつけたのも。任渭長の絵で許宸が持っているものです。
ここで出てくる「侍班」とは「侍宸」と同じものを指し、宋の徽宗の時、宮中にいる道教の士に与えられた官職で、位は極めて高く(地位很高)、僅かに王文卿、林霊素 張虚白等有名な道士だけがこの地位を持っていました(仅王文卿、林灵素、張虚白等著名道士有此衔)。
ただこヽで言う「侍班之官」が、皇帝付の班なのか天帝付の班なのかは不明です。
(酒約)名父子飮
父子で共に名のあるものと言えば、許翙とその父許穆と考えれば、これは道教の有名親子と言えるでしょう。
【煩注】
許邁真人傳
許邁字叔玄,小名映,丹陽句容人也。世為胄族,冠冕相承。映總角好道,潛志幽契。曾從郭璞筮卦,遇大壯之大有上六爻發。璞謂映曰:君元吉自天,宜學輕舉之道。初師鮑靚,受中部之法及《三皇天文》。一旦辭家,往而不返。東入臨安縣山中,散發去累,改名遠游,服術黃精,漸得其益,注心希微,日夜無間。數年之中,密感玄虛,太元真人、定錄茅君,降授上法,遂善於胎息內觀,步鬥隱逸,每一感通,將超越雲漢。後移臨海赤山,遇王世龍、趙道玄傳《太初》。映因師世龍,受解束反行之道,服玉液,朝腦精,三年之中,面有童顏。臨應得道,三官都禁遣典柄侯週魴、主非使者嚴白虎,出丹簡罪簿,各執一通,詰映諸愆,如其無答,便當執也。賴得龔幼節、李開林相助,映甚怖懼,強長嘯叱吒而答曰:大道無親,唯善是與。天地無私,隨德乃矜。是以阪泉流血,無違龍髯之舉,三苗丹野,涿鹿絳草,豈妨大聖靈化,高通上達耶!吾七世祖許子阿者,積仁蘊德,陰加鳥獸,遇兇荒疫癘之年,百遺一口,子阿散財拯救,自營方藥,已死之命,懸於子阿手,得濟者四百八人。德墜我等,應得仙者五人,皆錄字青宮,豈是爾輩所可豫乎?言畢,會司命君遣中候李遵握鈴而至,魴等笑而走,即得度名東宮,為地仙中品。《『雲笈七籤』卷一百六紀傳部·傳四》
許穆。
許真君之従弟也。入華陽洞得道。後王母之女華林夫人降教之、得為佐卿仙候。幼子羽、小字玉斧、為侍宸仙翁。後華林夫人輿穆書云、玉醩金漿交梨火棗。當輿山中許道上不興人間許長史。許羽附。《明 王世貞『列仙全伝』卷四》
*栾保群さんの引用では許翙となっていますが、私の見た『列仙全伝』では許羽と簡略化した字で書かれていました。
【参考】
『任渭長木刻画四种』(学苑出版社、中国)
『酒牌』(山東書籍出版社、中国)
成寅編『中国神仙画像集』(上海古籍出版社)
『雲笈七籤』@中國哲學書電子化計劃
『列仙全伝』@web
【関連】
碧山雑文 ~ 道家
老子の言葉によった『老子』解釈を中心としてます。
その他道家関連の事々について書いています。
碧山雑文 ~ 中国詩文
個人的に興味のある中国古典詩(漢詩)及び
任渭長の版画が中心です。
尚、最近始めた AI画像生成の作品を入れたものもあります。
碧山雑文 ~ 本邦漢詩文
亀田鵬斎の一大傑作「酒仏経」だけは全訳註を行いました。
その他はほとんど進んでいません。
