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テレビに出た。でも翌朝、会社は何も変わっていなかった。

テレビに出た翌朝も、工場の仕事は昨日の続きだった。

前回まで、部品加工だけを見ていた町工場が、社外の技術を組み合わせ、製品全体をつくる側へ回った話を書いた。

その歩みの途中で、俺たちの会社はテレビに取り上げられた。

正直に言う。

放送が決まった時、俺は少し浮かれていた。

これで会社を知ってもらえる。

これで仕事が増えるかもしれない。

これで採用にも困らなくなるかもしれない。

そして何より、「自分たちがやってきたことは間違っていなかった」と証明されたような気がした。

でも、放送の翌朝も工場はいつもどおりだった。

機械は勝手に利益を生まない。

見積は俺たちが返さなければ進まない。

現場の問題も、社内のすれ違いも、テレビに映ったからといって消えなかった。

注目されることと、強い会社になることは違う

若かった俺は、会社が知られれば何かが変わると思っていた。

名前を知ってもらう。

取材される。

外から評価される。

それまで信用を作ることに苦労してきた俺にとって、注目は大きな追い風に見えた。

実際、発信しなければ届かない相手がいる。

町工場が何を考え、何を作れるのかを外へ示すことには意味がある。

ただし、注目そのものは会社の実力ではない。

問い合わせが来ても、返事が遅ければ仕事にならない。

相談を受けても、相手の困りごとを理解できなければ提案にならない。

仕事が増えても、採算を見なければ忙しい赤字が増えるだけだ。

人が興味を持ってくれても、入った後に任せる仕事や育てる仕組みがなければ続かない。

テレビは入口を作ってくれる。

でも、その入口の先にどんな会社があるかは、自分たちで作るしかない。

外から褒められるほど、内側を見なくなる

経営をしていると、外からの評価はうれしい。

苦しい時期が長ければ長いほど、誰かに認めてもらった瞬間に救われる。

俺もそうだった。

だから危ない。

外から「すごい会社ですね」と言われると、社内に残っている問題を見なくてもいいような気になる。

設備は本当に利益を生んでいるか。

見積の根拠は合っているか。

品質を個人の頑張りだけに頼っていないか。

判断が一人に集まりすぎていないか。

会社の本当の姿は、放送された映像ではなく、毎日の数字と現場に出る。

外からの評価を否定したいわけじゃない。

むしろ、使えばいい。

知ってもらったら、会いたかった人に会う。

相談が来たら、誰よりも早く返す。

会社に興味を持ってくれた人へ、自分たちが何者なのかを示す。

ただ、注目を成果だと勘違いしない。

注目は、次の行動を始めるための機会だ。

テレビに出た会社ではなく、選ばれる会社になる

放送された事実は残る。

でも、それだけで何年も仕事が来るわけではない。

最後に見られるのは、目の前の相談へどう答えたかだ。

作れるのか。

約束を守れるのか。

問題が起きた時に逃げないのか。

そして、ちゃんと利益を残しながら続けられるのか。

テレビに出た翌朝、会社は何も変わっていなかった。

でも、俺の見方は少し変わった。

会社を変えるのは、一度の大きな注目ではない。

注目された後も、地味な判断を積み重ねられるかどうかだ。

次回は、仕事が増えれば人を増やせばいいと思っていた俺が、判断を自分一人に集めて会社を止めかけた話を書く。

これは、完成した成功者の昔話ではありません。

今も会社を変えている途中の記録です。続きが気になる方は、フォローして読んでもらえたらうれしいです。

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