大奥の豆知識とともにモノノ怪ー火鼠ーを見る。【映画モノノ怪考察】
筆者は映画モノノ怪を見るにあたり、実在大奥について残る記録書を読みました。
もちろん知らなくても観れるように作られていますが、大奥について知っていると映画を見る楽しみが増えると思います。
映画のあらすじに準え、実在大奥の小噺なども混じえながら大奥について紹介してみたいと思います。
第一章「唐傘」
第一章「唐傘」は、女中らが出世していく様を楽しむ作品となっており、女中の役職名などがよく出てきましたね。
大奥という古い習慣への受け手の理解と、モノノ怪という解説の少ない作品としてのバランスを取りながら作るのが難しかったと思います。
大奥と表
まず第一に、江戸城の全てが大奥なわけではありません。
表・中奥・大奥と三つに分かれています。
・表…男らが住まい、政治を行う。
・中奥…将軍が住まう。
・大奥…御台所含む女らが住まい、夜伽を行う。
と、この三つです。
将軍のための大奥といえども、大奥に住んでいるのは完全に女性だけです。
実際の大奥はこうですが、モノノ怪公式Xの解説にて下記のようなものがありました。
🏯御簾の向こう側は…?🏯
— 『劇場版 モノノ怪』公式 @「火鼠」3.14(金)劇場公開! (@anime_mononoke) March 24, 2025
中央奥の祭壇左右が天子と御台所の御寝所も兼ねている。#劇場版モノノ怪 第二章 火鼠#モノノ怪 #mononoke pic.twitter.com/8pV3tm3tXQ
大奥の大広間についての解説で、「天子様と御台所の御寝がある」とのこと。
小説版によるとこの大広間は中奥にあるそう。
天子様が住むはずの中奥ですが、本来大奥に住まう御台所も同じく中奥に住んでいるのでしょうか。
七つ口
坂下ら広敷番が門番を務める七つ口。
実際にも七つ口という名前が使われています。
「七つ」とは時間のこと。
夕刻の七つ(午後4時)に門が閉まるのが由来です。
昔は十二支と数字を用いて時間を表しました。
今でも「丑三つ時」など、当時の名残が残る言葉がありますね。

門を閉めるのは七つですが、女中の門限は六つで、この門限はかなり厳しかったそう。
大奥トップの権力を持つ御年寄や将軍乳母すらも、この時刻に遅れて門を開けてもらえなかったという話があります。
御年寄が門限に締め出されたのち解雇された「絵島事件」など有名な話も。
大餅曳
実際の大奥では「鏡餅曳」という正月の1月7日に行われた行事。
「大餅曳」と名を変え、安産祈願の行事として作品に取り入れられました。

作中の会話から、大餅曳が延期になった2ヶ月後が、薬売りがやってくる唐傘騒動の日。
そしてその1ヶ月後が火鼠騒動となりますね。
火鼠の小説内では、お盆や夏の酷暑を思わせる描写がありました。
江戸時代のお盆は7月ですから、火鼠を7月とした場合、3ヶ月前の大餅曳予定日は4月頃でしょうか。
やはり正月ではなく、出産に合わせて行う、時期の定められていない行事のようです。
長局と階級
女中らが住まう長局。
一の側から四の側まであり、階級によって分けられます。
人数や階層などでも細かく分かれます。
一番下っ端のアサとカメは、四の側の二階。
そして部屋も二人でひとつの相部屋です。
アサが出世したのちは、個室が与えられました。

階級により部屋の広さは段違い。
もちろん一の側に住まう大奥トップ・御年寄。
70畳もの広さの個室を持つといいます。
とはいえ、この地位ともなると常に下女中がつきますので、自分一人でこの広さを持て余すわけではありません。
(このお付きの下女中については後述します。)
御年寄・歌山様の部屋はもちろん、表使・淡島様の部屋なども階級に沿った広さの部屋が描かれているので、ぜひご注目ください。

アサとカメが布団に入り眠りにつくシーンでは、時を同じくして夜伽へ向かう御中臈や、自室で仕事に励む御年寄が映りました。
大奥では、階級が高いほど夜更かしができるのです。
というのも、部屋の明かりに使う油は、給料と共に配られるもの。
つまり、階級が高いほど油も多く貰えるため、夜更けまで部屋の明かりを点し起きていられたのです。
必然的に一の側の方ばかりが夜中まで明るかったことになるでしょう。
御三之間
実際の大奥では十数種類ある役職ですが、第一章ではわかりやすく6種ほどに抑えられました。
アサとカメの役職は御三之間。
最下層の役職のように描かれますが、実際の御三之間は実は御目見得以上。

「御目見得以上」とは、将軍や御台所に会うことが許された階級。
女中の階級において、御目見得以上と御目見得以下でかなりの差があります。
この御三之間から御目見得以上となるため、実際はまあまあな役職であるといえるでしょう。

その他大勢の下っ端女中とは違った着物が与えられている点でも、この差が見られますね。
御次
続いて御次となる麦谷さん。
彼女も作中に登場する役職では相対的に下の方に見えるのですが、御次もなかなかの役職。
御膳や下女中の管理などもしつつ、大餅曳のような式日には遊芸要員としても駆り出されます。
幅広い芸事の心得が必要なのです。

カメに対するお局のような嫌な描かれ方をした彼女ですが、芸達者で仕事もできる方だったのだと思われます。
大奥と政治は表裏一体
大奥の女中に大事なのは「一引き、二運、三器量」とよく言われます。
最も大事な引きとは所謂「ツテ」。
大奥入りするには旗本や大名などに仲立ちしてもらう必要があります。
そして大名側は、自分が推薦した女中が出世すれば自身の地位も上がるというわけです。

大餅曳のシーンでは、各大名から献上品を受け取る御中臈らの姿がありましたね。
そして歌山様はひとり、文机でなにやら書物のお目通し作業に追われているようでした。
これは大名らからの献上品をまとめた帳簿。
たとえば、献上品が多い大名がいれば、その御家から推薦された女中を出世させるといった具合。

御年寄として「女中の差配」をする歌山様。
大奥のトップといっても、表の力関係をも操る大変な仕事。
このように表と奥は、絶妙なバランスで150年間続いてきた表裏一体なのです。
第二章「火鼠」
第二章では、御中臈と天子様の御子を中心とした物語となりました。
世継ぎに関する話となるので、後継ぎのシステムを理解しているとわかりやすいかもしれません。
難しくならないよう解説していきます。
生母と御台所
世継ぎを成すための大奥において、次の後継ぎとなる男児を産めば一気に大奥トップに。
次の将軍を産んだ生母として実権を握ります。
今作においてフキ様が身篭った子が男児であれば、フキ様がこの生母にあたることになります。

御台所と呼ばれる正室がいますが、御中臈も夜伽を担当。
正室だけでなく、側室となる御中臈も生母となる可能性があるわけです。
実際の大奥では、正室が世継ぎを産んだ例は1件しかないのが実のところ。

たとえ身篭ろうとも女児の可能性、男児が産まれようとも流産や病死の可能性があります。
これらを避けるために多くの御子を授かる必要があるのです。
しかし、今作では子が増えては継承争いになるとして、老中大友がフキの子に手をかける結果に。
御中臈
天子様の夜伽の相手をする御中臈。
この仕事ばかりが描かれますが、他にもお役目は様々。
夜伽の際、政治的な願いなどをせぬよう会話は禁止。
夜伽に選ばれなかった御中臈と御伽坊主がこれを見張る役目を持ちます。
実際にも、御中臈やそれを利用した大名などが将軍に私的な要求をした事件がありました。

御中臈は将軍と御台所に付き、世話役を担います。
将軍付き御中臈と御台所付き御中臈の二つに分かれますが、今作品の御中臈たちはどうなのでしょうか。
大広間のシーンでは、ボタン派とフキ派に分かれるような描写があったため、この2チームで分かれていたり…?
しかし、作中では自身の個室にいることが多く、お付きの仕事はしていないように見えます。
お清の方とは
御中臈の中で、将軍に選ばれたことのない女中を「お清」と呼びました。
反対に、お手付きの女中を「汚れた方」とも呼ぶように。
まるで私は清い体だと誇るような、寵愛を受ける御中臈への妬みと自身への慰めによって生まれた呼び名だそう。

御中臈のひとりであるキヨ、あるいはスマも、これが名前の由来なのではと考えています。
作中の御年寄への推薦を募るシーンでは、キヨとスマの名は上がりませんでした。
御中臈の中でも地位が低いように見えます。
また、キヨとスマだけが、植物由来の名前でないのにも違和感があります。
「清」と「澄」という、いずれも清いことを表す漢字が由来ではないかと考えました。
つまり、キヨとスマは天子様のお手付きでないという裏設定があるのではないでしょうか。
江戸と京の女中
町人の娘から成り上がり寵愛を受けるフキ様。
実際の大奥でも、町人から見初められて側室になる例はかなりあります。
京から迎えられた品のある女性が多かったため、フキのような少し活発な女性が珍しく、寵愛を受けることも多かったそう。
京風の女中らの中に江戸っ子気質の女中がいれば馬が合わないのは必然で、熾烈な派閥争いもあったといいます。
言い争いの耐えないフキ様とボタン様にも似たものを感じますね。

部屋方
御中臈ほどの階級になると、部屋方という世話役の女中を自室に住まわせます。
フキ様に対するツユさんはこの役職と見えます。
明確には不明ですがボタン様に対するフクさんもこの部屋方のようだと考えています。
ちなみに、サヨさんが御中臈・タケ様の部屋方ではないかという考察も別記事にて書きました。

ちなみにこの部屋方、大奥の正式な女中ではないというのをご存知でしょうか。
大奥の女中らは、給料と別で、扶持という食費のようなものを貰います。
たとえば御年寄は10人扶持を貰うことができ、10人の部屋方を食わせることができます。
つまり、部屋方は上位女中がポケットマネーで自室に雇った女中というわけです。
大奥に正式に雇われた役職ではなく、「又者」と呼ばれることも。
御火の番
今作で「火之番」を務めたクメとトメ。
御火の番という役職を元にしており、夜中まで大奥中を見廻って火の元を管理する仕事です。
装いもモブ女中と同じ着物で最下層の役職ですが、大奥を火事から守る大事なお役目。

実際の大奥も火事事件の例が数回ほどあり、火の元には厳しかったといいます。
木造の建物では大奥全焼の危険もあるため当然ですね。
厳しく管理するあまり、大奥では揚げ物が禁止だったなんて話もあります。
女中は大奥で食べられない揚げ物を、表の男らにねだって揚げてもらったりしたんだとか。

火之番の2人がスズ様の幽霊の噂をしていました。
実際の御火の番も、夜中まで大奥を見廻る仕事柄、幽霊の噂が多かったそう。
綱吉を刺殺した御年寄が亡霊として出た話や、側室の子が病気になるとその亡くなった側室の幽霊現れたという話が実在記録に残っています。
御伽坊主
天子様に付き夜伽を監視する、御伽坊主の長寿。
剃髪した女中で、こう見えても女性です。

御坊主は将軍に付いて世話をする役職。
本来は将軍の住まう「中奥」に唯一立ち入ることが出来る女中なのですが、今作では女中らが集まる大広間は中奥にあるそう。
堕胎事件
後継ぎとなる子を巡った事件は実在大奥の歴史にも数多く存在します。
今作におけるフキのような堕胎事件も少なくありません。

徳川家綱の側室は、二度にわたり子を流産したそう。
懐妊後7ヶ月であり、よほどのことがない限り流産は考えられなかったと言います。
綱吉の子と継承争いになることを恐れた者の謀略と考えられています。
実在大奥にも長年受け継がれた人々の思惑や情念が渦巻いていたのでしょう。
今回は本編に関わらないおまけ程度の知識を綴ってみました。
実在大奥もよく踏襲された作品ですので、知っているとより楽しめるでしょう。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
その他のモノノ怪に関する記事もよろしければまたお付き合いください。

