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第19話『それでも、人は歌った』~~悲しみを消さずに生きるということ~~

人は、悲しいから歌うのだろうか。
それとも、悲しみを抱えたまま生きていくために、歌うのだろうか。
ポルトガルを旅してから、そんなことを考えるようになった。

リスボンの坂道を歩いた。
アルファマの狭い路地を歩いた。
テージョ川を眺め、大航海時代の華やかな歴史と、その陰にあった人々の姿を思った。

海へ出ていった男たちがいた。
そして、その帰りを待った女たちがいた。
帰ってきた者もいただろう。
帰らなかった者もいただろう。
残された人々には、それでも次の日がやってきた。
働かなければならない。
食べなければならない。
子どもを育てなければならない。
そして、生きていかなければならない。
そんな暮らしの中から、FADOという歌が生まれてきたのではないだろうか。

もちろん、FADOの起源を一つの物語だけで説明することはできない。
港町の文化、船乗りたち、アフリカやブラジルから伝わった音楽、そしてリスボンの庶民の暮らし。
さまざまなものが混ざり合いながら、今日のFADOへと育っていったのだろう。

しかし、私にはどうしても、その根底に「人の涙」があるように思えてならない。
愛する人との別れ。
叶わなかった恋。
貧しい暮らし。
失われた時間。
そして、もう戻ることのできない過去。
それらを、人は忘れることができない。
だから歌ったのではないか。

FADOを聴いていると、悲しみを追い払おうとしているようには聞こえない。
むしろ、

アルファマのファドレストランへ。長く憧れてきた夜が始まる。

「悲しいものは、悲しいままでいい。」
そう言っているように聞こえることがある。
そこが、私にはとても不思議だった。

日本には、演歌がある。
演歌にも、別れがあり、涙があり、故郷があり、叶わなかった恋がある。
海を見ながら誰かを待つ女もいる。
酒を飲みながら昔を思い出す男もいる。
言葉も文化も違うのに、人が胸の奥に抱えているものは、それほど違わないのかもしれない。
だから私は、FADOを聴きながら、ときどき日本の演歌を思い出すのだろう。

悲しみは、消すことができなくても、歌うことはできる。
涙は、止めることができなくても、その涙に旋律を与えることはできる。
そして人は、その歌を誰かと一緒に聴くことができる。
アルファマの小さなファド酒場で、私はそんな光景を見た。

歌が始まると、店内から話し声が消えた。人々はただ、その声に耳を傾けていた。

歌い手が歌い始めると、店の中が静かになる。
客たちはグラスを置き、その声に耳を傾ける。
そこにいる人たちは、それぞれ違う人生を生きている。
それでも、その数分間だけは、一つの歌を一緒に聴いている。
私は、そこにFADOという音楽の強さがあるように思った。

悲しみを消してくれるわけではない。
人生を明るく変えてくれるわけでもない。
それでも歌は、人がもう一度立ち上がるまで、ほんの少しだけ、その傍らにいてくれる。

ポルトガルの人々は、長い歴史の中で、何度も別れを経験してきた。
それでも、人は歌った。
悲しいからではない。
悲しみを忘れるためでもない。
悲しみとともに、それでも生きていくために歌ったのではないだろうか。

十八歳で初めてFADOを聴いてから、私は五十年以上、この歌に惹かれ続けてきた。
そして今になって、ようやく少しだけ、その理由が分かってきたような気がする。

けれども――
まだ、一つだけ答えていない問いが残っている。
では、私にとってFADOとは、いったい何だったのだろう。

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