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楽游原 ~ 李商隠

李商隠について記録として残されているものはあまりありません。というのも、李商隠は役人としてはそう高い地位に上ったわけではなく、正規の史書(『旧唐書』、『新唐書』)には簡単な記述が残されているだけです。

というよりも、中央での活躍がなく、地方の節度使に仕えていた時代が多かった李商隠が、兎にも角にもその名前を正史に残すことができたのは、ひとえにその詩の評価が高かったためでしょう。ここで取り上げる「楽游原」はその李商隠の代表作の一つです。

<楽游原 自作AI>

楽遊原(訓読)

向晩意不適   晩(くれ)に向(なんな)んとして
          意(い)適(かな)わ不(ず)
驅車登古原   車(くるま)を駆(か)りて
          古原(こげん)に登(のぼ)る
夕陽無限好   夕陽(せきよう)無限(むげん)に好(よ)し
只是近黄昏   只(ただ)是(これ)
        黄昏(こうこん)に近(ちか)し

<李商隠 楽游原 彩図>

楽遊原(私訳)

向晩意不適   夕方近くなっても気が晴れない
驅車登古原   車を飛ばして楽游原に上ってみた
夕陽無限好   夕日が素晴らしかった
只是近黄昏   もうすぐ宵闇になるだろう。

<李商隠 楽游原 詩与画>

【語釈】

楽游原   手頃な地図が見つからなかったので、『長安の春』所載の
      「長安付近古跡図」に楽游原の位置を描きこんだものを
      下記します。

<楽游原 推定位置>

以下は全て『漢詩の事典』よりの引用です。

元々は秦の宜春苑の跡地であり、前漢の長安の東南郊外十数キロのところにあったが、隋唐時代、都が南遷したため、その主要部分は長安城内に入ることとなった。

楽游原は長安城の東南部昇平坊の東北隅を中核として、東北ー西南方向に三キロ走る、標高約四百五十メートルの高い台地の名(新昌・昇道・宣平坊の一部を含む)

青龍寺は、楽游原のゆるやかな南斜面の高台に位置し、長安城の東南部、新昌坊の東南隅にあった名刹の名

向晩    「夕方、夕暮れ時」の意とするものと
      「日暮に近づいてゆく」とするものの両説がありますが、
      詩の意味的には大きな違いはないでしょう。
意不適   気が滅入った
古原    楽游原のこと。
      歴史的に由緒のある場所なのでこういう風に言った。
只是    伝統的な解釈では「しかし。...だが」となっています。
      個人的には「ただひたすらに」という河合氏説に賛同して
      訳しています。

改めて書くまでもありませんが、中国で詩を書くということは、一般人には不要な事でした。詩というものは科挙という官吏採用試験に受かるために必須の受験科目であり、優秀な人材はそのまま多かれ少なかれ出世の道を歩いて行った時代です。

李商隠も当然子供の頃から優秀であり、進士となっています。

李商隠は子供の頃に令狐楚に認められ、いろいろ世話になっていましたが、王茂元に招かれてその配下に入り、王茂元の娘を妻にしました。

その当時、俗にいう牛李の党争が行われており、令狐楚は李宗閔と共に牛党(牛僧儒一派)の中心人物であり、王茂元は李党(李徳裕一派)であり、李徳裕に重用されていました。このため、李商隠は牛党から見れば裏切り者であり、権力を握った牛党から冷たくされた、と旧唐書には書いてあります。

しかしながら、個人的には、川合康三さんが解説で書いておられるような「しかし近年は二つの党派は単純に色分けされるものではなく、人の行き来もあったこと、また末端の李商隠にとってさほど大きな影響は及ばなかったであろうこと、そうした点から見直されている」に賛同しています。

もっと言ってしまえば、李商隠は詩や文章を書くという才能には恵まれていたでしょうが、実用的な面ではそうでもなかった、まぁ天性の詩人ともいうべき人だったんではないかと思っています。

たしかに、令狐楚が死んでしまう、王茂元が死んでしまうという庇護者が次々といなくなってしまったのは不運の一言ですが、そんなときに支えてくれる人を見つけることができず、子供の頃からの知合いの令狐綯(令狐楚の子)に職の斡旋を頼むしかなかったのは、李商隠のそういった一面が現れたのではないかと思っています。

そういった李商隠のある意味不遇だった生涯を思い浮べると、この詩は「遅暮之感。沈淪之痛。触緒粉來。悲涼無限」(何義門の評、鹽谷引用)と自らの不遇を歌ったという解釈もありますし、「結到意不適、此李公傷老詞」というふうに「老いを嘆く」という解釈もあります。また、愛国の詩人楊萬里のように「蓋し唐の衰ふるを憂ふるなり」(『詩林広記前集巻六所引』)と解釈する人もいます。

個人的には、まぁそんな解釈はどうでもいいのです。

楽游原から見下ろす長安は空一面の夕映えに照らされている素晴らしい光景、これからなにを感じるかは人それぞれ、詩人のすべての思いは「好」の一言に尽されていると思っています。

【参照】

松浦友久編『校注唐詩解釈辞典』(大修館書店)
松浦友久編『漢詩の事典』(大修館書店)
井波律子訳註「旧唐書巻百九十下 李商隱伝」
      (小川環樹編『唐代の詩人』、大修館書店)
川合康三『李商隠詩選』(岩波文庫)
高橋和巳注『李商隠』(中国詩人選集、岩波書店)
簡野道明『和漢名詩類選評釋』(明治書院)
鹽谷温『唐詩三百首新釈』(書籍文物流通会)
目加田誠訳註『唐詩三百首』(東洋文庫、平凡社)
石田幹之助『長安の春』(東洋文庫、平凡社)
植木久行『唐詩の風景』(講談社学術文庫)
周海褊注『彩図唐詩三百首』(海洋出版社、北京)
本社編『詩与画 唐詩三百首』(上海辞書出版社)

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