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第20話 FADOという思想への旅   ― そして、旅は終わらない ―

ポルトガルを旅してから、八年が過ぎた。
今、七十四歳になった私は、あの旅を一つひとつ思い返しながら、この文章を書いている。

不思議なものである。
旅をしていた六十六歳の時よりも、今の方が、ポルトガルという国をずっと近くに感じている。
十八歳の時、初めてFADOと出会った。
いつか本物のFADOを聴きにポルトガルへ行きたい。
場末のファド酒場で、鰯をあてに安いワインを飲みながら、静かにFADOを聴いてみたい。
そんな夢を抱いた。

六十六歳になった私は、ようやくその夢を叶えた。
アルファマの石畳を歩いた。
ファド酒場で歌を聴いた。
ナザレの海岸を眺めた。
テージョ川の流れに、大航海時代の光と影を思った。

アマリアの歌を聴き直し、サウダーデという言葉の意味が胸に透った。
旅に出る前の私は、FADOを悲しい歌だと思っていた。
しかし、今は少し違う。
FADOは、悲しみを消すための歌ではない。
失ったものを忘れるための歌でもない。

アマリア・ロドリゲスが眠る場所で。歌声は、今も残っている。

悲しみを抱えたまま、それでも今日を生きていく人を歌うものなのだと思う。

十八歳の私には、FADOの旋律しか聴こえていなかった。
六十六歳の私は、その歌が生まれた国を歩いた。
そして七十四歳になった今、ようやく、その旋律の向こうに「人」が見えるようになった。

人は、出会う。
別れる。
喜ぶ。
失う。
悔やむ。
そして、それでも生きていく。
そんな人の営みを、FADOは静かに歌い続けてきたのだ。
だから私は、五十年以上もこの歌から離れることができなかったんだろう。

十八歳のあの日、FADOを聴いた青年は、
「いつかポルトガルへ行ってみたい。」
そう思った。

あれから五十七年。
その青年は、今も私の中にいる。
ただ一つ違うのは、
あの頃は、FADOを聴きたかった。
今は、
FADOのように、生きてみたいと思っている。

この二十の旅は、いつか一冊の本として、もう一度皆さんの前に戻ってくるつもりです。
その時、またお会いできれば嬉しい。

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