第10話 アルファマの夜
今回のポルトガル旅行には、二つの大きな目的があった。
一つはポルトガルという国そのものを見ること。
そしてもう一つは、本場で生のFADOを聴くことである。
昨日リスボンのホテルに到着すると、私は真っ先にコンシェルジェへ向かった。
「アルファマ地区のFADOレストランを予約したい。」
ところが返ってきた答えは無情だった。
「今からでは二日後になります。」
との答えだったが、そんな話は聞きたくない。
明日がリスボン滞在の最終夜なのだ。明後日では帰国してしまう。
何とかならないかと食い下がった結果、ようやく翌晩の席を確保してもらうことができた。
こうして迎えた運命の夜である。
少しだけおめかしをして、妻とともにアルファマへ向かった。
そこはFADOの故郷とも呼ばれる下町である。
細い坂道の両側に、小さなFADOレストランがひしめくように並んでいる。
私たちが予約したのは、ホテルのコンシェルジェが「Muito Bem」(Very Good)と太鼓判を押した店、Parreirinha(パヘイリーニャ)であった。

開店は午後七時。
十五分前までに来店するよう念を押されていたので少し早めに到着したが、まだ他に客の姿はない。
店内を見回す。
壁にはポルトガルギター――ギターラが掛けられている。

ここが今夜の舞台だ。
歌い手一人。
ギターラ一人。
伴奏ギター一人。
わずか三人でFADOの世界を作り上げる。
やがて客が入り始めた。
トルコから来たという母娘たち。皆美人だ。
ドイツから来た初老の夫婦。
世界各地から集まった観客で三十席ほどの店内はすぐに満席になった。
食事メニューは全てポルトガル語表記だった。
どんな料理か、意味が分からない。
そこで完全に勘だけで注文した。
これとあれ、という具合に。
結果は大正解だった。
海鮮スープも、ムール貝も、リゾットも、どれも美味い。

旅先での「めくら打ち」としては上出来だった。
しかし今夜の主役は料理ではない。
FADOである。
だが、満座は極め付きのざわめきだ。
ところが演奏が始まると、店内の空気が一変した。
私語は禁止。
話し声が聞こえると演奏そのものが停まる。
客は食事の手を止め、静かに耳を傾ける。
聴衆の方が演奏家に合わせている。
それがこの界隈のお作法らしい。
まず若い女性歌手が歌う。
前座だ。

よかった。
司馬遼太郎翁は『街道をゆく』の中で、
「FADO歌手は哀愁を体臭として発散していなければならない」
と書いている。
まさにそれに近い歌唱だった。
技術ではない。
人生の影や情念のようなものが、自然に声に滲み出ていた。
続いて男性歌手。
徐々に期待が高まる。
しかし、悪くはない。
だが私には、コインブラで聴いた学生ファドの透明感の方が心地よかった。
そして最後は大御所らしい女性歌手だった。
今宵のトリである。
期待した。
しかし残念ながら私には響かなかった。
司馬翁の言葉を借りるなら、そこに哀愁の体臭も情念も感じなかったのだ。
むしろ、
「わたしゃ、うまいんだ」
という自己主張ばかりが前面に出ているような感じで、挙句、少し鼻詰まりで私の好みには遠かった。
手厳しい言い方になるが、私には彼女の存在そのものが鼻についた。
結局、大御所のCDは買うことなく店を後にした。折角来たのにという思いはしなかった。
期待が大きすぎたのだ。
だが、本場だからといって全てが感動になるわけではない。
それもまた旅である。
店を出ると、時計はすでに零時を回っていた。
ポルトガルの夜は暗い。
昼間の賑わいが嘘のように、人通りは少ない。
妻と二人、早足で敷石の道を下る。
外務省の注意喚起が頭をよぎる。
早くタクシーを見つけたい。

幸い一台の空車を捕まえることができた。
ホテルへ直行する。
明日は帰国の日だ。
荷造りを済ませ、ベッドへ倒れ込む。
名実ともに、ポルトガル最後の夜であった。
