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遣悲懷三首之一 元稹

詩人としての元稹の名前は知っていても、元稹の書いた詩としてどんなものがあるかと考えて、すぐに彼の作品を思い浮かべることのできる人は少ないでしょう。

彼の友人であり、当時詩名を斉しくした白居易と比べると大きく異なっています。

<元稹 遣悲懷三首之一 自作AI>

元稹、字は微之、河南(河南省洛陽市)の生れ。十五才で明経科に及第した大秀才です。

さらに二十五才で吏部の書判抜萃科の試験に白居易と共に合格し、天子みずからが問う政治上の諸問題に対し、自らの意見を述べる(策)制科の試験に、元稹は三等、白居易は四等で合格しました。ついでながら、制科は天子みずからが非常の才を待つ試験ですから、一等二等はこれを常に空席にしておく慣行がありました(平岡『白居易』)。

この結果、元稹は二十八才にして一挙に左拾遺に抜擢された、ということは超エリートコースに乗ったことを意味しています(白居易は県尉になり、二年後に左拾遺になっています。これでも最上のエリートコースです)。

白居易は官僚としても大成功を収めてはいますが、どちらかと言えば文化人的な傾向が強かったのに比し、元稹は政治家的な性格の強い人でした。

四月二十八日に左拾遺に抜擢されるとすぐに皇帝に上奏文を次々送り、周囲に煙たがられたためか、九月十日に河南尉に転出させられてしまいます。

元稹の性格が剛直だったことによるとも云われていますが、非常な抜擢をされて自負が大きすぎたのではないかと思われます。

元稹はこの左拾遺に抜擢される以前の校書郎になった時(二十五才)に、妻を娶っています。

妻は韋氏の出身で、名は叢、字茂之、結婚の時の年は二十一才です。妻の父韋夏卿は京兆尹(首都の長官)などを歴任した名門の大官であり、『旧唐書』『新唐書』共に伝がたてられている人物です。

このような一婦人のことがなぜ判るかというと、これは韓愈の「観察御史元君妻京兆韋氏夫人墓誌銘」という文章が『韓昌黎文集』に残されているからです。

韋叢は韋夏卿の末娘であり、非常に可愛がられていました(夫人於僕射為季女。愛之)。

また韋叢の母は宰相裴耀卿の孫にあたり、韋叢は韋家・裴家という双方の血を引く名門中の名門のお嬢様でした。

当然元稹の将来性をかっての結婚でしょうが、五人の子供をもうけたと云われています。しかしながら、夫人の韋叢は二十七才にして身罷ります。

その亡き妻の想い出と死の悲しみを詠んだ詩を元稹は多数残しています。

この亡き妻を悼む遣悲懷三首は、元稹の詩の中でも卓越した出来栄えであり、悼亡詩(亡くなった妻を悼む詩)を代表するものと言えるでしょう。

<元稹 遣悲懷三首之一 詩与画>

第一首は、亡き妻の想い出を語ります。

遣悲懷三首之一 訓読

謝公最小偏憐女   謝公(しゃこう)最小(さいしょう)
          偏(ひとえ)に憐(いつくし)んだた女(おんな)
自嫁黔婁百事乖   黔婁(けんろう)に嫁(か)して自(よ)り
          百事(ひゃくじ)乖(たが)う
顧我無衣搜欖篋   我(われ)の衣(ころも)無(な)きを顧(み)て
          欖篋(じんきょう)を搜(さが)し、
泥他沽酒拔金釵   他(かれ)に泥(せが)まれて酒(さけ)を
          沽(か)うに、金釵(きんさ)を拔(ぬ)く
野蔬充膳甘長藿   野蔬(やそ)膳(ぜん)に充(み)ちて、
          長藿(ちょうかく)を甘(あま)しとし
落葉添薪仰古槐   落葉(らくよう)薪(たきぎ)に添(そ)えんと、
          古槐(こかい)を仰(あお)ぐ
今日俸錢過十萬   今日(こんにち)俸錢(ほうせん)
          十萬(じゅうまん)を過(す)ぐ
與君營奠復營齋   君(きみ)の與(ため)に
          奠(てん)を營(いとな)み、
          復(ま)た齋(さい)を營(いとな)む。

【語釈】

謝公   こヽの謝公は普の謝安を指し、謝公最小偏憐女とは謝安の
     兄謝奕の末の女の子謝道韞(しゃどううん)を指しています。
     謝道韞は才女としても名高い人でした。
     謝道韞の逸話として有名なものを煩注に入れておきました。
     元稹の夫人韋叢(いそう)も優れた人でしたので、この謝道韞
     に擬しています。

    原義は「かたよる」。こヽでは「ひとえに」「ひたすら」の意。

    「あわれむ」。いまでは「憐」を「哀」と同じようにとる人も
     おりますが、元々の意味は「いとしがる(愛)」。
     こヽでの意味は「いつくしむ」「めでる(愛)」。

黔婁   [ケンロウ] 清貧で知られた春秋時代の齊の高士。
     こヽでは元稹は自分自身をこの黔婁に比しています。

    〔カイ〕たがう、合わぬ、ことなる(異)。
     原義は「そむく(背)」「はなれる(離)」

藎篋   〔ジンキョウ〕
     藎は「かりやす」とう黄色い染料をとる草。「篋」は箱。
     こヽでは単に衣装箱の意味としておきます。
     藎篋、猶言草篋、衣箱也(喩守眞)

    〔デイ〕せがむ、ねだる

    〔カク〕豆の葉

    〔カイ〕えんじゅ、マメ科の落葉高木。

<元稹 遣悲懷三首之一 彩図>

遣悲懷 三首之一 私訳

謝公最小偏憐女   大貴族の父親に一番可愛がられていた末の娘は
自嫁黔婁百事乖   貧乏な男に嫁いで、全てにびっくりしただろう。
顧我無衣搜欖篋   私の衣がないのを見ては、衣装箱を探し、
泥他沽酒拔金釵   友人にねだられて酒を買うのに、
            金のかんざしを差し出した。
野蔬充膳甘長藿   野菜だけしかないお膳の
            豆の葉を食べてはうまいと云い
落葉添薪仰古槐   薪に加える落葉を拾おうと、
            槐の木の上のほうを見ていた。
今日俸錢過十萬   今では給料が十万を越えるようになったけど、
與君營奠復營齋   お前に対しできるのは、供養することだけしかない

まぁ言葉なんぞどうにでも書くことができますので、書いた言葉がそのままその人となりを表していると信じ込むほど若くはありません。

しかし、この元稹の詩を読むと「元稹は亡くなった奥さんに優しかったんだ」ということをひしひしと感じます。夫人の日常の動きを見ている元稹の眼差しの温かさは、本物と感じさせます。

生きている時が全てです。生きているうちに優しくしましょう。

【煩注】

謝道韞の逸話
謝公(謝安)が雪の日に、身内を集め、教えていた。ちょうど雪が降ってきたので、謝公は喜んで「雪が舞っているのをなんに例えるか?」と聞きました。兄(謝奕)の子は「空中に塩をまいたようだ」と言いました。兄の娘は「柳絮が風に吹かれているようだ」と答えました。謝公は非常に喜びました。この娘は 謝奕の娘で、王凝之の妻となりました。
謝太傅寒雪日内集、與児女講論文義。俄而雪驟。公欣然曰、白雪紛紛何所似。兄子胡児曰、撒鹽空中差可疑。兄女曰、未若柳絮因風起。公大笑樂。即公大兄無奕女、左將軍王凝之妻也。(『世説新語』言語編)

謝道韞は文章に優れており、書くものすべて、世の中に伝わりました。
婦人集曰、謝夫人名道韞、有文才。所著詩賦䛶頌、傳於世。(『世説新語』言語編、注)

黔婁について
黔婁先生者齎人也。修身清節、不求進於諸候。魯恭公聞其賢、遣使致禮、賜粟三千鐘、欲以為相、辭不受。齊王又禮之、以黄金百斤、聘爲卿、又不就。著書四篇、言家道之務。號黔婁子。終身不屈以壽終。(皇甫謐『高士傳』巻中)

安貧守賤者 自古有黔婁 好爵吾不栄 厚饋吾不酬 一旦壽命盡 弊服仍不周 豈不知其極 非道故無憂 従来將千載 未復見斯儔 朝輿仁義生 夕死復何求(陶淵明「詠貧士 其四」)

黔婁有言、不戚戚於貧賤、不汲汲於富貴。(陶淵明「五柳先生傳」)

俸給十万銭について
《当時元稹は観察御史だったが、その俸給は三万銭であった筈である。六部の尚書(長官)とか御史の長官の俸給が十万銭であった》との指摘が平岡『白居易』に出ています。

俸給十万銭との整合性をとろうと、この詩を死後八年を経過して元稹が偉くなってかつくったとする中国人の学者の説を、平岡さんは一蹴しています。

これに対しての一つの見方として《近体詩において平声の数詞を使おうとすれば、三と千しかない》という松浦さんの「烽火連三月」での説明があります。要するに、中国語の数詞は仄声ばかりで平声がないということです。

この場合は、逆に、平岡さんの御指摘のように「実際の俸給は三万銭」であっても、平仄の関係で、この詩の該当箇所には平声の「三」を入れられない、四でも五でも仄声で良いけれども、区切りの良い仄声の「十」にしたんじゃないかと思っています。

【参考】
松浦友久編『漢詩の事典』(大修館書店)
鹽谷温『唐詩三百首 新釈』(書籍文物流通会)
目加田誠『唐詩三百首』(東洋文庫、平凡社)
陳婉俊補注『唐詩三百首』(商務印書館、香港)
喩守眞『唐詩三百首』(臺灣中華書局、臺北)
平岡武夫『白居易』(中国詩文選、筑摩書房)
松浦友久「烽火連三月~数詞の声調をめぐって」(『詩語の諸相』所収、研文出版)
一海知義『陶淵明』(世界古典文学全集、筑摩書房)
清水茂訳『韓愈』(世界古典文学全集、筑摩書房)

【関連】

碧山雑文 ~ 道家
   老子の言葉によった『老子』解釈を中心としてます。
   その他道家関連の事々について書いています。 

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   個人的に興味のある中国古典詩(漢詩)及び
   任渭長の版画が中心です。
   尚、最近始めた AI画像生成の作品を入れたものもあります。

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