第18話 十八歳の夢 ~ アマリアが運んでくれたもの ~
十八歳の頃だった。
初めてファドを耳にした私は、一つの夢を抱いた。
「いつか本物のファドを聴きにポルトガルへ行きたい。」
豪華な劇場ではない。
場末のファド酒場で、焼きたての鰯をあてに、安いワインを飲みながら、静かにファドを聴いてみたい。
そんなささやかな夢だった。
それから長い年月が流れた。
夢は叶わないまま歳月だけが過ぎていったが、不思議なことに、その想いだけは少しも色褪せることはなかった。
その間、私のそばには、いつもアマリア・ロドリゲスの歌があった。

レコードを聴き、やがてCDを聴いた。
そして何より幸運だったのは、アマリアが浜松でリサイタルを開いてくれたことである。
東京や大阪で公演が行われるのは理解できる。
しかし、なぜ浜松だったのか。
その理由は今も分からない。
それでも私は、その幸運に恵まれ、三度もアマリアの歌声を生で聴くことができた。
後になって知った。
三度目の公演は、アマリア最後のコンサートツアーだったのである。
あの時は、そんなことなど知る由もなかった。
ただ夢中で、その歌声に耳を傾けていた。
六十六歳になった私は、ようやく十八歳の夢を叶えることができた。
アルファマの石畳を歩いた。

場末のファド酒場で、本物のファドを聴いた。
焼きたての鰯も食べた。
ワインも飲んだ。
若い日の私が思い描いていた風景は、確かにそこにあった。
しかし、旅を終えて日本へ戻った私は、一つのことに気づいた。
私がポルトガルから持ち帰ったものは、ファドだけではなかった。
サウダーデという言葉。
人々の慎ましい暮らし。
大航海時代の光と影。
そして、一人の歌手が、一地方の歌だったファドを世界へ届けた、その大きな足跡だった。
今、七十四歳になった私は、あの旅を静かに振り返っている。
十八歳の私は、ファドに憧れた。
六十六歳の私は、その夢を叶えるために旅をした。
そして七十四歳になった私は、ようやくその旅の意味を少しずつ言葉にできるようになった。

私にとってアマリア・ロドリゲスは、世界的な歌手というだけではない。
十八歳の青年が抱いた夢を、五十年近く静かに見守り続けてくれた人である。
そして今も、その歌声を聴くたびに、十八歳の私と六十六歳の私、そして七十四歳の私が、静かに一人の私へと戻っていく。
