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怒りとうつ

怒りをあらわにして、何か心の奥底で何かを訴えている人と出会うことがある。


あなたも職場に限らず、パートナー、友人、家族。周りに、こういう人が一人はいるかもしれません。


誰かへの不満。仕事への愚痴。環境への憤り。


それを繰り返し聞かされているうちに、こちらもだんだん、それを「その相手や環境の問題」として受け止めるようになります。


「じゃあ、異動したら?」


「その人と距離を置いたら?」


目の前の訴えに、そのまま答えようとする。


でも、もしその訴えが、相手や環境だけの問題ではなく、その人自身の中で起きている何かの表れだとしたら。


少し、見え方が変わってきます。


 怒りや苛立ちは、うつと無関係ではない


怒りや苛立ちは、必ずしも「怒りっぽい性格」の問題ではありません。


うつ病では、悲しみや無気力だけでなく、苛立ちや怒りが目立つことがあります。


Harvard Medical Schoolの精神科医Maurizio Favaらの研究では、うつ病患者に「anger attacks(怒りの発作)」がみられることが報告されてきました。別の大規模研究では、大うつ病性障害の外来患者1,456人のうち、40%がその週の半分以上で苛立ちを感じていたと報告されています。


また、NPRが紹介した研究では、精神科外来を初めて受診した患者のうち、約3分の2が顕著な苛立ちや怒りを報告し、およそ半数がそれを中等度から重度と回答していました。


つまり、少なくとも医学的には、


「怒っている人=単に怒りっぽい人」

とは限らないのです。


もちろん、だからといって、怒っている人を見て「この人はうつなのでは」と考えればいいわけではありません。


実際に理不尽な扱いを受けていて、正当に怒っている場合もあります。


もし何でも、


「あなたが怒っているのは、あなた自身が疲れているからでは?」


と解釈してしまえば、今度は相手の正当な怒りを「本人の問題」にすり替えることになります。


それもまた、別の暴力になり得ます。


だから、これは相手を判定するための話ではありません。


「もしかしたら、訴えていることの奥に、別のものがあるかもしれない」


そう疑ってみる余地を持つための話です。


 日常で見るなら、三つの変化


では、どうすれば「単なる不満」と「その人自身の状態の変化」を区別するきっかけを持てるのでしょうか。


もちろん、これだけで何かを判断できるわけではありません。


ただ、日常の中では、次の三つがヒントになることがあります。


1.頻度と強さ


その話をする頻度や、怒りの強さが以前より増えていないでしょうか。


以前は月に一度愚痴る程度だったのに、最近は毎週、毎日、同じような不満を話している。


あるいは、以前なら流せていたことに、強く反応するようになった。


そんな変化があるなら、対象そのものだけでなく、その人の心身の余裕が減っていないかを考えてみてもいいかもしれません。


2.生活の基本


眠れているか。


食べられているか。


以前楽しんでいたことに、今も興味を持てているか。


こうした変化は、怒りそのものよりも、その人の状態を考える手がかりになることがあります。


ただ、いきなり深く聞く必要はありません。


「最近、ちゃんと眠れてる?」


そのくらいの一言でもいい。


 3.対象の広がり


最初は、「あの上司が嫌だ」だったものが、「あの会社は全部おかしい」、「もう誰も信用できない」というように、怒りの対象がどんどん広がっていく。


もちろん、これだけで何かを判断することはできません。


ただ、こうした変化があるときには、


「本当に問題なのは、目の前の対象だけなのだろうか」


と、一度立ち止まってみてもいい。


そんな見方はできます。


ただし、これはチェックリストではない


こう書くと、まるで簡単な三段階のチェックリストのように見えるかもしれません。


でも、実際にはそんなにきれいには進みません。


二つ目を聞こうとして、話をそらされることもある。


三つ目の変化に気づいても、それを本人に伝えていいのか迷うこともある。


関係が近ければ近いほど、


「あなた、ちょっと疲れてるんじゃない?」


という一言が、


「私の話を聞いてくれなかった」


という失望に変わることもあります。


だから、相手の状態を見抜こうとしすぎないほうがいい。


まずは、その人が訴えていることに、ちゃんと向き合う。


そのうえで、必要なら一度だけ、


「最近、ちゃんと眠れてる?」


と、少しだけ別の角度から尋ねてみる。


それくらいでいいのかもしれません。


## 「その人のせい」だけではないかもしれない


誰かに対する怒りには、ちゃんと理由があることがあります。


だから、その怒りを否定する必要はありません。


ただ、人はいつも、自分の内側で起きていることを、そのまま言葉にするわけではありません。


疲れているときには、些細なことが大きく見える。


余裕がなくなると、許せる範囲が狭くなる。


眠れていないと、普段なら流せることが流せなくなる。


そして、ときには、自分の苦しさが「誰かへの怒り」という形で現れることもあります。


だから、


「あの人が悪い」


という言葉を聞いたとき。


その言葉を否定する必要はない。


でも同時に、


「本当に、それだけなのだろうか」


と考えてみる。


それは、相手を疑うことではなく、むしろ相手の言葉を少し深く受け取ることなのかもしれません。


あなたの周りにいる、いつも何かに苛立っているあの人は、


本当に、その対象だけのせいで苛立っているのでしょうか。


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