第12話 外壁が教えてくれたサウダーデ
ポルトガルで迎えた最後の朝。
ホテルをチェックアウトし、空港へ向かうまで少し時間があった。
リスボンの街をゆっくり歩いていると、一つの工事現場に足が止まった。
建物は新築工事の真っ最中なのに、正面の外壁だけが、そのまま残されている。

「なぜ、こんな造り方をするのだろう。」
しばらく眺めているうちに、少しずつその意味が見えてきた。
新しい建物は造る。
しかし、その街が歩んできた歴史や記憶まで壊してしまうことはしない。
過去を抱きしめながら、未来を築いていく。
それが、この国の人たちの価値観なのかもしれない。
私は、その姿にポルトガルという国の精神を見たような気がした。
ポルトガルには「サウダーデ」という言葉がある。
日本語にぴったり当てはまる言葉はないと言われるが、私は今回の旅で、こう理解するようになった。
「過去を慈しみながら、未来へ歩いていく心。」
その思いは、街並みだけではなかった。
私は若い頃から、アマリア・ロドリゲスの歌を聴き続けてきた。

レコードが擦り切れるほど聴き、時代がCDへ変わっても、また同じ歌を買い求めた。
『Com Que Voz』。
その一曲一曲が、いつしか私の人生に寄り添う音楽になっていた。
今回、その歌が生まれた国を歩き、街角でファドを聴き、人々と出会い、この工事現場を見たとき、長年心の中にあった音楽が、ようやく一つにつながったような気がした。
ポルトガルを旅して分かったことがある。
サウダーデとは、過去へ戻ることではない。
過去を大切に抱きながら、今日を生き、明日へ歩いていくことなのだ。
こうして振り返ると、この旅で私が持ち帰った一番大きなお土産は、お菓子でもワインでもなかった。
それは、「サウダーデ」という、一つの生き方だった。
