俺が全部決めれば会社は速くなる。そう信じて、会社を止めかけた。
仕事を増やし、人も増やした。それなのに、会社の判断は前より遅くなった。
前回、テレビに出ても会社は何も変わらず、結局は地味な判断を積み重ねるしかないと書いた。
その頃、仕事は増え始めていた。
俺は単純に考えた。
仕事が増えたなら、人を増やせばいい。
人数が増えれば、会社は強くなる。
そして最後は、俺が全部見ればいい。
これが間違いだった。
人が増えるほど判断は俺に集まり、俺が止まると会社まで止まるようになった。
俺は会社を速くしているつもりで、会社最大のボトルネックになっていた。
「俺がやった方が早い」は、だいたい本当に早い
見積を確認する。
加工方法を決める。
納期を調整する。
お客さんへ返事をする。
現場で問題が起きれば判断する。
新しい仕事を受けるか断るか決める。
若い頃の俺は、誰かへ説明して任せるより、自分でやった方が早かった。
これは思い込みではない。実際、その一回だけを見れば早い。
だから厄介だった。
一度自分で片づける。次も自分で片づける。周りも「鈴木に聞けば早い」と覚える。俺も頼られることを、自分が必要とされている証拠だと勘違いする。
そうやって小さな成功を積み重ねるほど、会社から判断できる人が減っていった。
俺が優秀だったからではない。
俺にしか分からない状態を、俺自身が作っていただけだ。
亮介さんに聞けば早い。それが会社を止めた
朝から質問が来る。
移動中も電話が来る。
商談の合間に社内の判断を返す。
夜になって、ようやく自分の仕事を始める。
当時の俺は、それが後継者としての責任だと思っていた。
忙しい自分を見て、「俺が会社を回している」とさえ思っていた。
でも逆だった。
俺に質問が殺到したのは、俺が偉かったからではない。誰がどこまで決めていいのか、会社の中で決まっていなかったからだ。
現場が考えていないのではない。
考えても、最後に俺がひっくり返すかもしれない。
だったら最初から聞いた方が安全になる。
俺が細かく口を出すほど、社員は勝手に決めなくなる。そして社員が決めない姿を見て、俺はさらに「やっぱり俺がやらなきゃ駄目だ」と思う。
最悪の循環だった。
人を増やせば解決すると思っていた
仕事が増えれば、忙しくなる。
忙しいなら、人が足りない。
だから採用する。
この考え方は半分正しくて、半分危ない。
人が足りない仕事もある。
でも、判断経路が詰まっている会社に人だけ増やすと、質問する人と調整する人が増える。
仕事が増える。
人が増える。
会議が増える。
説明が増える。
確認が増える。
そして最後に、全部の判断が俺へ来る。
俺は人を増やして会社を強くしているつもりだった。
実際には、俺へ向かう道路を何本も増やしていただけだった。
道路の終点は一つしかない。当然、渋滞する。
一番怖かったのは、俺がいないと進まないことではない
俺がいないと判断が止まる。
それだけでも危ない。
でも本当に怖いのは、俺がいる限り、この構造が直らないことだった。
一人が毎回答えを出す会社では、周りが失敗から学ぶ機会まで、その一人が奪う。
失敗しなければ、人は判断の精度を上げられない。
判断しなければ、責任の取り方も覚えられない。
俺は社員を守っているつもりで、育つ機会を奪っていた。
しかも、全部を見ているつもりの俺自身も、当然すべてを正しく判断できるわけではない。
現場の細部へ口を出しながら、本来俺が向き合うべき顧客、利益、人の配置、次の投資が後ろへ回った。
細かい判断を百個こなして満足し、一番大きな判断を先送りする。
俺が働けば働くほど、会社の判断が遅れる。
そんな状態になっていた。
それでも、任せるのは怖かった
「任せればいい」と言うのは簡単だ。
でも製造業では、判断を間違えれば不良になる。納期が遅れる。信用を失う。場合によっては、今まで積み上げてきた仕事そのものがなくなる。
だから俺は手放せなかった。
任せられない理由を、社員の経験不足にしていた。
だが、経験を積ませないまま仕事を取り上げていたのは俺だった。
必要だったのは、いきなり丸投げすることではない。
どこまでなら決めていいかを示す。
決める時に見る数字と条件を共有する。
失敗した時に、誰か一人を吊るし上げるのではなく、判断の前提を見直す。
そして、任せた後に俺が気分で答えを変えない。
これを繰り返すしかなかった。
権限移譲というきれいな言葉では足りない。
俺が我慢する訓練だった。
自分にしかできない仕事へ戻る
俺が細かい判断を抱える理由の一つは、すぐに成果が見えるからだ。
質問へ答えれば、その場で一件片づく。
トラブルへ飛び込めば、頼られる。
見積を直せば、今日の受注につながるかもしれない。
一方で、組織を作る仕事は成果が見えにくい。
役割を決める。
数字の見方をそろえる。
任せる人を決める。
間違いが起きても戻せる仕組みを作る。
何か月やっても、完成した感じはしない。
だから人は、目の前の火消しへ逃げやすい。俺もそうだった。
忙しさは、経営している気分を簡単に与えてくれる。
必要だったのは、自分で百件処理することではない。自分がいなくても九十件が進み、残り十件だけが上がってくる状態を作ることだった。
今でも、放っておけば俺は口を出す。
今でも、「俺がやった方が早い」と思う瞬間はある。
たぶん、この癖は完全には消えない。
だからこそ、自分が会社のCPUになっていないかを何度でも疑う。
会社は、一人の処理能力に依存したままでは大きくなれない。
一人の頭にすべてを入れたまま成長しようとすれば、いつか必ず止まる。
俺は、人を増やせば会社が強くなると思っていた。
違った。
人が判断できる会社にしなければ、人数が増えても組織にはならない。
次回は、問題が起きるたびに俺が直していた会社で、なぜ同じ種類の問題が繰り返されたのかを書く。
これは、完成した成功者の昔話ではありません。
今も会社を変えている途中の記録です。続きが気になる方は、フォローして読んでもらえたらうれしいです。
