琴高(きんこう)~ 列仙酒牌

【讃】 道不行、浮於海:道が行われなければ、海に行こう
(酒約)飮食魚者大杯:魚を食ったものは、大きい盃で飲め。
琴高とは?
琴高は往古の仙人です。鼓や琴を弾くのが巧かったので、宋の康王の舎人となりました。涓子や彭祖の術を使い、冀州の涿郡までの間を二百年位放浪していました。
その後官人を辞して涿水に入って竜の子どもを取ってきました。このことを弟子たちに約束して言っていたので、弟子達は潔斎して水辺で待っており、祭つる祠を設けて置きました。
弟子たちが待っていると、琴高は赤い鯉に乗ってあらわれ、祠の中に座りました。大勢の人がこれを見ました。一月ばかり経つと、琴高はまた水中に入っていきました。
上記が太平廣記・巻四及び劉向『列仙伝』の記載を訳したもので、干宝『捜神記』巻一もほとんど同文です。琴高は古い時代に居たという伝説の仙人の一人です。

短い叙述ではありますが、こヽで琴高が弟子をとり、ほこらを設けて、弟子以外にもその姿を見せた、と書いてある点に注目したいと思います。
普通の仙人は、仙の字が「人+山」でつくられているように、一人で山に隠る、または少人数の弟子を連れて山に籠り一緒に丹を練るといったような、個人として仙になることを目指している者でした。
しかし、この琴高の場合ですと、明らかに布教をしていて、なんらかの集団としての宗教宣伝活動を行っているのは間違いないでしょう。
個人としての不老長寿の願とそれを実現したいという祈りが、組織としての宗教活動に変わっていく時代につくられた布教者としての仙人像なのでしょう。
だから、弟子達に、まぁ予言のような形で「龍の子」を捕まえてくると宣言して姿を隠し、その間に弟子たちに祠をつくって待機させ、見物人の目の前に登場して、喝采を浴びるような行動をとったのでしょう。

宗教組織というものを頭から否定してかかるものではありませんが、一旦宗教組織が組織として成立してしまえば、組織としての本能に基づいて、その組織の永続性が一番肝心なこととなり、それを実現するために現実の世界と関わっていくのは、歴史上多々見るところです。
元々の個人としての信仰、たとえそれが不老不死を願うものだったとしても、そういった個々人の幸福を実現していくことよりも、その組織を拡大し、強力にしていくことの方が目的となってしまいます。
だから、時には政治権力と結びつき、時には多額の寄付を集めて金の力で支配をしようとするようになってしまいます。まぁローマ教会、イスラム教団、仏教の会派等々、いずこでも付いてまとう権力化への道となります。
所詮は人間がやっていること、結局は人間の資質の問題に帰着するしかないでしょうが...
讃の言葉は 『論語・公冶長』に出ている「子曰、道不行、乗筏浮大海:道が行われなくなったら、筏に乗って大海に行こう、と孔子先生は仰有った」という有名な言葉をもじっています。
こヽでは、琴高が鯉に乗ってまた水中に入って行ったことを指しています。
酒約は、魚は琴高の乗ってきた赤い鯉を意味しています。琴高が取りに行った竜の子ども、即ち赤い鯉、即ち魚を食った者は、罰として大きい盃で飲め、ということです。
【煩注】
琴高『列仙伝』(『太平廣記』も同文)
琴高者,趙人也。以鼓琴為宋康王舍人。行涓彭之術,浮游冀州涿郡之間二百餘年。後辭,入涿水中取龍子,與諸弟子期曰:「皆潔齋待於水傍。」設祠,果乘赤鯉來,出坐祠中。日有萬人觀之。留一月餘,復入水去。
【参考】
『任渭長木刻画四种』<学苑出版社、中国>
『酒牌』<山東書籍出版社、中国>
『列仙伝・巻上』<沢田瑞穂:平凡社>
『太平廣記・巻第四』<出列仙伝>
干宝『捜神記』巻一<平凡社東洋文庫>
窪徳忠『道教百話・水の中にも仙人』<講談社学術文庫>
成寅編『中国神仙画像集』
【関連】
碧山雑文 ~ 道家
老子の言葉によった『老子』解釈を中心としてます。
その他道家関連の事々について書いています。
碧山雑文 ~ 中国詩文
個人的に興味のある中国古典詩(漢詩)及び
任渭長の版画が中心です。
尚、最近始めた AI画像生成の作品を入れたものもあります。
碧山雑文 ~ 本邦漢詩文
亀田鵬斎の一大傑作「酒仏経」だけは全訳註を行いました。
その他はほとんど進んでいません。
