第14話 Com Que Voz ―どんな声で(With What Voice)―

ポルトガルから帰国してしばらくたった頃、私はいつものようにアマリア・ロドリゲスのCDを静かに再生した。
アルバムのタイトルは『Com Que Voz』。
若い頃から何度も聴き続けてきた一枚だ。
しかし、その題名の意味を深く考えたことはなかった。
むしろ私の関心は、一曲一曲に向いていた。
レコードの時代には何度も針を落とし、CDになってからも同じ曲を繰り返し聴いた。
私にとって『Com Que Voz』とは、ただのアルバム・タイトルでしかなかったのだ。
ところが、ポルトガルを旅してから、不思議なことが起きた。
同じCDを再生しているはずなのに、以前とはまったく違って聴こえる。
いや、正確には、歌だけが聴こえているのではなかった。
ポルトガルで歩いた石畳が見える。
街角で交わされたポルトガル語が聴こえてくる。
博物館で見た歴史の重みがよみがえり、ファド酒場の静けさまで思い出される。
一枚のCDが、私の記憶を次々と呼び覚ましていった。
アマリアの歌声に寄り添うギターラの繊細な響きは、ポルトガルの街並みや人々の面影を、より鮮やかに私の中へ呼び戻してくれる。
それは、まるで平面だった世界が立体になっていくような感覚だった。
以前は音楽だけを聴いていた。
今は、その音楽の向こうにあるポルトガルという国まで感じられる。

私の中で、『Com Que Voz』は二次元から三次元になった。
「Com Que Voz」とは、「どんな声で(With What Voice)」という意味だという。
帰国してから何度もこの旅を思い返すうちに、その言葉が少しずつ私の中で意味を持ち始めた。
もちろん、その深い意味を理解したなどとは思っていない。
けれど、このアルバムに、なぜこの題名が付けられたのか。
その理由を、以前より少しだけ感じ取れるようになった気がしている。

旅とは、景色を持ち帰るだけのものではない。
一つの言葉の意味さえも、静かに変えてしまう力がある。
ポルトガルを旅してから、『Com Que Voz』は、私にとって単なるアルバムタイトルではなくなった。
ポルトガルを旅する前、私は『Com Que Voz』を聴いていた。
そして今は、
『Com Que Voz』という言葉に耳を傾けている。
