第8話 リスボン到着
ロカ岬を後にし、黒のAUDIは再び東へ向かった。
やがて道路の先に、大きな橋と広い水面が見え始める。
リスボンに着いた。
ポルト、コインブラ、そしてリスボン。
ポルトガルの主要都市は、皆、大きな川に沿って発展してきた。
ポルトはドウロ川。
コインブラはモンデゴ川。
そして、リスボンはテージョ川。
大航海時代、バスコ・ダ・ガマの船団も、日本へキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルも、このテージョ川の埠頭から未知の海へ向かっていった。
もっとも、現在の景観は過去の大地震によって大きく変貌しており、歴史上のその場所とは少し異なるという。
それでもなお、この岸辺に立っていると、遥かな時代の船出の気配がどこかに残っているような気がした。
その場所へ、私はようやく辿り着いた。
五十年近くFadoを聴き続けてきた。
そして今、その歌が生まれた国の首都へ、自分の足で立っている。
歴史の重みが、静かに身体へ覆いかぶさってくるような感覚があった。
だが、その感慨を吹き飛ばすような出来事も起こる。
私は事前の予習で、リスボンがテージョ川によって栄えた都市であることを十分理解していたつもりだった。

ところが、実際に目の前へ現れた“川”は、私の想像を遥かに超えていた。
巨大な貨物船が浮かび、山のような豪華客船が何隻も停泊している。
向こう岸まで、何キロあるのだろう。
どう見ても海にしか見えない。
そこで私は、ここまで同行してくれたガイド氏へ、つい妙な質問をしてしまった。
「この海は、何という海ですか?」
彼は一瞬だけ口元を歪めた。
そして、少し呆れたように、しかしどこか面白がるように言った。
「テージョ川ですよ。スペイン語ではタホ川と言います。」
私は思わず苦笑した。
どうしても、これを“川”とは思えなかったのだ。
夕方五時頃、ホテルへ到着。
ガイド氏と別れ、まずはコンシェルジュへ向かった。
目的は、もちろんFadoレストランの予約である。
ところが返ってきた答えは、実に厳しかった。
「予約は二日前までに必要です。今夜はどこも満席です。」
さすが本場だ。
だが、こちらも簡単には引き下がれない。
「二日後は帰国日なんだ。何としても明日中には、どこかのFadoレストランへ行かなくてはならない。それが今回の旅の目的なんだ!」
そんなことを半ば必死に伝えながら、何とか明日夜の予約を確保してもらった。
五十年越しの本場のFadoは、さらに一晩待つことになった。
続いてコインランドリーを探す。
しかし街中にはなかなか見当たらない。
旅も終盤に至り、洗濯物の問題は徐々に深刻になってくる。
結局、この日の洗濯は断念した。
その後、夕食の店を目指して市内を速足で歩く。

黄色い路面電車が、狭い坂道を軋みながら登っていく。
リスボン名物として知られるこの電車だが、同時にスリが多いことでも有名だという。
観光客らしき人々が、皆どこか鞄を気にしている姿が妙に印象に残った。

さらに歩くと、サンタ・ジュスタのエレベーターが姿を現す。
二十世紀初頭、エッフェルの弟子によって設計されたという鉄骨構造の巨大な昇降機である。
だが、乗り場には長蛇の列。
今回は写真だけで満足することにした。
夕闇が近づく頃、コメルシオ広場へ出た。

ドン・ジョゼ一世の騎馬像が、広場の中央に静かに立っている。
この場所から、多くの船団が大西洋へ旅立っていった。
未知の海へ。
未知の大陸へ。
そして、戻れないかもしれない航海へ。
広場へ吹き抜ける夜風の中で、私はしばらく黙ってテージョ川を眺めていた。
ようやく、Fadoの都へ辿り着いたのだ。
その後、今宵の夕食の場所として選んだのは、テージョ川沿いのレストランだった。
本場のカタプラーナ鍋を頂くことにする。
まずはcerveja(冷えたビール)、そしてvinho branco(芳醇な白ワイン)をゆっくり味わう。
ようやくリスボンへ辿り着いたという安堵感もあり、ワインは実に美味かった。
やがて運ばれてきたのは、銅製の丸いカタプラーナ鍋。

我が家では、実は本物のカタプラーナ鍋をポルトガルから取り寄せており、私自身が時々これを使って海鮮料理を作っていた。
だからこそ、本場への期待は大きかった。
だが、実際に口にしてみると、少し意外だった。
確かに美味い。
だが、妙に都会的で洗練され過ぎている。
もっと武骨で、魚介が鍋から溢れ出るような力強さを、私はどこか期待していたのだ。
思わず心の中で呟いた。
「これなら、我輩の作るカタプラーナの方が、もっとポルトガル的かもしれない。」
そんな不遜な感想を抱いてしまった自分に、少し笑ってしまった。
