「錦瑟」 ~ 李商隠
綺麗だけれど意味がはっきりとは判らないと云われる李商隠の詩の中でも《この「錦瑟」は、高度な象徴性のゆえに、最も難解な作品として、千百年余にわたって詩人や詩評家たちを苦しめてきた。すなわち、よくいえばいかなる解読も自由な、悪く言えば解読の不可能な、作品であったわけである》(『校注 続唐詩解釈辞典』)と言われてきた作品です。
と言っても、この「錦瑟」を李商隠は詩として発表しています。西洋ミステリーによく出てくる「特殊の秘密を解き明かす文書」といった類のものではありません。ですので、この詩の解釈も、ごく普通に中国の古典詩を鑑賞する立場で読んでいきたいと思います。

錦瑟 訓読
錦瑟無端五十絃 錦瑟(きんしつ)端(はし)無(な)くも
五十絃(ごじゅうげん)
一絃一柱思華年 一絃(いちげん)一柱(いっちゅう)
華年(かねん)を思(おも)う
荘生暁夢迷蝴蝶 荘生(そうせい)暁夢(ぎょうむ)
蝴蝶(こちょう)に迷(まよ)い
望帝春心托杜鵑 望帝(ぼうてい)春心(しゅんしん)
杜鵑(とけん)に托(たく)す
滄海月明珠有涙 滄海(そうかい)月(つき)明(あき)らかに
珠(たま)涙(なみだ)有(あ)り
藍田日暖玉生烟 藍田(らんでん)日(ひ)暖(あたた)かく
玉(ぎょく)烟(けむり)を生(しょう)ず
此情可待成追憶 此(この)情(じょう)待(ま)つ可(べ)く
追憶(ついおく)と成(な)る
只是當時己惘然 只(ただ)是(これ)當時(とうじ)
己(すで)に惘然(ぼうぜん)
【逐条解釈】
錦瑟無端五十絃 一絃一柱思華年
李商隠は己の五十年の人生を振り返り、さまざまなことがあったと思ったのでしょう。
五十年の人生の一年一年を、瑟の絃一本一本に比し「あぁいろんな音だったなぁ(いろんなことをしてきたなぁ)」と感じたのでしょう。
実際のところ、李商隠は四十八才(川合)とか四十七才(高橋)で死んだと言われており、五十才までは生きておりませんでしたが、それに近い歳になって自分の来し方を眺め、自分を総括する意味でこの詩を書いたのでしょう。
この「錦瑟」詩は李商隠が自分で編集した別集『樊南甲集』の冒頭に置かれていますので、李商隠自身もそう考えていたのではないかと感じられます。
荘生暁夢迷蝴蝶
この句は「迷胡蝶」を引き出したいためのもので、「迷胡蝶」の前のある「荘生暁夢」は、言ってしまえば枕詞のようなものでしょう。もちろん、枕詞よりは意味的につながりを持っていますが…
李商隠は莊子に出てくる「夢の中で自分が莊周なのか胡蝶なのか区別がつかない」状態、すなわち「迷蝴蝶」を、若い頃恋に夢中になっていた自分の姿を象徴するものとして重ね合わせたのでしょう。
この句の「暁夢」を捉えて、『荘子』のこの部分には明け方に夢を見たなんて書いていないとか、『荘子』の他の部分を引き合いに出して云々しているのは、獺祭魚を獺祭して遊んでいるだけでしょう。
これは「詩」です。荘子を荘生と表現しているのは「平仄」の関係(生は平声、子は仄声)だけであって、特別な意味を意図しているわけでないのと同じです。
望帝春心托杜鵑
これも「托杜鵑」をイメージとして使いたかったので、「托杜鵑」を引き出すために「望帝春心」と使ったのでしょう。
こヽで当時杜鵑がどういう風に思われていたかは、段成式『酉陽雑俎』に書かれているように「血を吐く鳥」でしょう。李商隠も恋をして血を吐くような苦しみを感じた、特に恋の終りに際しては…、
こヽでも「望帝」の故事を細かく云々して密通だとか言ってる方もいますが、月を指す指のようなもので、見えない人には見えないものなのでしょう。

滄海月明珠有涙
この句も云わんとするのは「珠有涙」でしょう。「珠」は李商隠の恋した相手の女性を思い浮かばせ、李商隠は多分に女の人を泣かせ、涙を流させたのでしょう。
青い海(滄海)、皎皎と輝く月(月明)の下で、人魚(鮫人)の流す涙が真珠になるというイメージを重ね合わせ、美しい活人画を描き出しています。
藍田日暖玉生烟
この句も同じく「玉生烟」を引き出すために「藍田日暖」を使っています。
藍田は玉の産出地としても名高く、玉の縁語ともなっています。
陽の光に照らされて暖まった玉が烟のようになって消えて行く(玉が煙となって消えてしまうのは、韓重と玉(別本では紫玉)の恋物語で描かれています)、うまく行っていると思っていた相手がふっと姿を消してしまったような状況を描くのにぴったりの表現かと思います。
此情可待成追憶
通常の読み方とは違い、七言句の定形的な読み方二字ー二字ー三字(此情ー可待ー成追憶)で読んでいます。
「此情」とは先の四句に表されたようなもろもろの体験、それらは待たなければ「可待」、「追憶」と思えるようにはならない、経験したことは、心の中で発酵させなければならないと言っているのでしょう。
時間が経たなければ、生々しすぎるということかもしれません。
只是當時己惘然
もう言葉通りでしょう。
そういったことをやっている最中はすべてが判然とせず、そのことにだけかかりっきりで、全く周りが見えず、いちいち振り返る暇などなかったでしょうから…

【語釈】
錦瑟 彩りを施した瑟(川合)。
その桐の胴に錦のような絵模様のある大琴(高橋)。
飾るに宝玉を以ってし、絵文錦の如し、故に錦瑟といふ(鹽谷)
「瑟」は弦楽器の一種。琴が五弦ないし七弦、箏が古くは五弦、
のちに十三弦であるのに対し、瑟は二十五弦(川合)。
無端 ふと、偶然といふが如し(鹽谷)
わけもなく、これという理由もなく(河合)
はからずも、思いもよらず(『唐詩解釈辞典』)
華年 人生における華やかな年月(『唐詩解釈辞典』)
盛年といふが如し、少年の時をいふ(鹽谷)
青春。華やげる愛の年月(高橋)
荘生 戦国時代の道家の思想家である荘子(莊周)
(『唐詩解釈辞典』)
莊子が胡蝶になった夢を見た話を典拠にしている。
詳しくは煩注を見てください。
望帝 神話中の蜀の天子、杜宇のこと(『唐詩解釈辞典』)
春心 恋情(川合)
滄海 滄々とした海原(『唐詩解釈辞典』)
藍田 長安の東南三十キロあたりに藍田県があり...
その藍田山は玉の産地として知られた。(川合)
錦瑟 私訳
錦瑟無端五十絃 飾り立てた瑟は、なぜか五十弦でした。
一絃一柱思華年 その一弦一柱に華やかだった昔のことを思い出します。
荘生暁夢迷蝴蝶 莊子は夢で胡蝶になって自分を忘れてしまいました
(このように、私も恋に酔いしれたこともありました)
望帝春心托杜鵑 望帝はほとゝぎすにその恋心を託しました
(私も恋の終りに血を吐く思いがありました)
滄海月明珠有涙 蒼い海で月の明りに照らされて人魚が涙を流しています
(私に涙をながされてしまったこともありました)
藍田日暖玉生烟 藍田の暖かい日に玉が烟となって消えてしまう
(ように、私から去って行った人もおりました)
此情可待成追憶 こういった出来事は時間をかけて
追憶になっていくものです。
只是當時己惘然 あの当時はただすべてが無我夢中でした。
【煩注】
五十弦の瑟は有ったのか?
先ずあちこちの解説書で蘊蓄が述べられている「五十弦」ですが、大昔に在ったと伝えられているような楽器が、ある日突如李商隠の手元にあった、という書き出しです。
現在の小説(特にライトノベル)や映像作品でも、冒頭に現実とは違う情景・状況を示すことで、こヽがあなたや私の居る実空間ではないことを示唆します。
李商隠のこの詩でも同じで、現実に存在していない「五十弦の錦瑟」を持ち出すことで、これは現実の世界ではなく、李商隠の心の中の世界であることを示してるのでしょう。
もし、五十弦の錦瑟があったとします。
誰も知らないその楽器でどう演奏するのでしょうか?
そしてその楽器で演奏する曲はどこに在るでしょうか?
ちょっと常識で考えれば、五十弦の錦瑟なんてものがこの世にあり得ないということがすぐに解ります。
「作品に現れたものが現実に存在しているか、現実を反映した何かでなくてはならない」という風に考えるのは、想像力の欠如した自然主義文学の置き土産かもしれませんし、そう解釈する人は幾つになっても都会的な文化を理解できない田舎の青年団員のままであるのかもしれません。
李商隠は、晩唐の詩人の中でもひときわ都会的な詩人であったと思っています。
莊生
莊子の著書『荘子』に《莊子は胡蝶になった夢を見た。ひらひらと蝶々のように飛んでいた。自分が蝶々であると思って愉しんで、莊子であることを覚えていなかった。突然目が覚めてみたら、自分は間違いなく莊周であった。莊周が夢で胡蝶になったのか、胡蝶が夢で荘子になったのかは判らない。莊周と胡蝶は別のものであることは間違いないのだが……。これを物化という。》とあります。
昔者莊周夢爲胡蝶。栩栩然胡蝶也。自喩適志與。不知周也。俄然覺、則蘧蘧然周也。不知周之夢爲胡蝶與、胡蝶之夢爲周與。周與胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。(『荘子』斉物論篇)
まぁこの話自体、『荘子』の中でも最も難解と言われる斉物論篇の最後にひょっこり現れますが、斉物論篇の主題とどう関係づけるかも諸説あります。個人的には、逍遙遊篇の鵬と同じく、自由闊達・自在無礙な精神の在り方を象徴していると感じています。
望帝
望帝とは中国の古い伝説で伝えられている蜀の皇帝です。
大洪水が起き望帝ではうまく治められなかったので、部下の大臣の鱉靈を派遣しました。その間に望帝は鱉靈の妻と密通をしてしまいました(望帝不能治,使鱉靈決玉山,民得安處。鱉靈治水去後,望帝與其妻通)。
望帝は己を恥じて位を鱉靈に譲り、蜀を去りました。望帝が望帝が去った時ホトトギスが鳴いたので、蜀の人は、ホトトギスが望帝を思って鳴くのだと悲しみました。望帝とは杜宇のことです。(望帝去時子圭鳴,故蜀人悲子圭 鳴而思望帝。望帝,杜宇也,從天墮。)
後有一男子,名曰杜宇,從天墮,止朱提。有一女子,名利,從江源井中出,為杜宇妻。乃自立為蜀王,號曰望帝。治汶山下邑,曰郫化,民往往複出。
望帝積百餘歲,荊有一人,名鱉靈,其尸亡去,荊人求之不得。鱉靈尸隨江水上至郫,遂活,與望帝相見。望帝以鱉靈為相。時玉山出水,若堯之洪水。望帝不能治,使鱉靈決玉山,民得安處。鱉靈治水去後,望帝與其妻通。慚愧,自以德薄不如鱉靈,乃委國授之而去,如堯之禪舜。鱉靈即位,號曰開明帝。帝生盧保,亦號開明。
望帝去時子圭鳴,故蜀人悲子圭 鳴而思望帝。望帝,杜宇也,從天墮。(鄭樸輯『蜀王本紀』)
杜鵑
ほとゝぎすは血を吐くというイメージがついてまわる鳥です。
李商隠と共に三十六体の一人とされる段成式の書にも次のように書かれています。杜鵑は当時こういった風にとらえられていたことが解ります。
杜鵑,始陽相催而鳴,先鳴者吐血死。嘗有人山行,見一群寂然,聊學其聲,即死。初鳴先聽其聲者,主離別。廁上聽其聲,不祥。厭之法,當為大聲應之。(『酉陽雑俎』卷十六「広動植物之一」)
*「三十六体」とは、李商隠・温庭筠・段成式の三人の駢儷文の達人を総称して言う言葉です。この三人とも排行(一家の同世代の人々を順番をつけて呼ぶ)が十六であったので、こう呼ばれています。
月を指す指(蛇足)
禅とかいった方面で使われる言葉ですが、折角月を指して「ほらあれだよ」と教えても、教えられる方は月を見ずに指だけを見ている、あまつさえ「汚い指だなぁ」なんて余計なことを考える人も居る、というお話。
韓重と玉
呉王夫差の娘玉(18才)と韓重(19才)との間の典型的な悲恋物語。
二人は恋仲になり、韓重は斉魯へ勉学に行くことになり、両親を通じて結婚を申し入れましたが、呉王夫差は許しませんでした。玉は元気がなくなり死んでしまいました(玉桔気死)。
三年たって韓重は勉学を終えて帰ってきましたが、玉が死んでいたのでびっくりし、墓参りをしました。そこへ玉が現れ、三日ほど共に過ごした後、韓重に一寸ばかりの明珠を韓重に贈りました。(三日三夜,盡夫婦之禮。臨出,取徑寸明珠以送重)。
韓重がこのことを夫差に告げましたが、夫差は大いに怒ったので、韓重は逃げて又墓に帰り、玉に訴えました。玉は王の前に姿を表して説明をしました。
玉の母親(呉王夫差の夫人)は娘の声を聞いて飛び出し、娘を抱きしめると娘は煙となって消えていってしまいました(夫人聞之,出而抱之,正如煙然)(『太平廣記』卷三百十六「韓重」)
【参考】
松浦友久編『校注 続唐詩解釈辞典』(本項担当:高橋良行、大修館書店)
周海褊注『彩図 唐詩三百首』(海洋出版社、北京)
上海辞書出版社編『詩輿画 唐詩三百首』(上海辞書出版社、上海)
高橋和巳注『李商隠』(中国詩人選集、岩波書店)
川合康三編訳『李商隠詩選』(岩波文庫)
吉川幸次郎・小川環樹編『唐詩選』(筑摩書房)
鹽谷温『唐詩三百首 新釋』(書籍文物流通会)
村上哲見『三体詩』(新訂中国古典選、朝日新聞社)
目加田誠『唐詩三百首』(東洋文庫、平凡社)
陳婉俊補注『唐詩三百首』(商務印書館、香港)
喩守眞『唐詩三百首』(臺灣中華書局、臺北)
松枝茂夫編『中国名詩選』(ワイド版 岩波文庫)
福永光司『荘子』(新訂中国古典選、朝日新聞社)
松浦友久編『漢詩の事典』(大修館書店)
『蜀王本紀』@中国哲学書電子化計劃
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老子の言葉によった『老子』解釈を中心としてます。
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個人的に興味のある中国古典詩(漢詩)及び
任渭長の版画が中心です。
尚、最近始めた AI画像生成の作品を入れたものもあります。
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