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今年の夏ドラマは【VIVANT】だけか?

今年の夏は、忙しかった。


仕事が忙しかったわけではない。

ドラマを見るのが忙しかった。

『VIVANT』ばかりが話題になった夏である。

ところが、実際に見てみると、どうも様子がおかしい。

『大空港』『告白』『大追跡』『ブラックトリック』『さよならノワール』『クロスロード』『ファーストクライ』『一次元の挿し木』『もう一度夫婦になりますか』『Tシャツが乾くまで』。

そこへ『ミッドナイト屋台2』と『タイムトラベルダディ』があり、そして『VIVANT』がある。

これは「VIVANTの夏」で片づけるには、ずいぶんもったいない。

むしろ、今年の夏は、

「今日は何を見るかな」

という楽しみがあった。

この感覚は、春の『銀河の一票』あたりから、はっきりしてきた。

昔からテレビにはビデオがあった。

見たいドラマがあれば、録画予約をする。

月曜の九時はこのドラマ。

この俳優が出るから、このドラマ。

つまり、先に「見る番組」を決めておく。

ビデオは、そのための道具だった。

ところがTVerによって、地上波は変化した。


「このドラマを録画しておこう」と、放送前に決めておく必要がない。

放送されたあとで、

「なんだ、これ面白そうじゃないか」

となれば、見ればいい。

誰かが、

「今週のあれ、面白かったぞ」

と言った。

以前なら、録画していなければ、それで終わりだった。

TVerなら、

「じゃあ、見てみるか」

ができる。

これは、単なる録画の代用品ではない。

テレビドラマを見る順番が変わったのである。

「何曜日の何時だから見る」

から、

「今日は何を見るかな」

へ。

「あの俳優が出るから見る」

から、

「話題になっているから見てみる」

へ。

そして、第一話を見逃していても、
途中から話題になったドラマに追いつける。

テレビの前に座る時間を、あらかじめ決めておく必要もない。

これは、地上波ドラマにとってかなり大きな変化だったのではないか。

コロナ以降、家で過ごす時間が増えた。


コロナと言う病気の後遺症は、日本人から

「旅行や外出という楽しみを奪った」ことだ!


外国から大量にインバウンドが殺到するのに…
日本人は旅行から撤退しつつある。

その傾向は、消費支出の変化から、ハッキリと確認できる。

2024年の日本人国内延べ旅行者数は5億3,995万人で、
2019年より8.0%少ない
宿泊旅行は5.9%減、日帰り旅行は10.4%減だ。
ところが国内旅行消費額は25兆1,536億円で、2019年より14.7%多い

これは、

旅行する人と、旅行しない人、
旅行でお金を使う人と、
旅行でお金を使わない人
という明確な分化が見て取れる。

そして…余った時間を埋めるように、
Netflixなどの有料配信サービスが広がった。

「お金を払ってでもドラマを見る」

という人が増えたにだろう。

すると地上波テレビには、
嫌が応でも比較の目が向く。

制作費の大きい作品。

海外ロケ。

豪華な俳優。

自由な表現。

「やっぱり、有料配信のほうが面白いのではないか」

そんな空気が出てくる。

テレビの側からすれば、ここで、

「まあ、無料ですから」

と引き下がることもできた。

ところが、今年の夏ドラマを見ていると、どうも作り手は諦めていない。

むしろ、

「無料のテレビドラマだって、まだまだやれるぞ」

という意地が見える。

その象徴が『VIVANT』だった。

これはもう、テレビができることを全部見せてやろう、という勢いである。

巨大なスケール。

海外。

国家。

テロ。

別班。

そして、視聴者が毎週、

「次は何をやるんだ」

と待つ。

ところが、今年の夏の面白さは、そこだけではない。

『大空港』は、舞台そのものを大きく使う。

『告白』は、時間と秘密を組み合わせる。

『大追跡』は、刑事ドラマという定番を現代の捜査環境の中に置き直す。

『ブラックトリック』は、法廷ものの見せ方をひねる。

『さよならノワール』は、ノワールというジャンルそのものを利用する。

『クロスロード』や『ファーストクライ』は、医療ドラマという使い古されたジャンルに、それぞれ違う角度から手を入れる。

『一次元の挿し木』は、そもそも「これは何のドラマなのだ」と思わせるところから始まる。

『もう一度夫婦になりますか』は、誰もが知っている「夫婦」をもう一度問い直す。

『Tシャツが乾くまで』に至っては、

Tシャツが乾くまでをドラマにする。

もう、何でもありである。

だが、そこがいい。

大金を掛けたから面白いのではない。

派手な設定だから面白いのでもない。

「その題材を、そんなふうに料理するのか」

という作り手の工夫がある。

『ミッドナイト屋台2』もそうだ。

屋台という小さな場所に、人間を集める。

大事件が起きなくても、そこに人が来れば話が始まる。

『タイムトラベルダディ』なら、時間旅行という大仕掛けを、親子という極めて小さな関係に持ち込む。

大きな物語と小さな物語。

現実的なドラマと荒唐無稽なドラマ。

定番ジャンルと、ジャンルそのものを疑う作品。

それが同じ夏に並んだ。

だから面白かった。

ここで、私は今季のドラマを「星いくつ」などと採点する気にはならない。

そんなことをすると、せっかくのドラマを試験問題にしてしまう。

むしろ、一作ずつ見ながら、

「お前は何をやろうとしているんだ?」

と問い掛けたくなる。

『VIVANT』は、

「テレビでも、ここまで大きな物語を作れるぞ」

と言っているように見える。

『Tシャツが乾くまで』は、

「大きな事件がなくても、ドラマは作れるぞ」

と言っているように見える。

『大空港』は、

「場所そのものを物語にできるぞ」

と言う。

『一次元の挿し木』は、

「視聴者に簡単な答えを渡さなくてもいいだろう」

と言う。

『もう一度夫婦になりますか』は、

「使い古された題材でも、まだ掘れるぞ」

と言う。

それぞれが違う方向から、

「テレビドラマは、まだ終わっていない」

と言っている。

そして、ここにTVerが重なる。

これは実に面白い組み合わせである。

昔は、ドラマを見るためには、まずドラマを見ることを決めなければならなかった。

録画する。

放送時間を覚える。

その時間に見る。

あるいは録画したものを見る。

ところが今は、

ドラマを見てから、そのドラマを好きになることができる。

話題になってからでも遅くない。

人に勧められてからでもいい。

SNSで見かけてからでもいい。

タイトルが気になっただけでもいい。

TVerを開けばいい。

そして、

「今日は何を見るかな」

となる。

この「何を見るかを後から決められる」という変化は、テレビにとって大きい。

録画は、視聴者が番組を選んだあとに、その選択を保存するものだった。

TVerは、番組を選ぶ瞬間そのものを放送後まで延ばした。

これは、地上波にとってむしろチャンスでもある。

放送時間に見てもらえなかったからといって、そこで勝負が終わらない。

ドラマが面白ければ、翌日からでも口コミで人を集められる。

そして、見ていなかった人が、

「そんなに面白いのなら、ちょっと見てみるか」

と入ってくる。

テレビドラマが、放送時間という枠から少し外へ出た。

その結果、視聴者も自由になった。

そして作り手は、自由になった視聴者に向けて、

「じゃあ、何を作れば見てもらえるのか」

を考えなければならなくなった。

だから今年の夏は、野心的な作品が多かったのではないか。

配信作品に客を奪われて、

「もうテレビは駄目だ」

と諦めるのではなく、

「いや、まだテレビで面白いものを作れる」

と作り手が意地を見せた。

その結果が、

『大空港』であり、

『告白』であり、

『大追跡』であり、

『ブラックトリック』であり、

『さよならノワール』であり、

『クロスロード』であり、

『ファーストクライ』であり、

『一次元の挿し木』であり、

『もう一度夫婦になりますか』であり、

『Tシャツが乾くまで』であり、

『ミッドナイト屋台2』であり、

『タイムトラベルダディ』であり、

そして『VIVANT』だった。

VIVANTばかりが話題になった。

それはそれでいい。

しかし、その陰でこれだけの作品が、

「テレビだって、まだやれる」

と、それぞれ別のやり方で競争していた。

だから今年の夏は、豊作だった。

何より良かったのは、

「今日は何を見るかな」

と思えたことである。

これは、昔のテレビにはなかった楽しみ方だった。

そして、ドラマを見る側が自由になったとき、ドラマを作る側も、もう一度自由になり始めたのかもしれない。

テレビドラマは、まだ捨てたものではない。

むしろ、

「まだまだ、捨ててもらっては困る」

くらいの顔をしていた。

今年の夏は、そんなテレビドラマが多かった。

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